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13 転移魔法


 休憩を終えたイルゼ達はアロイスの案内で、遺跡の外へ脱出するための手段がある部屋へ向かう事になった。

 入り口は王族の避難部屋のベッドルームだった。その部屋の壁に秘密の入り口が隠されていたのである。

 見た目はまったく分からなかったが、アロイスが壁に手をあてて魔力を注ぐと、模様が浮かび上がる。植物が根を張る様にゆっくり広がった模様はやがて扉となった。


「これ王族の秘密なので、内緒にしてね」

「分かりました。ぜったいに言いません。ええ、ぜったいに」

「どうしてそんなに、命懸けのような顔で頷いて……?」


 王族関係の婚約者になりたくないからです。

 ……とはさすがにイルゼも言えなかったので、にっこり笑って誤魔化す。フェルトとルグランからは残念なものを見るような視線を向けられたが。

 さて、そうして現れた扉を開けると、その先に人一人が通れるくらいの狭い通路が続いていた。ここの壁にもしっかりと魔物除けの宝石がはめ込まれている。この狭さで魔物に襲われたらひとたまりもないので、これならば安心だなと思いながらアロイスを先頭にイルゼ達は通路へ入った。

 通路の幅的にイルゼを含む若者三人はすいすいと歩けたが、体格の大きいルグランは少し大変そうだ。


「団長、大丈夫ですか?」

「ああ。……むう、もう少し痩せるか?」

「ルグラン団長のそれは筋肉ですし。そのままで十分ハンサムなので、それを減らすとはとんでもない」

「イルゼ嬢はわりと欲望に忠実ですよね」

「そうですとも! 人間から欲がなくなったら屍ですからね!」


 そんな会話をしながら一行は進む。山の中に道を通す”トンネル”という計画がヴェーゲにもあるが、そんな感じだ。

 照明と魔物除けの宝石の灯りに照らされながら進むと、少しして一行は開けた場所に辿り着いた。


「あ、意外と広い」


 ひょいと入れば、先ほどまで滞在していた王族の避難部屋と近い広さの空間がそこに広がっていた。

 白色を基調としたその部屋は、中央の大きめの台座にあり、そこに魔法陣が刻まれている。

 雰囲気的に神殿のような印象をイルゼは受けた。


「あれが脱出用の魔法陣だ。王族の人間が魔力か血を捧げると、台座の上にいた者は遺跡の入り口まで転移が出来る」

「あー! なるほど、結構大きめの遺跡で見る奴ですねぇ」


 ポミエ領で一番大きな遺跡で、似たようなものをイルゼも見た事があった。

 ただそれと違って王族限定となれば、これも避難部屋が出来た後で意図的に作られたものだろう。

 しかし見事である。

 こういう転移魔法について、実のところあまり解明されていない。され過ぎても困るというのはあるのだろうけれど、それ以上に難解過ぎるのだ。

 これを作った人間は良い意味で化け物のような思考回路をしているのだろう。


「はぁー……すごいなぁ」


 興味津々にイルゼは台座や部屋を見回す。


「……あれ?」


 すると部屋の天井に何か模様が描かれている事に気が付いた。ちょうど台座の真上だ。


「フェルト様、あそこの模様って何に見えます?」

「あそこ? ああ~……うーん。そうですねぇ……」


 フェルトを手招きして天井を指さし聞いてみる。見上げた彼は顎に手を充てて少し考えた後、


「……花、ですかね? ほら、花弁の感じとか似ていません?」


 と言った。


「ああ、なるほど! 確かにそう見えますね。うーん……あの形の花弁は……薔薇?」


 考えて、思いついた花の種類が口から出る。

 ……薔薇?

 何か引っかかりを感じてイルゼはもう一度「薔薇……」と呟く。

 ここ最近で妙に印象的だったものに薔薇がついていなかっただろうか。

 何だったっけと考えて、イルゼの頭にローズの姿が浮かんで来る。


「そう言えばローズと名乗ったオオグライ、ドレスにも青薔薇がついていましたね」

「あ、確かに。……それでここにも薔薇か。無関係って考えるのはちょっと無理そうですねぇ」


 場所が場所だけにフェルトもそう思ったようだ。

 そんな話をしていると、会話を聞いていたルグランやアロイスもイルゼ達と同じように天井を見上げる。


(……そう言えばローズが変な事を言っていたっけ)


 ノーランが昔は魔力をたくさんくれていたのに、今は全然少ないと言っていたはずだ。

 ただ薬学王ノーランはもうずいぶん昔に亡くなっているので、彼がローズに魔力を与える事はない。

 しかしローズは「まったくない」ではく「少ない」と言った。その言い方から考えると、魔力を与えるという行為自体は今も続いているという事だ。


(誰か協力者が? いえ、ですが、さすがにそれは……)


 王城の地下にある扉から入って、ローズに魔力を与えて脱出する。そんな事が可能だろうか?

 そもそも出入りしていたら、必ずいつかはバレる。ついでに人喰い遺跡に喰われる可能性だって十分あるのだ。

 その点から考えると、人目につかないように遺跡の中に入って、安全に脱出可能な人間と言えば王族以外にいない。

 しかし王族が遺跡に魔力を与えているというのがどうにも理由が分からない。

 王族の避難場所としてのメリットと、危険性を含めたデメリットを比べると、明らかに後者の方が大きいとイルゼは思う。


(そうなると無意識の内に魔力を与えていた……となるかも?)

 

 考えながらイルゼは天井から視線を下ろし、部屋をぐるりと見回して、最後に台座へ目を留める。


「魔力を与える……」


 まさかね、と思いながらイルゼは台座に近付く。

 そして台座の周りをゆっくり移動しながら見ていると、継ぎ目のような跡を発見した。

 イルゼは双剣の片方を抜くと、その継ぎ目に切っ先を突き立てる。すると思ったよりもスッと剣は継ぎ目に吸い込まれた。

 なるほど、これは行けそう。

 そう思ったイルゼは継ぎ目に沿って、上からゆっくりと剣を下ろしていく。その動きに合わせてカチ、カチ、と何かが離れる音が聞こえた。


「イルゼ様?」

「もうちょっとでこれ、外れそう」

「外れる?」


 フェルト達は、急に台座を傷つけるような行動を始めたイルゼにぎょっとしていたが、何かしら考えがあるのだろうと思ったのだろう。そのままイルゼの行動を見守ってくれている。

 カチ、カチ。

 イルゼの剣が台座の下まで下りると、そこで今度は、カチン、と音がした。

 すると、どうだろう。台座が小刻みに揺れ始め、継ぎ目に沿って二つに割れ始めたではないか。


「……あ!」


 割れた台座から現れた物を見て一同が目を見開く。

 そこにはガラスのようなケースに入った“青薔薇”が隠されていた。

 淡く美しく輝く少し透けた青薔薇だ。


「ああ、これだ」


 オオグライの核は。

 イルゼはするりとそう思った。

 色合いや雰囲気が、結晶がたくさんあった部屋で見たそれとよく似ているのである。さらに形が青薔薇だ。ローズも青薔薇のついたカクテルドレスを身に纏っていた。


「王族が脱出する時に注ぐ魔力の一部が、この核に入っていたという事でしょうかね」

「……どうしてそんな事に」


 台座の下からオオグライの核が現れたのが衝撃的だったのだろう。アロイスは先ほどとは違う意味で顔色が悪くなっていた。

 まぁ、無理もないだろう。今まで自分達が普通に使っていたものに、人喰い遺跡の核が入っていた。もっと言えば、自分達の魔力で育てていたようなものなのだから、動揺してもおかしくはない。


「たぶんですけれど。転移魔法を使うにあたって、補助的な役割をさせていたんじゃないですかねぇ」


 腕を組みながらイルゼは言う。


「補助?」

「ええ。ほら、転移魔法って難しいじゃないですか。だけど繋がりがあるものを利用すれば、その”難しい”を少し軽減できるのかなって。さっきローズが現れたみたいに」

「ああ~。あれ、ゼリー片を使ったから、あの部屋に出られたって感じでしたもんね」

「ですです。たぶんこれもそうかなって。ほら、アロイス殿下が落とした指輪」

「ああ、これですね」


 イルゼの言葉に、ルグランが思い出したように懐から青い石のついた指輪を取り出した。転移の魔法に使われる魔法具の指輪である。


「この青い石、もしかしてさっきの部屋で見た結晶なのでは?」


 あの時は魔力の籠った特殊な宝石だと思っていたが、台座の下からオオグライの核が出て来たら少し話が変わって来る。

 この台座の下の核と、指輪。二つに繋がりがあるから転移魔法として成立したのではないか。

 イルゼがそう言うと三人は「ああー……」と少々嫌そうな表情も浮かべつつ、納得したように頷いた。


「核を壊すとこれも使えなくなる……という事か」

「専門家でないので、確実にそうだ! と言えないのが申し訳ないですが」

「いや、十分ですよ。避難部屋としては機能しなくなりそうですね。ふむ……」


 アロイスとルグランが、台座をじっと見つめる。どうするべきか考えているのだろう。

 まぁ確かに便利な面もあるから悩むよね、とイルゼが見守っていると、


「別に遺跡の力に頼らなくてもいいんじゃないですか?」


 とフェルトが言った。

 三人分の視線が集まると、彼は少し首を傾げる。


「だって転移魔法だってそもそも、難しくても人の力で何とか使えた奴でしょう? それよりも魔物の討伐に当てる労力や騎士の被害が減った方が、ヴァーゲにとって有益じゃないですかね」

「私達の護衛に腕の良い方が取られちゃってますしね」


 忖度のないストレートなフェルトの言葉に、イルゼは楽しくなってクスクスと微笑んで同意する。

 その通りだ。人喰い遺跡の危険性が浮き彫りになった今、これを残して育て続けたのなら将来的に大事になる。

 それ(・・)が起こるのはイルゼ達が死んだ後なのかもしれないが「だから良いのだ」とはイルゼも思えなかった。


「……ああ、その通りだ。破壊しよう」

「はい、殿下。帰りの道が少々大変ですが、まぁ、五層分だけです」


 アロイスとルグランもそう言って頷いた。

 ローズの核を破壊する。四人はそう決めると武器を抜いて狙いを定めた。

 戦闘態勢に入ったのは万が一のためだ。何せローズの本体だ。これを壊そうとすればどんな抵抗があるか分からない。

 ルグランを先頭に、その後ろにイルゼ、間にアロイス、一番後ろにフェルトと並び。


「行きます」


 ルグランが剣を構え、勢い良く突く。

 切っ先がケースを割り、青薔薇に届く。

 その時、


「―――――ッ!」


 耳を劈くような大音量の女性の悲鳴が、部屋に響き渡った!


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