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1 暇なご令嬢と騎士のお茶会


 ヴァーゲ王国の王城。

 そこの庭園で一組の男女がお茶をしていた。


 一人はイルゼ・ポミエ。

 宝石のような青い瞳と淡い金の髪をした少女だ。彼女はヴァーゲの食糧庫と呼ばれるポミエ領の次女で、歳は十八。

 もう一人はフェルト・ミュール。

 橙色に近い茶色の髪と、明るいハシバミ色の瞳をした青年だ。彼はヴァーゲ王国騎士団の副団長の長男で、歳は同じく十八。


 先日初めて顔を合わせたばかりだが、そういうものを感じさせないくらい、二人の態度は気安い。

 ただ男女のそれというような雰囲気はない。気の合う友達とか悪だくみ仲間とか、まぁそんな感じである。

 さてそんな二人の関係は、王太子の婚約者候補のご令嬢と、彼女の期間限定の護衛騎士、というものだった。


「でね、メリル・スコット様とミレイナ・クルーガー様が最有力候補らしいですよ」

「やっぱり! でっすよねぇ。あの二人に向けられた殿下の眼差しって、他の方と違っていましたもん」

「それでね、今、どちらのご令嬢が選ばれるかって、一部で賭けが行われています」

「わあ、下世話」

「ねー。僕は参加していませんけれど、お貴族様が聞いて呆れますよねー」

「フェルト様もお貴族様でしょ」

「イルゼ様もね。なーんか世の中って世知辛いですねー。……で、どう思いますか、イルゼ様?」


 フェルトからそう聞かれ、イルゼは目をぱちぱちと瞬いた。

 それから「うーん」と唸った後、手に持っていたティーカップをそっと置く。

 そして少し考えた後で首を傾げ、


「二人を天秤にかけている時点で、まぁまぁ最低かなって」


 なんて素直な感想を口にすれば、


「でっすよねぇ~!」


 フェルトは腹を抱えてけらけらと笑い出した。目尻には涙まで浮かんでいる。

 ほんの数秒前までなら、物腰が柔らかそうな美青年という風だったのに、口を開けばこの調子である。

 聞いた話によると、これを見たご令嬢は「外見に騙された!」と嘆くか「このギャップが良い!」と喜ぶか二通りの反応があるらしい。

 人の趣味とは多種多様である。

 ちなみにイルゼも最初にこれを見た時はまぁまぁ驚いた。しかし、こちらの方が気楽そうだなと思ったので、普通に受け入れている。


 さて、そんなイルゼとフェルトだが。

 この二人が何故こんな場所で呑気に不敬な事を言いながらお茶をしているかと言えば、単純に暇だからである。


 イルゼはこの国の王太子アロイスの婚約者候補として王城へと招集された。

 一応、家柄は十分。領主の子としては相応しい教育も受けており、マナーだって王城のお偉いさんから「問題ないね」と太鼓判を押されるくらいにはちゃんと身についている。

 だがあくまで家柄同様『一応』だ。

 イルゼは外見こそ品の良いご令嬢だが、実際にはそういう風に振舞えるだけで、中身は何とも残念な生き物だ。

 お淑やかとは程遠いくらいアグレッシブだし、口調がそれなりに丁寧だから分かり辛いだけで、口だってなかなか悪いのだ。

 だからイルゼにアロイスの婚約者候補の話が来た時に、家族は揃って頭を抱えていた。


「婚約者候補で王城へ行く!? 本当にそれ大丈夫……!?」

「イルゼに王太子殿下の婚約者は無理だ……!」

「ねぇ何とか断れないの? まずいよ!? 不敬罪とかで首飛ばない!?」

「大丈夫だよ、安心して! もしその時は、飛ぶ前に飛ばすよ!」

「やめて! 誰の首を飛ばす気なの!」

「えへ、大丈夫……飛ばすのは首じゃないから……」

「うちの娘、何でちょっと照れてるのかな?」


 そんなやり取りをしたのは、今からちょうど二カ月ほど前の事だった。

 イルゼも乗り気ではなかったし、家族も総出でお断りの方向に話を持って行こうとした。

 辞退する手紙だって書いた。

 しかし無理だった。何故なら、


「どうしても来て頂きたい、本当に、顔を合わせるだけで良いから! ね! お願いします!」


 というどこか必死な言葉を、丁寧に丁寧に包んだ文面の手紙が何通も届いてしまったからだ。

 結局根負けしたのはイルゼ側だ。

 ここまで頼まれてしまったら断れない。そういうわけでイルゼは王城へやって来る事になってしまった、というわけである。


 ただまぁ、ここへ来てから毎日のように家族から「穏便に! 出来たら壁の花になって! いやむしろ壁でいい!」という内容の手紙が届いている。

 まぁまぁ信用が無い。

 とは言えイルゼもそのつもりでいる。王太子にも王太子の婚約者にもまったく興味がないからだ。

 えらく顔が良いなとか、将来は王様やっていくのめちゃめちゃ大変なんだろうなとか、多少の同情心はあるがその程度だ。

 もっとも政略結婚に恋だの愛だのは必要ない。それに別にポミエ領は今のままで十分栄えているので、別に王族と縁づかなくても問題ない。


 そういうわけでイルゼは王太子の婚約者になる気はさらさらない。とりあえず嫌われない程度には関係を保とうと思うくらいだ。

 というわけで王太子へ積極的にアピールはしないし、交流も最低限の回数。

 それが功を成したのか、あちらからのお誘いもないので、恐らく興味は持たれていないはずだ。

 ただ、それでも気を遣われてはいるようで、交流する際は王太子は紳士的に対応してくれていた。その事にはイルゼも感謝している。

 そんなイルゼが王城に滞在している間につけられた護衛騎士が、目の前のフェルトというわけだ。


「ねぇねぇフェルト様。興味がないので知らないのですけれど、アロイス様って恋多き方なんですか?」

「イルゼ様はストレートに仰いますね。出会った時はもうちょっとこう、何とかしてませんでした?」

「フェルト様には今更では? あと回りくどく聞くと、本当に知りたい事から離れてしまう事ってありますもの」

「あ~ありますね、貴族がよくやる奴。ドジっ子と言う奴らしいですよ」

「それは何か違う気がしますが、貴族が急に可愛く見えるような……。いえ勘違いですね、見えませんね!」

「どっちですかね」


 フェルトはふは、と噴き出す。本当によく笑う人である。

 ただイルゼも、仏頂面より表情豊かな方が見ていて好きなので、フェルトのこういうところは好ましいと思っている。

 肩の力を抜いて話せる人が護衛につけてくれてありがたかったなとイルゼが思っていると、


「二人共、さすがに不敬になってしまうから、もうちょっと声をだね?」


 イルゼの後ろの、少し離れた場所からそう風に声を掛けられた。

 ひょいと顔だけ振り向けは、そこには体格の良いハンサムな男が立っていた。

 この国の騎士団長のルグランだ。

 彼はイルゼ達に向かって軽く片手を振ると、こちらへ歩いて来る。


「あらやだ、騎士団長様。不敬だなんてそんな、首が飛びそうな事……。……飛んでしまうと困りますけど、ルグラン団長は告げ口をなさるような方ではないでしょう?」

「ま、しませんね。何なら会話に加わりたかったので声をかけてみました」

「でっすよねぇ~! 団長、分かってる~!」

「フェルト、いつも言ってるけれど、お前はもうちょっと自制しなさいよ?」


 あっけらかんとした様子のフェルトに、ルグランはハア、とため息を吐いた。

 彼の言葉から察するに、フェルトは常日頃からこういう感じらしい。ルグランの声には苦労が感じられた。

 ただ、それでも王太子の婚約者候補の護衛に選ばれているのだ。こんなでもちゃんとはしているのだろう。

 ふむふむ、とイルゼが考えていると、ルグランはフェルトの隣の椅子に腰を下ろした。

 そんな彼にイルゼは慣れた手つきで彼の分の紅茶を淹れる。


「ありがとうございます、イルゼ嬢」

「いえいえ。紅茶を淹れるの好きなんですよ。これだけは唯一、家族から手放しで褒められます」

「あ~……確かに紅茶だけは大丈夫ですからとお手紙をいただいたな……」

「うちの家族、ルグラン団長にまでお手紙を送っているんです……?」


 胸を張って答えたら意外な事実を知ってしまった。やはりだいぶ信用が無い。

 うむむ、と思いながらイルゼは、テーブルの上にティーポットをそっと置いた。


「それならお分かりかと存じますが……ルグラン団長、私、まだ帰ってはだめなんですかね?」

「ええ。その件に関しては本当に申し訳ないとしか」

「はぁ……。婚約者を決定するまで残り二週間。期限ぎりぎりまで私達を拘束していなくてもよろしいのに」


 先ほどフェルトと話していたが、王太子アロイスの婚約者はメリル・スコットかミレイナ・クルーガーのどちらかで決まりだろう。

 ならばイルゼを含む他の婚約者は、そろそろ家に帰されても良いと思うのだが、その許可もまだ下りない。

 そんな不満を少しだけルグランに言えば、彼は困ったように眉を下げた。


「まぁ、色々と事情がありまして。こちらもお嬢様方の護衛に、頭と腕の良い奴を取られてしまっているので、期限を早めて欲しい気持ちはあるんですがね」

「ねぇねぇ聞きました、イルゼ様。僕、今、めちゃめちゃ褒められましたよ」

「聞きましたよ、フェルト様。頭と腕が良いのは大変素敵です。今度うちの領地で一緒にトレントボア狩りをしませんか?」

「やった、行きます。行きたいです。美味しいですよね、トレントボア」


 イルゼがそう誘うと、フェルトは嬉しそうにこくこく頷いた。

 ちなみにトレントボアというのは、身体から苔のようなものを生やした中型の魔物だ。姿は猪とよく似ている。

 雑食ではあるものの、農作物の方をより好んでおり、トレントボアに畑を荒らされる被害が各地で多発している。

 特にポミエ領では被害が多く、トレンドボアから畑を守るための対策の他、定期的に討伐隊が組まれていた。


 そうして討伐されたトレントボアの肉だが、もちろん食べられる。

 ちなみに『肉』と呼んでいるが、栄養素的には緑黄色野菜のそれという奇妙な性質を持っている。

 見た目も味も調理方法も肉なのに野菜という事で、罪悪感が少ないとわりと女性に人気だったりする。


「トレントボアはともかく、お二人の相性が良くて何よりですよ。……ま、お嬢様方の護衛は楽しいって評判が良いから、そこは良いんですけどねぇ」

「うふふ。フェルト様も皆様も、しっかり守ってくださって感謝しております」

「聞きました、団長。僕、イルゼ様にもめちゃめちゃ褒められましたよ」

「褒められたな。お前は本当にポジティブでありがたいよ」

「今のは褒めてないですね」

「何でそこはポジティブに受け取らないんだ」


 フェルトの言葉に、ルグランは再びため息を吐いた。


「ところでルグラン団長は何かご用事があっていらっしゃったのでは?」


 紅茶を一口飲んでから、ふと、イルゼはそう思ったので聞いてみた。

 何といってもルグランは騎士団長だ。イルゼやフェルトと違って暇――まぁフェルトの場合は仕事中だが――ではない。

 なので、こうして顔を出したのは何かしら用があったのだろうと考えたのだ。

 ルグランを見ると、彼はそのハンサムな顔でニヤッと笑って頷いた。


「イルゼ嬢は勘が良いですね。その通りです。お二人が暇そうだと聞いたので、少々お手伝いをお願い出来たらなと思いまして」

「いいですよ、暇ですし」


 二つ返事で了承すると、ルグランがとたんに不安そうな顔になる。

 彼はそのままイルゼからスッとフェルトへ視線を移し、


「……フェルト。イルゼ嬢は何か変な物を買わされたり、持たされたりしていないか?」

「大丈夫ですよ、団長。ご心配の通り、魔術師団長から変な卵を渡されそうになったので阻んでおきました」

「良くやった。あいつは後でシメておく」


 心底ほっとした顔でそう言われてしまった。

 どうしてそういう反応になるのだろうかとイルゼは目を瞬く。

 そうしているとルグランがぐん、と顔をこちらへ戻してくる。ちょっと目が怒っている。


「イルゼ嬢。良いですか、何でも二つ返事で請け負ってはいけません。世の中は善人ばかりではないのですから」

「大丈夫です。悪人だったら飛ばします」

「何を飛ばす気ですか」

「急所のどこか……」


 ぽっ、と顔を赤らめて、イルゼはそう答えた。ご令嬢の言う台詞じゃない。

 ルグランが若干引いた顔になった隣で、フェルトが「イルゼ様はいつもこんな感じですよ」と補足する。

 するとルグランは頭を抱えてしまった。


「ポミエ殿が手紙を送って来る理由がよく分かりました。ですが、まぁ………………悪人相手なら可です」

「団長、長考しましたね」

「ああ。だがまぁ、自分で自分の身を守れるのは何よりだと考える事にした」


 うん、とルグランは一度頷くと、表情を戻して「さて」と話を続けた。


「話を戻しますね。イルゼ嬢は王城の地下に、ちょっとした遺跡があるのをご存じですか?」

「遺跡? いえ、フェルト様はどうですか?」

「七不思議程度の話題でしたら」

「七不思議」

「ええ。王城には妖精が住んでいて、夜な夜な地下で茸を生やしているんだそうです」

「茸」

「美味しいらしいですよ」

「へぇ~」


 フェルトの話を聞きながら、イルゼは頭の中でその光景を想像する。

 可愛らしい妖精がぽこんと茸を生やす様子はなかなかファンシーだ。好ましい。

 うん、と頷いているとルグランが小さく笑った。


「まぁ、実際には妖精じゃなくて、その遺跡を利用して何代か前の王が、茸を始めとした色々な植物の研究をしていたってのが、本当の所なんですけどね」

「研究というと……もしかして薬学王のノーラン様ですか?」

「そうですそうです。イルゼ嬢、よくご存じですね」

「ノーラン様の研究結果は、ポミエ領でも大変助けられておりますから!」


 珍しく手放しで褒められたものだから、イルゼはご機嫌に胸を張った。

 薬学王ノーランとは先ほどルグランが言った通り、この国の何代か前の王だ。

 良政を敷いた賢王とも呼ばれ、特に医学や薬学、そして食事の研究に力を入れていた。

 そのおかげで、薬学王ノーランの代以降、この国の住む者達の平均寿命が延びたのだった。


「その遺跡がどうかしたのですか?」

「ええ。最近、困った物を飲み込んだ(・・・・・)ので。ちょっと妙な動きをするんですよね」

「飲み込む?」


 おや、とイルゼとフェルトは揃って首を傾げた。

 飲み込むとはまた妙な話だ。まるで生き物のような表現ではないか。

 怪訝そうにルグランを見ていると、彼はニヤッと笑って、


「ええ、その通りです。飲み込んだ。遺跡(アレ)は生きているんですよ。それじゃ二人共――ちょっと準備していただきましょうか?」


 なんて言った。


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