12 野菜スープと遠慮のない会話
「とりあえず、食事にしましょうか」
ローズが消えた後。
アロイスの体調がもう少し落ち着くまで、イルゼ達は王族の避難部屋で休憩する事になった。
それで少し小腹も空いたものだから何か食べようとなったのである。
一応、イルゼ達は遺跡に入る前に、万が一の時のため多少の食糧は持って来ている。
しかしただ食べるだけでは味気ない。せっかくキッチンも水もあるのだから、何か料理でもしてしまおうとイルゼが提案したのだ。
持って来たものはパンに燻製肉、それからドライフルーツと日持ちのするシンプルなもの。そこに、アロイスも食べるのだからと許可をもらって、保冷庫の食材も使わせてもらう事にした。
「あ、野菜やフルーツもありますねぇ。意外だ」
「母が疲れた時にたまに来ているからだと思うよ」
「王妃様……大変なんですね……」
あらまぁと思いながら、ひとまずトマトを始めとした野菜を借りる事にした。
調味料の類も揃っているので、持って来た食材と合わせてスープにしてしまおう。
そう考えたイルゼは料理を開始する。トントン、と小気味良い音を響かせて野菜を切っていると、フェルトが近付いて来た。
「イルゼ様、慣れていますねぇ。すごく綺麗な包丁の動きです」
「おや、褒められましたね! まぁ、ええ、慣れですよ。ダンジョンや森を探索する時に、たまにね、現地でやります」
「現地で料理を?」
「ええ。ほら、毎回、携帯食や保存食だけじゃ飽きますからねぇ」
「毎回?」
「毎回」
イルゼはこくりと頷いておく。
騎士団程ではないだろうが、イルゼもわりとよくポミエ領のあちこちを歩いている。
魔物の討伐や、ダンジョンを含む各地の調査は領主一族の仕事だ。もちろん自分達だけでは出来ないので、騎士や傭兵達の力も借りてはいるけれど。
部屋に押し込められるより、広々とした場所で自由に飛び回る方がイルゼの性に合っている。そういう部分も「イルゼに王族の婚約者は無理」と言われる所以だ。
そんな話をしながら切った燻製肉や野菜を鍋に入れじゅうじゅうと炒め、水と調味料を入れてくつくつ煮込む。
ちなみにフェルトはその間ずっと、興味津々な様子にこにことでイルゼの料理を見ていた。
「フェルト様、楽しそうですねぇ」
「ええ、楽しいです。料理が出来上がっていく過程って面白いですよね。良い匂い~。あ、僕、食器用意します」
「お願いします」
「はーい」
うきうきした様子でフェルトは食器棚へと向かって行く。
人懐っこいと言うか、気さくと言うか。肩の力を抜いて話が出来る相手なので、フェルトが自分の護衛役になってくれてありがたかったなぁとイルゼは思う。
(まぁ、婚約者候補がお役御免になったら、これも終わっちゃうんですけどね)
フェルトとは短い付き合いだ。
けれども王城へ来て毎日顔を突き合わせていたので、家に帰った翌日から顔を見なくなるのはそれはそれで寂しいだろうなぁとイルゼは思った。
まぁ、トレントボア狩りをするとか約束はしているので、完全に付き合いが絶たれるわけではないけれど。
(あ、そうだ。外へ出たら手紙の送り先を聞いておこう)
鍋をゆるくかき混ぜながら、イルゼはそんな事を思った。
☆
野菜スープはなかなかの出来だった。
フェルトはにこにことお代わりをしてくれたし、ルグランも「遺跡の中でまともな食事が出来るとは」と喜んでくれた。
アロイスもまだ体調が戻っていなかったももの「野菜の旨味が出ていて美味しいね」と味の感想付きで平らげてくれた。多少の交流はあっても、信頼関係がほとんど構築出来ていないイルゼの料理を食べてくれる辺り、思い切りが良い人なのだなぁと言う印象を受ける。
そんな彼らが美味しいと食べてくれる様子を見て、
(あっ、何かこう……新鮮……!)
イルゼはしみじみとそう思った。
誰かに料理を食べてもらうのは、思っていたよりも楽しいかもしれない。今までは特に考えた事がなかったのでイルゼはちょっと嬉しかった。
さて、そうして食べてお腹が膨れたら、次は今後についての話し合いである。
人喰い遺跡をいったん脱出するのは前提だが、それからどう対処するかだ。
そのためにまずはローズについての情報のすり合わせである。
「人喰い遺跡に関する資料で、女性のゴーストを見た、という記録が二つありました」
「そう言えばそんな事を言っていましたね」
ローズと初めて遭遇した時の事だ。言われてみれば確かに、ルグランはそんな事を言っていた。
あの時は戦いの最中だったし、その流れでゼリー壁に襲われて意識が一度途切れたので、話もそこで終わっていたが。
「どんな感じだったんですか?」
「どちらも姿を現して、こちらをじっと見つめていたと書かれていましたね」
「ああ~。実害がなかった感じ」
「ええ。あと目撃者がそれぞれ一人ずつだったので、見間違いかもとも記載されていました」
人喰いダンジョンの特徴で、ゴーストが出現しないと言われているならば、そう思うのも仕方がないだろう。
しかし、そこでただの見間違いで済ませるのではなく、ちゃんと記録に残している辺りさすがヴァーゲの騎士団だ。
「実際はもう少し目撃情報はあったかもしれないですね」
「あとは喰われたから記録に残せなかったもありそうですねぇ」
「イルゼ様って結構言いにくい事も、しっかり言ってくれてありがたいですね」
「おや、褒められましたね!」
褒められてイルゼはにこっと笑う。
黙っているべき部分はイルゼだってちゃんと口を閉じている。
けれどもこういう相談や話し合いの時は、言いにくいからと口を噤と後々厄介な事になる。
その場で嫌な思いをしたとしても、言うべき時は言うべきだ。だからイルゼは遠慮をしないし、必要であれば言葉にする。
ポミエ家の家族からイルゼが教わった事の一つだ。
「言いにくい事か……」
するとアロイスがぽつりと呟いた。
「……私ももう少し、はっきりと言えば良かったのだろうか」
「メリル様とミレイナ様の事です?」
「ああ。……私があれしきの事でパニックにならなければ、あなた達を厄介な事に巻き込まなかっただろう。すまない……」
媚薬の効果がすっかり薄れたようで、普通の顔色に戻ったアロイスは、そう言って頭を下げた。
「殿下。殿下みたいな立場の人が、気軽に頭を下げてはいけませんよ。舐められます」
「そうだろうか。私は謝罪すべと思った時は、ちゃんとするべきだと思う」
アロイスは本当に誠実な人なのだろう。ルグランとフェルトを見れば苦笑していた。
人として好印象だが、いずれヴァーゲの王となる人物だ。彼の頭一つで大きく物事が動く事がある。だから気軽に下げてはいけないだろうな、とイルゼは思う。
けれども本当に一人の人間として見るならばアロイスは良い人間だ。
この辺りを伴侶や側近が上手くサポート出来るようになれば、きっとヴァーゲはもっと穏やかな良い国なるだろう。
「というかアロイス殿下はぶっちゃけ、どんな方がお好みですか?」
「イルゼ嬢、言葉遣いが……」
「まぁまぁ。非公式の場なので!」
「使い方……!」
近所のおばちゃんみたいな雰囲気で聞くイルゼに、ルグランは頭を抱えた。
それを見てフェルトまで、
「あ! 僕も聞いてみたいです。参考までに!」
なんて続いた。
「何の参考にするんだ、それは」
「下世話な賭け事を、そいつは違うんだよな~と遠くから眺めるためですね」
「それこそ下世話!」
ルグランの鋭いツッコミが入る。そうしてワイワイしていると、アロイスが思わずと言った様子で噴き出した。
アロイスはクスクスと笑いながら、
「そう……だな。ふふ。……私は、うん。お互いの話をちゃんと聞いて、その上で正直に話せる相手が良いな」
と言ったのだった。