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14 たからもの


 ローズの声だと、イルゼは顔を顰めながら思った。

 青薔薇を見ればルグランの攻撃で砕けた場所から、まるで血のように青色に輝く魔力がじわじわと広がり始める。

 それを見てルグランが剣を抜き、数歩、後退した。


「…………」


 何が起きるかと周囲の様子を警戒していると、台座の上の空間がジジッとぶれる。

 次の瞬間、そこに怒りの形相を浮かべたローズが姿を現す。その身体にはルグランがつけたものと同じ形の穴がぽっかりと空いていた。


「ひどいわ、ひどいわ、ひどいわ! こんなにひどい事を、よくも出来たわね、あなた達!」


 ローズは身体に空いた穴に片手で抑えながら、血走った目を吊り上げて怒鳴る。

 そこに先ほどまでの無邪気な様子は欠片も残っていなかった。


「お互い様だろう。そちらも我々を飼おうなどとしていたのだから」

「私は大事に可愛がってあげるって言ったの! こんなにひどい事なんてしないわ!」

「でも最終的に食べるでしょう?」

「そうよ!? 当たり前じゃない! だって私は人間なんだもの!」


 ローズはそう言うと片手を大きく開く。すると床に広がった魔力からゼリー壁と同じ質感の巨大な茨が、ぶわりと飛び出しイルゼ達に向かって襲い掛かって来た。

 ルグランが一番大きなそれを剣で受け止め、イルゼとフェルトは細い茨を剣で切り飛ばす。床に落ちたそれはビチビチと跳ね、溶けるように消えた。

 しかしそれで終わりではなく、消えた傍から次々と新たな茨が現れ続けている。


(なるほど、なるほど)


 この魔力の濃度だと、ただ斬っただけでは消滅しないようだ。ならば跡形もなく消し飛ばした方が良い。


「アロイス殿下、魔力は大丈夫ですか?」

「ああ、もちろん。先ほど休憩したから問題ないよ」

「では燃やし担当でお願いします!」

「燃やし担当……」


 アロイスから何かもの言いたげな視線を向けられた。まぁ、イルゼのネーミングセンスは微妙である。

 しかし状況が状況なので特にツッコミが入る事もなく、アロイスは“燃やし担当”として火の魔法を放ってくれた。

 高温の炎に茨と、床に広がった魔力がじゅうじゅうと音を立てて焼けて行く。

 それを見てローズが半狂乱になった。


「やだ! やだ、やだ、やだぁ! 燃やさないで! 消さないで! いやだ! やぁだぁ!」


 全身の力を振り絞るように大きく手を広げ茨の数を増やす。しかしイルゼ達の手は緩まない。茨が増えたら増えた分だけ斬り飛ばし、燃やし、消滅させていく。

 そうしているとローズの核がどんどん小さくなり始めた。魔力の消費量と共に嵩が減っているようだ。


「ノーラン! ノーラン、助けて! 私、頑張ったでしょう!? お手伝いいっぱいしたでしょう!? なのにどうしてこんなにひどい事をするの……!?」


 ローズはアロイスに向かってそう叫ぶ。先ほどまではアロイスとノーランが別人だと分かっていたようだったが、今はもうそれすら判別がつかないようだ。

 大粒の涙をポロポロと零し、弱弱しくアロイスに手を伸ばすその様は、庇護欲をそそる少女そのものだ。

 その姿を見ているとイルゼでも少し心が痛んで来る。

 ――だが、たぶんこれはそう(・・)見せる演技だ。人喰い(マーダー)ダンジョンは狡猾。それをイルゼは理解している。ルグランも、フェルトもだ。

 アロイスだけは困惑した表情を浮かべていたが、


「……私はノーランではないよ」


 と首を横に振りながら火の魔法を強める。ローズは「ぎゃあ!」と悲鳴を上げた。


「くやしい、くやしい、くやしい! せっかくノーランみたいになれると思ったのに! お腹いっぱい食べられると思ったのに!」

「……本音はそれか」

「何よ! 私をさんざん利用したのはそっちでしょ! ノーランだけは私に話かけてくれたから、特別に手伝ってあげたのに! ただの餌の分際で生意気よ!」


 ローズは顔を歪ませながら口汚く罵って来る。

 アロイスはそれに反応せず火の魔法をさらに強めた。

 もう間もなく核は全てなくなるだろう。


「……っ、ひどいわ、ひどいわ。ひどい、ひどいよ、どうして。どうしてなの、ノーラン。私、頑張ったでしょ、ノーラン。ノーラン……ねぇ、褒めて、褒めてよ、ありがとうって言ってよ、ノーラン……」


 その頃にはローズの声は弱弱しくなり。

 やがて瞳から、ぽたん、と最後の一滴の涙を落とし。

 彼女は空中に溶けるように消えた。




 ☆




 オオグライの核を破壊した事で、人喰い遺跡はただの遺跡へと変わった。

 遺跡の中にはまだ魔物が徘徊しているものの、あれらはもう残党のようなものだ。ローズがいなければ、新たなに魔物が生み出される事はないだろう。

 全部の魔物を倒せば、ここは安全な遺跡へと変わる。


「改めて内部を調査して、何かしらの施設を作っても良いかもしれない」


 王城へ向かって遺跡の中を歩きながらアロイスはそう話す。

 埋め立てるには費用がかかるし、せっかく形状がそのまま残っているならば、何かに活用した方が有益だと判断したのだろう。

 こういう部分に心情を混ぜない辺り、やはりアロイスは王族の人間なのだなとイルゼは思う。これがイルゼだったらもうちょっと考えてしまっていただろう。


(後味が絶妙に悪いですからねぇ……)


 ローズの最後の台詞を聞いたせいだ。

 魔物である彼女の思考や心情はイルゼには分からない。けれども何と言うか……ローズはノーランに恋でもしていたかのような印象を受けたのだ。

 魔物としての生存本能と、芽生えさせられてしまった魔物として本来存在するはずのなかった気持ち。そんな彼女のアンバランスな心が、あの言葉から感じられてしまって。


「イルゼ様、どうしました? 変な顔をしていますよ」

「ああ~、そのですね。記憶を良い感じに一部だけ消す方法について考えていました」

「世の中そんなに都合の良いものは存在しませんよ」

「フェルト様って意外と物の見方がドライですね」

「ウェット過ぎても良くないって父から聞きましたからね!」


 明るく笑うフェルトを見ていると、何とも微妙だった気持ちが浮上して来る。

 

「都合の良いものは存在しない……か」


 ふと、フェルトの言葉にアロイスが反応した。


「転移魔法も、そうだったのだろうな」


 そう言いながら彼は転移魔法用の指輪を見ている。

 先ほどまで青い石の嵌っていた指輪は、今はリングの部分だけしかない。

 オオグライの核が消滅したと同時に石も消えたのだ。イルゼの仮説はどうやら合っていたらしい。


「上は大騒ぎでしょうね」


 軽く視線を上げてルグランは言う。きっとアロイスと同じように、他の王族が身に着けている指輪も青い石が消滅している事だろう。


「まぁ、でも、まさか指輪とオオグライの関係性を知っている方は……いないと思いますけれど」

「絶妙に嫌味になっていますよ、イルゼ嬢」

「あらやだ、うふふ。そんなつもりはありませんとも!」


 ……ちょっとはあったけど。

 もしもこの事を知っていて放置していたのなら、今まで抱いていた尊敬の念が若干揺らぐなとイルゼは思った。

 どちらにせよ公表はされないだろうし、ポミエ領に帰る予定のイルゼには、それこそ関係のない話であるが。


「あなたは遠慮がなくて良いね」

「イルゼ様の良い所ですね!」

「あらやだ、ダブルで褒められましたね!」

「不敬一歩手前ですので、あまり褒めてもらっては困ります、殿下」


 そんな話をしながら四人は遺跡を進む。

 するとちょうど四層の結晶が生えていた部屋に到着した。

 やはりそこの結晶も全て消えていて、床には様々な物が散乱している。


「落とし物とか、遺品とかですかねぇ」

「でしょうねぇ。あ、鳥の羽だ」

「何というか、子供のおもちゃ箱みたいな様子だな……」

「そうですねぇ。子供が宝物を集めたみたいな……」


 キラキラした物、可愛い物。それを集めて結晶(たからばこ)に閉じ込める。

 そういう風にもイルゼには見えてしまった。

 先ほどの後味の悪さが再び競り上がって来て、ううむ、となっていると。


「あら? これは……」


 ふと、床に落ちている本に気が付いた。これだけ他とは毛色が違う。

 近づいてタイトルを見てみると、ちょっと口に出しては言えないような、いかがわしいタイトルの物だった。


「もしかして、やたらとそっち系の攻め方をして来たのって……」


 これのせいではなかろうか。

 参考資料が特殊過ぎる。というかこんなものを遺跡に持ち込んだのはどの騎士だ。

 イルゼは思わず半眼になった。

 

「イルゼ? どうしました?」

「あっ、いえ、何でもないですっ!」


 アロイスに声を掛けられたイルゼは、びくーん! と肩が跳ねる。そして咄嗟にその本を持ち上げて、力いっぱい遠くへ放り投げた。

 飛んでいく本。ポカンとするアロイス。一瞬、タイトルが見えてしまったらしいルグラン。フェルトだけは「おお~」と拍手をしてくれた。


「さあ、行きましょうか!」


 とりあえずアロイスは何も知らずにこの部屋から出た方が良い。一刻も早く。

 幻覚が特殊だった原因の一端を担ったのはヴァーゲの騎士です、なんて、とてもじゃないけど言えない。

 イルゼは顔に笑顔を貼り付けて、皆を促し歩き出した。

本日18時にもう1話投稿します。

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