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2 人喰い遺跡


 お茶会を終えて片付けを済ませた後。

 イルゼとフェルトはルグランに連れられて、王城の地下へ続く扉の前までやって来ていた。

 そんな二人の装いは先ほどと違っている。ルグランに言われた通り『準備』してきたのだ。


「これから魔物の討伐に行きますよと言わんばかりの装い。着心地が良いです」


 イルゼはご機嫌にそう言いながら、腰に下げた双剣や鎧に手で触れた。

 これら全部は王城で借りた物だ。イルゼが普段使っているものよりだいぶ洒落ているし、軽いし丈夫である。

 見た目と性能の両方を良くするには、やはり費用が大事だなとイルゼが感心していると、


「イルゼ様、楽しそうですね」


 と、騎士鎧にロングソードを腰から下げたフェルトが笑って言った。


「暇をしていたもので。身体を動かす事が出来そうで嬉しいです。猫を被るのも大変ですからね!」

「猫、被ってました? 今まで?」

「もちろん被っ……ていない気もしてきましたが、まぁ、そこは良いのです。気の持ちようです」

「ポミエ家の苦労が伺える……」


 イルゼが堂々と答えると、ルグランから残念なものを見るような眼差しを向けられてしまった。

 家族からたまに向けられているものと同じだった。解せぬ、とイルゼは思った。

 

 まぁ、それはさておき、そんな装いでイルゼ達は扉の前までやって来た。

 重厚な扉だ。表面には何やら『目』のような模様が描かれている。

 不気味だなとイルゼは思った。呪いとか、何かを封じているとか、そんな類の印象を受ける扉である。

 王城の地下になんでこんなものがあるのだろうかと、イルゼは無言でルグランを見上げた。彼はハンサムな顔でにこっと笑い返してくれる。


「顔が良い……」

「イルゼ様、ルグラン団長の顔が好みですか?」

「観賞用としては有りですね。人間としてはフェルト様が好みです」

「イルゼ様は表現が独特ですね。ありがとうございます」

「私の場合は褒められているのか微妙に悩むところですがね」


 イルゼの言葉に、フェルトはご機嫌に、ルグランは苦笑しながらそう言う。

 素直なのがイルゼの良い所であり悪い所である。まぁそれでポミエ家の家族は大変苦労したのだが。


「まぁ、それはさておき」


 ルグランは扉に近づいて、その『目』の部分に手を当てた。

 そしてその手で『目』を上から下へ撫でる(・・・)と、瞼が下りるように『目』が閉じた。

 するとカチリと音がして、扉が右側の壁へ、ズズズ、と音を立てて吸い込まれて行った。

 思わずイルゼが目をぱちぱちと瞬く。


「これはまた面白い仕掛けですねぇ」

「でしょう? 見ていない内に入れ、という意味があるそうですよ。で、『目』を開けたまま扉を動かそうとすると、手痛い反撃を食らうんですよ」

「団長団長、ちなみにどんなです?」

「ああ。『目』に噛み付かれる」

「目なのに?」

「目は口ほどに物を言う、なんて言葉があるだろう?」

「合っているような、何か違うような……?」

 

 うーん、とフェルトが唸る。普段わりと大雑把そうに見えるが、フェルトは根が真面目だからか、こういう部分は気になるらしい。

 ふむふむとイルゼが思っているとルグランが数歩前へ歩き、そのままくるりと振り返った。


「さて、それではこれから遺跡攻略を開始します」

「暇だったのでそれは構いませんが……どうして私達をお誘いになったので?」

「イルゼ嬢は戦力として数えて問題が無いと、ご家族の方から許可をいただいておりまして」

「私の許可の方が先なのでは?」

「だってお暇そうでしたし、こういうのお好きでしょう?」

「大好きですけれども、微妙に釈然としないものはありますね!」

「はっはっは」


 イルゼが半眼になるとルグランは笑って誤魔化した。この騎士団長もなかなか良い性格をしている。

 だがまぁ、彼の言う通り、イルゼはこういうの――冒険したり走り回ったり――が好きだ。

 ご令嬢などいう言葉が頭につけば一般的なお貴族様を想像されるかもしれないが、ポミエ家の貴族に関しては別である。領地に出る魔物を狩るなんて小さい頃からやっている。

 領地を守る貴族なら領民を守るために率先して戦うものだ、というのは初代ポミエ領の領主の言葉だ。

 その言葉をポミエ家の人間は代々ずっと守って来た。

 なのでイルゼも魔物との戦いは慣れたものだし、何なら騎士団に入りたての新人よりはるかに実戦経験が多い。


 ――のだが。

 それにしても、ここへ自分が駆り出される理由が今一つよく分からない。

 うーん、とイルゼは思いながらその疑問を口にする。


「フェルト様は腕が良いから、というのは分かりますが、私が呼ばれた理由は何ですか? 単純に戦力としてだけではないでしょう?」


 イルゼは確かに戦える。戦闘経験がある。

 けれども、それ専門で生きて来たわけじゃない。

 戦闘経験は確かにあっても、訓練を積んだ騎士に敵う腕ではない。

 この扉の向こうの遺跡にどのような危険があるかイルゼは知らないが、普通に考えれば騎士団員を連れて向かった方が楽に攻略が出来るはずだ。

 なのに敢えてイルゼを連れて来た理由は何か。そう聞くとルグランは少しだけ目を細めて「やはり頭が良い」と呟いた。


「ええ。その通りです、イルゼ嬢。あなたに同行を願った理由があるのです。まず第一に戦力になりうる人間である事」


 そう言いながらルグランは一本ずつ指を立てて行く。


「二つ目はポミエ領での魔物との戦闘経験が豊富な事。そして三つ目、これが大事なのですが――遺跡があなたの()を知らない事です」

「味?」


 これまた妙な話が出た。イルゼは怪訝そうに首を傾げる。


「……そう言えば先ほども飲み込んだと仰っていましたよね」

「そうです。この遺跡はね、生きているんですよ」

「あ、それそれ。気になっていたんですけど、もしかして、この遺跡って人喰い(マーダー)ダンジョンなんですか?」


 話を聞いていたフェルトが軽く手を挙げそう聞いた。

 人喰い(マーダー)ダンジョンとは、その名の通り人を喰らうダンジョンの事だ。

 洞窟や遺跡、迷宮の姿を取っているが、その実態はオオグライと呼ばれる魔物の一種で、人を中に誘い込んで閉じ込め、自身の栄養にするという性質を持っている。

 自分では移動が出来ないため、体内に餌となる財宝を作り出し人を呼び寄せている。

 財宝に固定されたのは、様々な生き物の中で人が一番騙しやすく誘い込みやすかったから、という話をイルゼは聞いた事があった。


「ああ、その人喰い(マーダー)ダンジョンで合っている」

「またずいぶんな物の上に王城を作りましたね……」

「この遺跡を封じるために王城が出来たらしいですよ。ま、財宝を独り占めしたかったから、という説もあるにはありますが」

「人の欲って際限ないですもんねぇ。前者の方が心穏やかにいられそうなので、僕はそっちを推しておきます」


 あっけらかんと言うフェルトに、イルゼは小さく笑った。

 まぁ確かに真実がどちらだったとしても、経緯はイルゼ達には関係ない。特に問題がなければ信じたい方を信じたって良いのだ。イルゼもそちらにしておこうかなと思った。


「それで私の()を知らないというのは?」

「ここの遺跡ね、一度中に入った人間の味――つまり行動を覚えるんですよ」

「うわ、厄介」

「その通り、厄介なんです。で、今ここにいて戦力に数えられる人間の大体は、味を覚えられてしまっているんです。だから戦闘経験があり、味を覚えられていないイルゼ嬢とフェルトが適任なんですよ」


 そう言うルグランに、イルゼは「あれ?」と思った。


「そんなに頻繁にここへ入るんですか?」

「昔からちょっと面倒な話がありましてね。中で魔物が増え続けているんですよ。その討伐に定期的に入っています」

「あ~、だからたまに騎士団の人らがフル装備で王城に入って行ってるんですね。七不思議の謎が解けた」

「あら、フェルト様。七不思議だったんですか?」

「うちの同期の辺りで」

「へぇ~」


 スッキリした顔のフェルトを見ながら、イルゼは面白そうに頷いた。

 時間があれば他の不思議も聞いてみたいものである。もしかしたら今回のようにちゃんとした理由があるかもしれない。


「それ団長。今回は魔物討伐ってわけじゃないんですよね。何をしに遺跡に入るんですか?」

「人探しだ」

「人?」

「ああ」


 ルグランはそこで言葉を区切り、頭の後ろを手でがしがしとかいた後、


「アロイス殿下だよ」


 と言った。



 ☆



 ルグランの言葉を聞いて、一拍。

 イルゼとフェルトはぎょっと目を剥いた。


「どうしてアロイス殿下が入っちゃったんですか? あの方、確かインドア派……みたいな噂を聞いた事がありますけれど」

「あ、僕も反抗期の時に図書館に引きこもっていたって噂で聞きましたよ」

「それは退屈しなさそうでいいですね。私も真似したいです。反抗期はとっくの昔に終わりましたが」

「真似しないでください、イルゼ嬢。本を人質に取られた文官達が半べそをかいていましたから。そしてフェルト、お前はどこでそれを聞いたんだ」

「先輩達ですねー。だから団長。殿下って、少なくともこういう所に率先して潜りたい側の人じゃないでしょう?」


 そんなやり取りをしながらイルゼとフェルトは尋ねる。

 するとルグランは何とも言い辛そうに、


「実はな……その、逃げちゃったんだよ」


 と教えてくれた。逃げたとはどういう事だろうか。命の危険があったと言う事だろうか。それにしては王城の中は物々しくない。

 よく分からなくてイルゼとフェルトが首を傾げていると、


「……アロイス殿下は、押しの強い女性がとても苦手で」


 なんて続けた。果たして今、女性の好みの話をしていただろうか。

 何やらちょっと想像していた方向と違って来た気がする。

 じっとルグランを見ていると、彼は一度大きくため息を吐いてから言った。


「あ~、もう言ってしまいますが。つい先ほどの事ですが、メリル・スコット嬢とミレイナ・クルーガー嬢があまりに積極的に殿下に迫ったらしいのです。それで恐怖を感じてパニックになった殿下が、二人が絶対に来られない場所――まぁここですが、逃げ込んだというわけです。この話、絶対に外には出さないでくださいね」


 イルゼとフェルトはぽかんと口を開けた。

 色々と思っていたのと違ったからだ。


「殿下はメリル様とミレイナ様がお好きで、どちらかを婚約者にしようと思ってらっしゃったのでは?」

「無いですね。ぐいぐい来すぎて引いていましたよ。むしろ近寄って来ないというだけで、イルゼ嬢の方が好感度高いくらいです」

「何故……」

「何もしていなければ好感度も上がったり下がったりしませんからね。それにしてもイルゼ様、本当に婚約者になるの嫌なんですね」

「面倒そうですからね、王太子殿下の婚約者って」

「ハハハ……。ええ、だからイルゼ嬢に今回の事を頼もうと思ったのです。他にも戦力に数えられるご令嬢はいらっしゃいましたが、これっぽっちも興味を殿下に持っていないのがイルゼ嬢だけだったので」

「でも、ちょっとくらい興味があった方が、救出のやる気が出ませんか?」

「殿下が戻って来てくれなそうなのはちょっと……」


 ルグランは遠い目をした。彼の口振りから察するに、たぶん逃げたのは一度や二度じゃない。これは相当に根深い問題のようだ。

 そこまで考えて、今度はフェルトが「あれ?」と首を傾げた。


「でもさっき、廊下の向こうに殿下を見ましたよ?」

「ああ、あれは偽物だ。さすがに女性が怖くて逃げた、というのが広まるとちょっと外交上の問題がな……」

「あ~……そういう手で交渉事を進められると困りますよね」


 威厳とかそういう物も大事だが、何よりも他国から舐められるのが一番まずい。国同士の交渉に押しの強い女性を連れて来られて、向こうの勢いに負けてしまっては問題だ。そういう場でアロイスが一人にさせるのは護衛の点から見てもまずないだろうけれど、念には念をいれるべき事なのはイルゼも分かる。

 そういう意味でもアロイスの事情は知られない方が良い。

 なるほどなぁ、とイルゼが頷いていると、


「そういう事です。ご理解いただけたようで何よりです」


 とルグランはにこりと笑った。


「私はここに何度も入っておりますから、()は覚えられています。ですが盾役にはちょうど良いので、ガンガン使ってくださいね」


 そしてそうも言った。


「騎士団長様を盾役になんて、ずいぶん贅沢なお話ですねぇ」

「それは光栄」


 ハハハ、とルグランは笑って、扉の先を指さす。

 つられてイルゼもそちらへ目を向けた。


「この遺跡は幸いな事に、そこまで深くはありません。殿下を見つけるのは、そう苦労しないと思いますが……」

「団長、何だか歯切れが悪いですね?」

「……素直に戻ってくださるかが微妙でな。最悪、空腹や疲れて動けなくなったところを回収するしかないかもしれん」

「行き倒れ……」


 ぽつりとイルゼは呟いた。

 まぁ、遺跡内で行き倒れていた、という方が適当な理由を捏造するにはちょうど良いかもしれない。

 それにしても、そこまで嫌な事を我慢しないといけないとは、王族とは大変なものである。


(絶対に婚約者にならないぞ)


 イルゼは心に強くそう誓った。

 そんなイルゼを見て、フェルトとルグランがこそこそと、


「婚約者になりたくなさが顔に出ていますよね」

「そんなに嫌なもんかなぁ……」


 なんて話していたが。


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