4 スケルトンクッキング
スケルトンの骨から出汁はとれるのだろうか。
そんな好奇心を持った料理人が、その昔ヴァーゲ王国にいたそうだ。
何事もチャレンジだと試したその料理人は食中毒で生死の境をさまよった。
そんな事からヴァーゲでは、危険を顧みない言動はしない方が良いとの意味で「スケルトンクッキング」という格言が出来た。
「…………」
そんな格言をイルゼは目の前の光景を見ながら思い出していた。
彼女達は今、人喰い遺跡の四層にいる。三層ではアロイスの姿を確認出来なかったため、また一つ深く潜ったのである。
ルグランからアンデッドが多くなると聞いていた通り、遭遇する敵のほとんどがスケルトンだった。
倒しやすいからありがたくて良かったのだが……。
「めちゃめちゃ派手に魔法を使った痕跡がありますねぇ」
フェルトが今いる大部屋を見回してそう言った。
彼の言葉通り、壁などが人の力では難しいレベルで抉れていたり、高温で焼かれた痕跡がはっきりと残っている。
それを見てルグランは腕を組んだ。
「アロイス殿下は魔法が得意なんだが、その中で特に火を好んでいらしてな……」
「遺跡内で火かぁ……」
あまりこういう場所に入った経験がない人かなぁとイルゼは思った。
風の通りが少ない地下の遺跡では、火の魔法をバンバン使う事はあまり推奨されていない。酸素が減って呼吸が苦しくなるからだ。
松明や焚火くらいの大人しさならまだ良いが、ここまで派手な使い方は危険である。
「この遺跡、換気は大丈夫ですか?」
「薬学王ノーランの研究施設ですからね。そこは大丈夫です……と言いたいのですが」
「ですが?」
「通気口に菌類や植物が」
「ああ……」
「定期的に焼いてはいるんですが、なかなか全部は」
「菌類も植物も強いですからねぇ」
イルゼはしみじみと頷く。ヴァーゲの食糧庫と呼ばれているポミエ領の人間としては、そういう植物の強さを称賛したいところだ。しかし遺跡を攻略するという点においては少々厄介な部分である。何というジレンマ。
「まぁでも、アロイス殿下が思ったよりも元気そうで何よりです。でも魔力の配分大丈夫ですかね」
「ダメじゃないですかねぇ。アロイス殿下、実戦経験はあまりないみたいですよ」
「ダメかぁ」
「お二人さん? もうちょっと言葉に希望を持たせようね?」
それじゃあ仕方ないね、みたいなノリでイルゼとフェルトが話していたら、ルグランからそう言われてしまった。
「まぁしかし、さすがに派手ですね。何がここにいたのか」
そう言いながらルグランは大部屋をぐるりと見回した。イルゼとフェルトもそれに続く。
見たところ何の変哲のないシンプルな大部屋だ。
人喰い遺跡という事を考えて、人体に変換すると何かしらの機関である可能性はある。
「たぶんここ……胃かなぁ」
イルゼはぽつりと呟いた。大部屋には骨が部屋の隅の方に転がってはいるものの、それ以外の、例えば苔とか茸とかそういう類のものは生えていない。
先ほどルグランが通気口の事を言っていたが、菌類や植物がそこに生えていたのならば、こういう場所にもあって良いはずなのだ。
しかしそれがない。餌が足りないとの事なので、何らかの魔物が食べ尽くした可能性はあるし、何ならアロイスが燃やし尽くしたのかもしれない。
だがそれにしれはあまりに綺麗過ぎる。
壁も、床も、その全てに、ゴミ一つ落ちていない。それは人の手が入らず、魔物が跋扈する遺跡の中であると考えれば明らかに異常だ。
「よく観察されていますね。その通り。ここは人喰い遺跡の胃の一つです」
するとルグランが軽く拍手をしながらそう褒めてくれた。
どうやら合っていたらしい。えっへん、とイルゼは胸を張った。
「四層以下にあるこのくらいの部屋は、大体が遺跡の胃にあたる部分なんですよ」
「へぇ~。団長、それって複数ある感じです?」
「ああ。四層だと三部屋あるよ」
フェルトの質問にルグランは頷いて答えた。
遺跡としては普通なのかもしれないが、胃と考えるとなかなか多い。
確かこの辺りは人喰いダンジョンの規模によるのだっけ、とイルゼは母から聞いた話を頭に思い浮かべた。
ちなみに人喰いダンジョンには胃扱いになる大部屋以外にも、小さな部屋が幾つか存在する。大体、大部屋の近くだ。そこに人間達をおびき寄せる餌となる財宝が置かれている。
(財宝ってもしかして、餌にした人間の持ち物かしら)
イルゼはふっとそんな事を思った。先ほどアロイスの指輪を見たからかもしれない。
ふむふむ、と考えながらイルゼはとある事に気が付いた。
「この部屋が胃なら……」
「イルゼ様? どうしました?」
「ここへ入った私達、消化されるのでは?」
イルゼの言葉にフェルトがはたと止まった。そしてそのままルグランの方へ顔を向ける。イルゼも同じだ。
二人分の視線を受けたルグランはしっかりと頷き、足元を指さした。つられてそちらを向くと、床が何だか湿っている。
「溶けますので、さっさと出ましょう」
そう言ってルグランはすたすたと歩き始めた。
良い笑顔だった。イルゼは頬に手を当てて、
「顔が良い……」
と、ほう、と言う息と共に呟く。
「イルゼ様、団長の顔好きですねぇ」
「ハンサムさが人喰い遺跡という物騒な場所でとても目に優しいですね。素晴らしい。それはそれとして溶けると言うタイミングは、もうちょっと早く欲しいですね!」
「イルゼ様、そこはきっちり言うんですね」
そんな話をしながらイルゼとフェルトはルグランの後を追った。
――のだが。
そのとたん、大部屋がガタガタと上下に振動し始めた。
☆
「うわわわ」
「地震……!?」
「遺跡が動き始めたようですね。二人共、早くこっちへ!」
ルグランは冷静にそう言うとイルゼ達を呼びながら通路の方を指さす。
イルゼとフェルトは頷き合うと、ルグランを追いかけて走り出す。その頃にはバシャバシャと音が鳴るくらいに、地面に液体が染み出して来ていた。
(胃液かな)
食べ物が胃に入れば、その反応は正常だ。まさしく生きたダンジョンである。
この遺跡は自分達を餌として認識している。恐らくイルゼ達が奥までやって来た事で、食事に本腰を入れたのだろう。
とするとこれからが本番だ。
滑って転ばないように気を付けながらイルゼ達は通路の方へと抜ける。すると振動はスッと止まった。
「そう言えば胃以外では消化されないと考えて良いのでしたっけ」
「ええ、大丈夫です。ああ、そうそう。ちなみに途中で死んだ時は、遺跡に吸い込まれて胃に送られるので、そこを探せば見つかりますよ」
「遺品探し……」
何ともハンサムな笑顔でルグランは言う。彼は自分の顔の良さの使い方をよく分かっている気がする。
それにしてもハンサムだと、イルゼが軽く拝んでいると、
「アロイス殿下の時は動かなかったんですかね、胃」
大部屋の方を振り返りながらフェルトが言った。
確かにその通りである。イルゼ達が入った事で胃が動き出したのなら、自分達よりも前にいたアロイスに反応しないのは少々妙だ。
「ああ、たぶん休眠状態だったんだろう。私達が口から入ったのに対して、アロイス殿下はイレギュラーな方法で中に現れたから」
「動く暇がなかったみたいな」
「そういう事だ」
「なるほど、つまり寝起きドッキリという奴ですね! 私があまり好きではない奴です!」
「ですねぇ。うちの騎士でもそれやった奴がいて、団長にとんでもなく長く説教されていましたよ」
「びっくりしたからな」
「騎士団って仲が良いですね」
イルゼはくすくす笑ってそう感想を述べる。
思っていたよりも和気あいあいな感じである。そう言えば、アロイスの婚約者に誰が選ばれるか賭けをしていたっけと思い出した。
「……私、騎士団の試験を受けようかしら」
「えっ本当ですか? イルゼ様が同僚なら楽しそうですね~」
「私もフェルト様が同僚なら楽しそうでいいなと思いますね!」
「二人を組ませると心配事が増えそうだなぁ……」
ウキウキと話すイルゼとフェルトに対して、ルグランは若干複雑そうな顔になった。
「ただ組むと相性が良いのは確かですね。その気になったらお待ちしております」
「意外と歓迎ムードで嬉しいですね!」
「女性騎士が少ないので。本当はね、女性騎士がもっといたらお嬢様方の護衛はそちらになっていたんですよ」
「ああ~。確かに未婚の貴族が異性と二人きりというのは、あまり外聞が良くないですものね」
「そういう事です。まぁ、今回はアロイス殿下の婚約者候補としてなので、不埒な考えを持つ騎士はまず選ばれません」
そういうのいるんだなぁとイルゼは思った。
騎士というネームバリューで誠実そうなイメージを持たれやすいがそれでも人間だ。
硬派な騎士もいれば軟派な騎士もいる。真面目な騎士もいれば不良な騎士もいる。そういう事である。
「フェルト様は優秀なんですね」
「団長、聞きました? 僕、褒められましたよ!」
「褒められたなぁ。本当に相性は良いんだが」
組ませるとなぁ、なんてルグランはまた言っている。そんなに不安要素なのだろうか。
うーん、と考えながらイルゼはフェルトを見上げる。目が合うと彼はニコッと笑った。
「とりあえず、そろそろ先に進みましょうか。アロイス殿下が魔力切れして餌になる前に」
「もうちょっと柔らかく包もうな?」
そんな話をしながら三人は移動を再開する。
今のところは静かな遺跡内にコツコツと靴音が響く。
そうして歩いていると、通路の壁に焦げた跡がぽつぽつと現れるようになった。大部屋でも見たような黒いアレだ。恐らくアロイスが魔法を使ったのだろう。
「今のところ魔物に遭遇しないのは体力が温存できてありがたいですけど、アロイス殿下本当に大丈夫ですかね」
焦げた跡を見ながら心配そうにフェルトは言う。さすがに大部屋程の威力ではないが、少々連発し過ぎているように見えた。
魔力というものは精神力とも直結する。使えば使うだけ精神がすり減って、一時的に発狂を引き起こす。
ただでさえ遺跡の中に一人なのに、そんな状態になったら生存率がガクンと落ちてしまう。
「……とりあえず、向かっている先は分かるのはありがたい」
大丈夫かどうかには答えずにルグランはそう言った。
「と言いますと?」
「痕跡が真っ直ぐに第五層へ下りる階段へ向かっています。恐らくアロイス殿下は王族の避難部屋を目指しているのだと思います。遺跡内部の構造については、陛下から教わって把握されているでしょうから」
王族にのみ伝わる情報という奴だろう。
ヴァーゲは世襲君主制だ。王族の血を残す事が重要だからこそ、何かあった場合に一人でも生き延びさせる必要がある。
そこでイルゼは「あれ?」と疑問が浮かんだ。
「遺跡内部の構造はともかく、その場所を私が知っているのはまずいのでは?」
「イルゼ様は口がお堅いでしょう?」
「内容によってはそうですね」
「そうでなければ確定で王族の婚約者です。頑張ってください」
「ひい、逃げ道を塞がれる! 分かりました、お任せください! 絶対に誰にもしゃべりませんとも!」
イルゼは青褪めながら両手で口を塞ぐ。王族の婚約者なんて面倒な事は心底嫌だ。
元々なるつもりはないが、自分のスケルトンクッキングのせいで外堀を埋められるのはごめんである。
(アロイス殿下もイルゼ嬢なら大丈夫そうなんだけどなぁ……)
本当に嫌そうなイルゼを見て、ルグランは苦笑しながらそんな事を思った。