八十四話 入学試験:筆記
次回の投稿は、10/5を予定しております。
そろそろ、十一時半……。
依然として、室内はコソコソ話でざわついている状態だ。
俺はというと、聴力強化で盗み聞きしたり、目の強化でオーラを見たりと、いろいろと時間つぶしに力を注いでいる。
聞こえてくる話では、ほとんどが王都出身で、あっても近隣領まで。
あとは、色恋の話が多いな、さすが思春期……。
気になる話といえば、今年は、実技試験の内容がキツイものになるらしい。
なんでも、試験官に厳しくて有名な人を起用したとかなんとか。
試験官的な人が数人入ってきて、扉が閉められた。
いよいよ試験が始まるようだ。
「皆、静かにしてくれ。これより、王立スレイニアス学園の筆記試験を行う。事前の案内通り、王国歴史、計算、礼儀作法、思考問題の四種となる。また、スキル等の使用を含め、不正とみなされる行動を取ったものは、即刻退場してもらう。見つからない自信があるものは、挑んでもらって構わない。以上だ、質問は受け付けない」
ふむ、ウェノさんが調べてくれた情報通りでびっくりした、さすが執事。
スキルの使用は、感知する魔道具か、試験官のスキルなのか、発見にかなりの自信がありそうだ。
差し当たって、あの部屋の隅にある水晶のようなものが怪しい……。
同じものではないが、ああいう水晶みたいなものが、モーセスさんの店にもあったな。
宿では見かけないが、チェバーリエでも大きいのを見た気がする。
部位強化使用中の俺を、一瞬見たような気もするし……誤解されないように、解いておこう。
続々と試験の用紙が配られる。
試験直前の独特の緊張感、どの世界も、いつの時代も同じだな。
ふぅ……落ち着いて、問題を解こう。
◇◇
王国歴史、計算と二種類を消化し、お昼の休憩となった。
昼食は、学園内の食堂を開放してあるので、そこでテリアと同席して食べることに。
「イロハ、試験はどうだった?」
「まるで、終わったかのように言うね? まだ、筆記試験は半分残っているぞ。僕は、特に可も無く不可も無くってとこかな。そっちは?」
歴史は、言葉を間違えたところはあったかもしれないが、計算はおそらく満点だろう……三桁の足し算引き算では、さすがに間違えることはない。
「ウチは、計算を結構間違ったかも……」
あらら……予習を頑張っていたのにな。
「まあ、後半で挽回しなきゃな。ほら、食べて、食べて」
「うん……。合格できなかったら、ごめんね。せっかく友達になったのに」
いつ、友達になったんだ? とか、無粋なことは言わないが……余程、ミスが多かったんだろうな。
暗い表情だ……。
「済んでしまったものは、どうしようもない。次頑張ればいいさ。考えすぎるのも問題だぞ?」
「うん……。イロハは、なんでスレイニアス学園に入りたいの?」
いきなりだなぁ。
俺の場合は、言えない事情も多いし……まあ、専門校よりは普通校で、みたいな消去法ではあるが。
「ん? 特に無いな。強いて言えば、王都にあるから? 早く家を出たかったんだよ」
これも、嘘ではない。
「そんな理由でここに来ている子って、イロハだけだよ……。ウチは、騎士学校に行きたかった。でも、女だから普通校に行けって、お父さんが言うから……」
「そんなって言うなよ、あれだぞ、別に家が嫌ってことじゃないからな? 早く、独り立ちしたいってこと。それに、男女関係無く騎士になれると思うけど? 村には、女性で騎士学校を出ている人、結構いたぞ」
「そりゃあ、学校は行けるかもしれないけど……騎士になるには男の方が有利だって言われたもん!」
「体力や力的には、男性の方が上かも知れないが、騎士ってそれだけじゃないだろ? 女性には女性の良さってのがあるんじゃないの? 僕は男だから、知らんけど」
「女性の良さって何よ! 人が悩んでいるのに……」
すーぐカッとなるなコイツは。
「あー、テリア、そういうところだぞ? すぐ熱くなって捲し立てるところ、良くない。言いたいことがあるなら、全部聞いてからだ。それに、聞いてもらえるように言わないと、キャンキャン言われたら、頭に入ってこないって」
「あ、ごめん。つい……。イロハのそれ、友達に言われたことがある」
そっか、仲がいいなら忠告くらいしてくれるか、良い友達を持っているな。
「いいよ。テリア、いいことを教えよう。カッとなった時、一回口を閉じて、鼻から大きく息を吸って、口からゆっくりと吐く。一回で落ち着かなければもう一回、これで少しは楽になる」
「ふーん、イロハもカッとなるんだ……ププッ」
「何笑ってんだよ、誰でもカッとなるだろうよ。でも、先にカッとなった方が不利になりやすい。だから、冷静でいたほうがいいよ」
「分かった。今度試してみる、ありがと」
満面の笑みだな、可愛いところもあるもんだ。
「さ、片付けて戻ろう!」
「おー!」
◇◇
筆記試験の後半が終わった。
自己採点を辛めにつけたとして、王国歴史九割、計算満点、礼儀作法七割ってところで、十分に健闘したと言える状況なのだが……。
思考問題について、これがまた何と言ってよいのやら。
評価の想像がまったくできない。
今まで、少なくない試験を受けてきた俺にとって、こんなにも自信がないことは初めてだ。
ま、なるようになるだろう。
帰り支度をしていると、しょぼくれたテリアが、やっと話しかけてきた。
表情が暗くて話しかけ辛い空気だから黙っていたんだけど……。
「……ねえ、イロハ、どうだった?」
空気重いなあ……。
「まあ、思考問題が自信無いな。他は、問題無いかな?」
「えっ? そんなに良かったの?」
「うーん、良かったかは分かんない。他の人がどのくらい出来たか知らないからね。テリア……?」
なんか、ボーッとしているけど、大丈夫か?
「あ……ウチは、だめかもしれない。どれも自信が無い……」
「自己採点は、やってみたのか?」
「出来ない……。焦って、緊張して、問題を半分も覚えていない……」
試験が終わったら、自己採点用に問題を書き出したりしないのか?
「なるほどね。じゃ、問題を聞いたら、どう答えたかは分かるかな?」
「たぶん……。でも、問題は回収されて、もう見られないって……」
「ほら、これどーぞ。計算問題以外は、だいたい書き出したぞ? 字が汚いのは勘弁な」
「……! どうして……まさか、全部覚えたの?」
口に手を当てて驚いている様子だが、全部ではないにしろ、皆やってんじゃ……あっ!
そうだ、十歳だった……小学四年生くらいではやらないか。
「覚えたというか、時間が余ったからね。自己採点して、どのくらい取れていたか見てみるといい」
点数によっては、明日の実技試験を相当頑張らないとな。
「うん、やってみる。一緒にやろ?」
「えー! 僕は、もう終わったんだけど……」
「固いこと言わない! ほら、行くよ」
「んー、しょうがないなぁ」
◇◇
テリアに促されるまま、アフターケアをする流れに……。
場所が無いってことで、自分の宿であるトクトク亭を紹介したところ、なんと、テリアも同じ宿だったことが判明した。
宿で出会わなかったのは、今日から宿泊だったということらしい。
道理で、宿泊は満員状態と言うくせにあんまり人と会わないわけだ。
近隣からの来訪の場合は、試験日に泊まるのが一般的で、俺の場合はイレギュラーだってことやね。
テリアが宿泊の手続きをしている間、自分の部屋へ戻って待っていると、まもなく扉が開いた。
「イロハ、いるー?」
相変わらず、ノックはしないんだな。
思えば、この世界に来てすぐの頃、ラミィさんのいる開拓団の執務室をノックした時、すごく不機嫌で警戒された覚えがあるが……あれは、そういう文化が無いからなのか。
だいたい、外から声かけか、開けると同時に話しかけるというのが、普通なんだよな……こっちでは。
「いきなり入ってくると、びっくりするって!」
「あー、ごめんごめん」
「それで、手続きは終わった?」
「うん。早速、ウチの自己採点をやろう!」
自分でやれと……。
他人の答えなんか分からん、俺がいる意味あるか?
「やろうって、テリアの答えだろ? 僕は、見守るくらいしか……」
「イロハは、正解を教えて!」
あーね、正解か、確かに答え合わせにはいるか。
「うーん、まあ分かったよ」
「じゃ、一問目からいくよー!」
元気の良い自己採点のスタートを切った。
◇◇
計算問題と思考問題以外の自己採点を終えたんだが……あんなに元気の良かったテリアは、俺の目の前で机に伏している。
結果は、散々だったらしい。
王国歴史六割、礼儀作法五割……計算問題次第では、総合得点で半分もいかない可能性があるようだ。
「テリア……もう、終わったことだ。後悔は、全部終わってからにしよう。まだ、実技試験があるじゃないか、ここで挽回すれば望みはある」
「……そうね。それしかないよね」
「あれだけ勉強したテリアが点数取れないなら、例年より難しいと言う場合もあるぞ?」
「そ、そうよね? 確かに、そうだわ。ねえ、イロハは難しく感じた?」
……正直、簡単だった。
でも、十歳くらいで言えば、難しい方じゃないかな?
「む、難しかったかな?」
「……本当に?」
疑いマックスの眼差し……。
「…………簡単だった」
ガクッとまた、机に伏してしまった。
「あーもーだーめーだー」
テリアがおかしくなってしまった。
仕方がないな、少し嫌味な言い方になるけど……。
「ちょっと、テリア! 僕はさ、すごく賢いんだよ。村でも大人から言われていたんだぞ? だから、僕の意見は参考にならないって」
「……なにそれ? 嫌味? 自慢?」
拗ねた……。
「いや、そうじゃなくて……。あ! そうだ! この宿って試験を受ける人が泊まっているよね? よし、食堂に行って聞き取り調査をやろう!」
「……なんで? どうせ、ウチなんか……」
そして、拗らせた……。
「まだ、分かんないって! ほら、行くぞ!」
「もう……いいって。イロハが優秀で、ウチが落ちこぼれ。騎士にもなれないし、学園にも入れない……うぅ」
とうとう、卑屈になってしまった……。
たった三言で、よくもまあこんなになれるもんだ。
ここで、柏手を一発!
パンッ!
「はいっ! そこまで。ウジウジしないっ! 試験が半分終わっただけで何言ってんの? 今日、上手くいかなかった奴が何人いると思ってんの? 試験、舐めてんの? そいつらは、明日の実技に勝負をかけてくるぞ?」
「……えっ?」
「えっ? じゃないよ。ウジウジするなら結果が出てからにしな。ダメだった時は、反省会にでも付き合ってやるさ」
「……うん。イロハ、ありがと」
「で、どうするの? 聞きに行くの? 行かないの?」
「行く。自分の現状を知っておかなきゃ……」
ふぅ……手のかかる娘だ。
「じゃ、早速行こうか。テリアの気が変わらないうちにな?」
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