3 食物連鎖
「何か雑食系の魔物が多くありません? 薬学王の研究成果はどこに?」
「あまり餌がなくて食い尽くされましたね。そして残った連中も共食いした結果、そういう方向に変化したみたいですよ」
「餌イコール自分達含むって事ですかね。いやぁ、魔物も世知辛いですねー」
人喰い遺跡の地下三層。遺跡内は何度も騎士団が入っているためか、あちこちに照明器具が設置してあり意外と明るい。
その中をイルゼは遭遇する魔物をばったばったと倒しながら、フェルトとルグランの二人と呑気に会話をしていた。
物騒な名前がついた遺跡なものだから、少々警戒していたものの、今のところは拍子抜けという奴である。
魔物が思ったよりも強くない。
少々疑問だったので、倒した魔物の前にしゃがみ込んで、イルゼはその亡骸を観察する。肉の部分が少なくて、皮ごしに骨の形が良く分かる。
(餌がないというのは本当ですね……これは同情してしまう)
満足な食事を得られていないから、この程度の強さなのだろう。ヴァーゲの食糧庫と呼ばれるポミエ領の人間としては、これは少々見過ごせない。
「肉の味に近い植物を植えたらどうかしら……」
「イルゼ様、ここで菜園でも作るんですか?」
「ナイスアイデアですフェルト様。そうすれば万が一入っても、中の魔物は人を襲わなくなるかもしれません」
「聞きました、団長。僕、褒められましたよ。イルゼ様の護衛をしていると、自己肯定感の高まりを感じます」
「お前は普段からそんな感じだよ。そしてイルゼ嬢。ポミエの菜園は魅力的ですが、世話が困るので却下ですよ」
「残念……」
なかなか面白いアイデアだったのに却下されてしまった。
王子の婚約者は無理だが、菜園の手入れだったら大歓迎なのに。
イルザは少々がっかりしながら立ち上がる。
「人喰いダンジョンも、人だけではなく野菜もバランス良く食べたら良いのでは?」
「はいはい、僕、野菜も好きです」
「素晴らしいですね、フェルト様! 今度ポミエ産の美味しいトマトをご馳走しますよ」
「やった!」
「この二人は本当に呑気……人喰い遺跡にいるはずなのに……人選を間違えたかなぁ……」
ルグランが思わずといった様子で頭を抱えていた。
まぁ、暇そうでちょうど良い人材、という事でチョイスされた二人である。厳正な審査が行われていなければ「思ったよりも」の感想は出て当然のものである。
そんなルグランに、うふふ、とイルゼは微笑む。
「こういう場所の攻略において、ある程度の緊張と慎重さは必要ですけれど、あまりガッチガチだと疲れちゃいますからね。多少の呑気は成功の元ですよ! 元気出して!」
「それはそうなんですが、どういう励ましの仕方をなさっておいでで?」
「いいなぁ団長、イルゼ様に励まされて。僕も何かあったら励ましてください」
「いいですよ! 無駄に元気なところがお前の取り得と言われたイルゼ・ポミエの、渾身の励ましをフェルト様にお届けしましょう!」
「ひゅー! かっこいー!」
「本当に人選を間違えた気がする……」
きゃいきゃい言っている二人を見てルグランが、これでもかと言うくらい大きなため息を吐く。
そんな調子で三人は人喰い遺跡を進む。
(それにしても……)
未踏の遺跡というわけではないのと、ルグランが遺跡内の地図を持っている事もあり、一行の歩みは早い。
これは正直なところ意外だった。
別にフェルトやルグランの実力を軽視しているわけではない。パーティバランスの件でそう思っていたのだ。
今回のパーティはイルゼ含めて全員が前衛で、後衛と支援役がいない。にも関わらず魔物との一戦一戦に安定感があるのだ。
少々疑問に思ったので、イルゼは戦いながらフェルトとルグランの観察をしてみた。
まずはフェルトだが、彼の戦い方はとてもしなやかだ。そして良い意味で力を入れ過ぎず、冷静に判断して敵を切り伏せている。そのため無駄に体力を消費せず、まだ一度も動きが鈍る事がない。
次にルグランだ。彼は魔物からの攻撃を引き付ける盾役を担ってくれているが、それが圧倒的に上手い。ポミエ領でもここまで敵の捌き方が上手いのは、イルゼの父くらいだろう。
さすが戦いのプロフェッショナルである。
ちなみにイルゼは斥候役だ。最初は少々心配されたが、問題なくこなしている内にこの二人から信用してもらえて嬉しく思っている。
思い出し笑いをしながら、イルゼは「えいやぁ」と蛇型の魔物にとどめを刺した。
「あら、珍しい。毒のない魔物ですよ」
「奥に行けば行くほど、スケルトンタイプの魔物が増えるので、毒が効かないからそこの辺りが退化しているんです。逆に顎の力は強くなっているのでお気をつけて」
「なるほど、承知しました。何でも噛んで食べられそうで素晴らしい。……おや?」
魔物の亡骸を通路の脇に除けていると、ふと、その腹に何かごつごつしたものが入っている事に気が付いた。
骨だろうか、岩だろうか。何となく気になったイルゼは手で触って形を確かめてみる。
「……これ、装飾品っぽいですね?」
☆
「人喰いダンジョン特有の財宝ですかねー」
フェルトが魔物を覗き込んでそう言う。
「見てみましょうか!」
「いいですねぇー! あ、僕、やりましょうか?」
「いえいえ、魔物の解体は慣れているので大丈夫ですよ。私の武器の方がやりやすいですし」
イルゼはいそいそと蛇型の魔物の解体を始める。ルグランから物言いたげな眼差しを向けられたが、気付かないフリだ。
さて、解体だが。蛇型の魔物は毒を持っていなければ皮と肉が利用できる。ただ今の場合、肉に限っては安全性の確認ができないで、必要に迫られない限りは食べるわけにはいかないが。
まぁ、ここへ置いておけば、いずれは他の魔物の餌となるから良しとしようとイルゼは思った。
「これが食物連鎖かぁ」
ひょいひょいと解体をしているイルゼを見て、フェルトは感心した様子でそう呟いていた。
「これでよしと」
あっと言う間に魔物の解体を終えると、その胃から青い石のついた指輪が一つころりと出てきた。
ハンカチを使って軽く拭きつつ摘まみ上げる。
指輪のデザインはだいぶ昔に流行していたものだ。イルゼはふむふむ、と軽く頷きながら、フェルトとルグランに見せる。
「最近、騎士団に指輪を落した方はいますか? 結婚指輪とか婚約指輪とか」
「収集していた鳥の羽を誤ってばら撒いた奴はいましたねー」
「何故それを持って遺跡に……?」
「鳥になりたかったらしくて……」
フェルトはそう答えてくれたが、何一つ持ち込んだ理由については分からなかった。ただ人生で辛い事があったんだろうなと言う事は何となく分かる。なので今度、ポミエ領で倒した鳥型魔物の羽根を上げようとイルゼは思った。たぶんフェルトに渡せば届けてくれるだろう。
「まぁ、そんなくらいで、他に何か落した奴について僕は聞いた事がないですね。団長はどうですか?」
「私もないな。イルゼ嬢、その指輪をもう少しよく見せていただいても?」
「はい、大丈夫ですよ。ハンカチが溶けていないので、素手で触っても問題ないかと」
「ありがとうございます」
イルゼが指輪を渡すと、ルグランは様々な角度からその指輪を眺める。一番最後に照明の光りに当てると、
「……これはアロイス殿下の指輪ですね」
と言った。おや、とイルゼは目を丸くする。
「なかなかお洒落な指輪をはめてらっしゃる。となるとこの階にいらっしゃるのでしょうか?」
それならば早めに見つかってありがたいような、もう少しこのメンバーで遺跡攻略をしたかったような。
そんな事を考えつつイルゼはルグランに聞いてみた。
「いえ、どうでしょう。……もしかしたら、あまり良い状況ではないのかもしれませんね」
「と言いますと?」
「この指輪、王族専用の魔法道具なんですよ。転移魔法の。これを使って殿下はこの遺跡に逃げ込んだはずなのです」
「ああ、もしかして避難場所も兼ねているみたいな」
「そうです」
「なるほど……。なのに殿下の姿は無く、指輪だけ魔物に食べられていたと」
ちらり、とイルゼは解体し終えた魔物を見る。これが人一人丸呑みに出来るサイズの魔物であったら、アロイスも胃袋の中にいたかもしれない。骨らしきものも入っていないので指ごといただかれた、という事もないだろう。
魔物が小さくて良かったな……なんて思いながら、イルゼはルグランの方へ顔を戻した。
「ちなみにこの遺跡は何層まであるのですか?」
「五層です。そこに王族用の緊急避難部屋があります」
「……アロイス殿下、もしかして転移ミスったんじゃないですか?」
あまり良くない事態を想像して、さすがのフェルトも真面目な顔になっていた。
ルグランの話を聞くに、アロイスはパニックを起こしていた。冷静ではない状態で転移魔法を使った事で、何らかのトラブルがあったのではないかとフェルトは言う。
予定外のところへ出た拍子にか、魔物に襲われた時にか、その辺りの理由で指輪を落したのだろう。
「この蛇の魔物って、何層によく出ていました?」
「三から四層ですね。……その辺りにアロイス殿下がいらっしゃる可能性があるか……」
「団長、団長。三層の雰囲気は粗方分かりましたが、四層辺りはどういう魔物が生息しているんですか?」
「骨、だな。アンデッド系が多くなる」
「ゴースト系は?」
「この遺跡と相性が悪いらしく、そっちはないな。ゴーストになったとたんに美味い魔力が出来たと遺跡に吸収されているんだ。ちなみにアンデッドでもスケルトンが多い。肉を食われるからな」
「わあ、食物連鎖」
本当に餌が無いらしい。
人間も魔物も死んだ後はちゃんと手順を踏まないと、その亡骸に魔力が籠ってアンデッドという魔物になってしまう。
ただ各アンデッドには、それぞれに変性する順番がある。
身体に肉が残っている内はまずゾンビから始まり、肉がなくなって骨だけのスケルトン。その骨も酷使されると崩れて消えて、最終的に魔力の塊だけのゴーストになる。そういう流れである。
ちなみにゴーストになってからの対処が一番厄介なので、アンデッドはゴーストになる前に倒すのが一般的だ。
(ゴースト対策には聖水が一番ですけれど。重くなるから量は持ていないんですよね。その点、ゾンビやスケルトンはマシ)
イルゼは特にスケルトンが良いと思っている。だって叩けばわりとあっさり砕けるし、関節を狙えば動きも鈍くなる。その点ゾンビは肉がついている分しぶといので好きではない。
ついでにそうやって倒されたスケルトンは、変性するための魔力の蓄積が足りないのでゴーストになる心配もない。
「団長、団長。イルゼ様、スケルトンならオッケーみたいな顔してますよ。僕もそう思います」
「たくましいな……。俺もスケルトンは倒しやすいからありがたい」
フェルトとルグランはそんな事を話していた。
パーティ内で共通認識があって何よりであるとイルゼは思った。
まぁ、それはともかくだ。
「ところで、解体だ、やったー! と喜んでいる場合ではありませんでした。なるべく急いだ方が良いですね」
「やっぱり喜んでいたのか……。ですが、ええ、そうですね。念のため三層をもう少し見てから、四層へ下りましょう」
ルグランの言葉にイルゼとフェルトは「はい!」と返すと、再び歩き始める。
「魔物に食されるか、女の子に食されるか……か」
ふと口から零れたイルゼの言葉に、ルグランは「名言みたく言わない」と何とも言えない顔を浮かべ、フェルトは「大変ですねぇ」なんて他人事に呟いた。