五十七話 夜話
毎日一話を投稿しています。
ノックね、村でも思ったけど、そういう文化は無さそうなんだよな。
ちょっと警戒しないと……。
「イロハ、いるー?」
突然、扉の向こうから声が聞こえてきた。
この声は……ラムか。
「いるよ、どーぞ」
扉が開くと、ラムが入ってきた。
「やっと、来てくれたんだね。ようこそ、ウエンズのランラン亭へ」
ラムは、さっと姿勢を整えてから、両手を広げてようこそポーズをとった。
「ラムのお陰で、泊まることができて助かった。ありがとう」
こちらも、ちゃんと礼を尽くさなければと、座っていたベッドから立ち上がって、角度三十度の礼で返す。
もちろん、ファストイン、スローアウトで……そこは手を抜かない。
「ほんとよ、昨日はウエンズポートまで見に行ったけど、着いていないって言われるし。今日は、手伝いで忙しくてやっと終わったし……」
ラムは、さっきまでの他人行儀はなんだったのかと思うほど砕けた感じで、俺の隣へ座った……ここ、俺のベッドなんですけど。
「ごめんね、僕じゃいつ着くとか分からないんだ。行程は、護衛の人が決めるから」
「いいの。ちゃんと来てくれたし。それで、いつまでいるの?」
「うーん、たぶん明日には出発すると思う」
「えー! そんなぁ……」
ハの字眉で、見るからにがっかり感が出てる。
嬉しいけど、申し訳ないな。
「でも、明日は朝から買い出しに行こうかと思っているよ」
「じゃあ、私が案内する! いいよね?」
ハの字眉からの、にっこり眉、実に表情豊かだ。
「うん。でも、ミネさんも付き添いで来るんだけど……領内視察があるので、大人がいないとダメだって」
「ミネさんって、お姉さんのこと?」
ミネさんは、姉さんというより姉御って感じがするなあ。
「たぶん、そうだと思う。ラムが帰りの客車で一緒だった人ね」
「わかった。じゃ三人で回ろうよ!」
ま、いいか。
後でミネさんに言っとこう。
「うん! 案内は、お願いするね」
「何か買いたいものとかある?」
「うん。色んな種類の香辛料を買いたいんだ」
「香辛料かぁ。だったら朝市がいいね。王都より安いって言われていて、種類も豊富よ」
朝市は、野菜ばっかり売っているイメージだったけど、ここは香辛料もあるのか。
後は、投擲用に武器がほしいところだな。
「いいねー! できるだけたくさん欲しい。それに、投げる用の武器とかも欲しい」
「武器? 武器はあんまり知らないんだ。イロハは戦ったりするの?」
「うーん、基本は戦わないかな。いざという時のために、準備をする感じ?」
「そっか。気をつけてね……」
「王都までは、強力な護衛がついているから大丈夫だよ」
「そうだったね。あの、イロハ、まだ話せる?」
「ん、どういう事? 明日の買い出しのこと?」
「……もう。今だよ、まだ寝なくていいのかって聞いているの!」
うっ、もっとはっきり言ってくれないと分からんって。
「ああ、それなら大丈夫。客車でしっかり寝たから」
「あのね……ちょっと聞いてほしい事があるの」
急に真剣な顔で聞いてくるなあ……。
「なんだろう。僕で良ければ聞くよ」
「イロハは、夢って覚えてる?」
「夢かぁ、ほとんど覚えてないけど、たまに覚えていることもある、かな?」
「えーと、あの、うまく言えないんだけど……夢が、いや違う……難しいな……」
んー、これは、スピリチュアル的な感じかな?
まさか、霊感商法……なわけないか。
「大丈夫? 無理しない方がいいよ。なにか難しいことを言おうとしてるんだよね?」
「うん。ちょっと違うけど、それでもいい?」
違うも何も、まだ何も聞いていないから、何も始まっていない。
「いいよ。ちゃんと聞くから」
「あのね、私……夢で、どこかの違う人をやっていたの……わかる?」
「夢? そんなの、なんでもありとかじゃないの?」
「そうだよね。でも、その、えーと、自分じゃないけど、自分……みたいな?」
ラムは、変身願望でもあるのかな?
それとも、別人格がある二重人格者とか?
「うーん、変身した、とか?」
「そう、それっ! 変身が近いかも。ウエンズとは全く違うところで」
「ふむ。じゃあ、ラムとは違う人を、夢の中で体験したと。面白いね」
「そう……でも、たまにどっちが自分か、分からなくなるの」
夢と現実の区別がつかなくなるっていう病気があったな。
ちゃんと、夢は夢として普通は流してしまうはずなんだけど。
うーん、何と言えばよいか……。
「なるほどね。僕も、そこまで詳しい訳じゃないけど、夢の中では、それが現実と考えてしまうらしいよ。だから、起きた時に覚えていたら、どっちが本当? みたいになってしまう……と本で読んだことあがる」
「それは……あるかも。イロハって、こんな変な話を信じてくれるの?」
「信じるも何も、ラムが言ったじゃん」
あまり、真剣に考えすぎないようにしとかないと、良くない気がする。
「……ありがと」
「あんまり気にしてもしょうがないよ。特に変わったこととか無いでしょ?」
「うん。学校みたいな所で勉強したり、お話したりしてた。その時は、大人になってる」
「大人で学校? いろいろと複雑だね。でも、学校に行ったこと無いのに、よく分かったね」
「うん。その夢の自分が、学校に行くって言ったから」
なんか、かなり具体的に覚えているようだ。
もしかして、本当に体験しているとか……無いよな?
「かなり詳しく覚えているんだね。もしかしたら、何か意味があるかもしれない……」
「親や友達にも言ったけど、あんまり信じてくれなかった。ちゃんと聞いてくれたのは、イロハだけよ、ありがとう」
「ふむ……」
……そうだな、スキルって線もありそうだ。
でも、別人か。
他人の生活を体験する、それを夢で実現し疑似体験する、こんな感じならいけるか?
でも、対象条件はなんだ?
ランダムってこともないだろうし、特定の人のみの体験?
なぜ大人なのか、学校というワードも意味があるのか。
待てよ……そうだ! あれを確認してみるか。
「どうしたの? さっきから黙り込んで……」
「ラム、きしょ……」
「え……なんで急に? 夢の話が?」
「いや、きしょって意味、分かる?」
「気持ち悪いとか、そんな感じだと思う……」
「なんで、そんな言葉を知っているの? まさか、夢?」
「なんで分かったの? 夢の自分が、会話で使っていたから、なんとなく知ってた」
「そうか……」
ウェノさんは知らなかった。
たぶん、誰も使っていないからだと思う。
でも、ラムは知っていた、意味まで。
そして、俺も知っている……若い社員の陰口を、たまたま聞いたことがあるからな。
……マジか。
ラムの疑似体験先は、恐らく…………日本人だ、それも若者。
考えないようにしていたが、もしかしたら俺と同じような存在が、この世界にいるかもしれないということ。
ラムは、その人の疑似体験をしている可能性がある。
「ねえ、どうしたの? 怖い顔して……」
「あ、ああ。いやね、その、ラムの話は、あまり人に話さない方が良さそうな気がして……」
言い辛いな。
止めてどうする、俺が困るからか?
俺は、日本にいた記憶のことを人に話すつもりはない、今のところ。
それこそ、同じ存在がいたら話す可能性もあるが、それは目的を達成するためなどのメリットがあるからであって……。
「それは、大丈夫だよ。一応ね、自分が知らない言葉とかは使わないように気をつけてる。でも、この前イロハには映画みたいって言っちゃって……だから、話したかったの」
あー!
確かに言った。
その時は、普通にそう思って聞き流していた。
ラムは、話してしまった後悔よりも、疑問に思わない俺に違和感があったというわけか。
「ラム、その夢の話だけど、もしかしたら……」
「えっ? なにか分かったの? ね、ね」
ラムは、そう言いながら、グイグイ近づいて顔を寄せてくる……。
「ちょ、落ち着けって。分かったわけじゃないけど、もしかしたらスキルとかじゃないかな? と思って」
「あー、スキルかぁ。たぶん、違うと思う」
期待のクリクリおめめが、残念がっかりさんへと急速に変貌を遂げた……。
「え? なんで分かるの?」
「私だって、スキルを疑ったこともあるよ。でも、私のスキルって未解明スキルだから、使えないの」
「未解明スキル? 聞いたことが無いな、よく分からないスキルってことだよね?」
「うん。使おうと思っても何も起こらないの。特性とスキルの相違だとかが原因だって。たまにそういう人もいるって聞いたよ?」
何かがおかしいな。
特性とは、そもそもコアの性格のようなもののはずで、自分を形容した言葉になる。
そこからスキルが生まれるわけだから、関連性が無いなど本来はあり得ないはず……なんだけど。
ましてや、そのスキルが使えないとか。
ふーん未解明スキルね。
「特性とスキルの関係性って、そういうことにはならないと思うんだけどなぁ……」
「でも、本当に使えないから新しいスキルを覚えるまではしょうがないよ」
自分の特性とスキルは、他者がどうこうできるものじゃない。
何かあるはず。
分からないから、未解明だとか、相違だとかで他者が適当に結論づけただけだろう。
「ラム。これは、僕が考えていることだと思って聞いてくれる?」
「う、うん。どうしたの? 突然……」
「たぶん、ラムのスキルは使えるはずだ」
「えっ? 使えないよ?」
「使えないではなく、正しくは、使えていないだな」
「同じじゃない? それって」
「大きく違う。ラムは、そのスキルの使い方が分かっていないんだ」
「……」
「さっきも言ったけど、僕の考えだから、がっかりさせるかもしれない」
「……うん」
「もしかしたら、使えているけど効果を認識していないことだってある」
レジーの時はこのケースだったな。
瞑想で得られる効果を検証するには、かなりの時間がかかったし。
「……うん」
「そこで、確認したい。ラム、特性かスキルに、意味がわからない言葉があるんじゃないか?」
「……そう、かも」
「僕は、スキルで悩んでいる人を知っているし、なんとかなったこともある」
「そ、そうなの?」
「その子は、発動しているか? 効果は何なのか? が分からない子だったよ」
「……」
「だから、諦めずに少しずつ前に進めばいいと思う。本当は、手伝いたいけど、時間がないからなぁ……」
「……なんか、やる気出てきた! イロハ、手伝って!」
「いや、時間が……」
「ショット。これが私のスキル」
なんで簡単に言うかな……。
ショット……古代語ねぇ。
ほにゃほにゃショットなら分かりそうだが、単体でショットか。
「わかったよ。ちょっと考えてみる……」
思いつくところで言えば、ピンポイントショット、ナイスショット、ワンショットなど。
まさか、銃?
存在しない武器だから使えないとか。
この世界にあるのか? 銃って。
後は、ゴルフとか写真とかだし……。
特性次第で判明しそうだけど、あまり聞くのは良くないと言うし。
「分かりそう? ショットは、弓を使う人にいるらしいの、なんとかショットって言うらしいけど」
「ああ、弓か。でも、単体だと意味も広いから、特性に関連性があるんじゃないかな?」
「じゃあ、特性も聞いてほしい。実は、こっちの方が意味不明なんだよ」
……こうなるよね。
俺が出会ったこの世界の女の子は、積極的だなぁ。
「特性は、あまり人に話す事じゃないと言われなかったのか?」
「内緒だよ。でも、どうしてもスキルを使いたいの。使えるって言ったのイロハだけだから」
うーむ……本人が了承しているし、いいか。
乗りかかった船だ、未解明の解明にチャレンジだ!
「わかった。約束する。さ、来い!」
「……躍動的な旋回の庭球手。これが私の特性。ね、意味が分からないでしょ?」
やくどうてきなせんかいのていきゅうしゅ?
躍動的しか分からん。
「せんかいは、回るやつ? 一、十、百、千の千回? ていきゅうしゅはどんな字?」
「回るやつでいいと思う……難しい字に回る。庭球手は、お庭に球の手」
身振り手振りで教えてくれた。
結果、ラムの特性は『躍動的な旋回の庭球手』となる。
……なんか、特性ですぐ分かったかも。
これは、慎重に言葉を選ばないとマズイな。
「ありがとう、信用してくれて。おかげで、ラムはスキルを使えるかもしれないぞ?」
「ほんとにー!」
「そこで、約束な。僕がラムの特性を誰にも言わない代わりに、教えたという事も言わないで、誰であろうとも。いい?」
「わかった。約束する! でも、もしスキルが使えたらなんて言えばいい?」
「いろいろ試していたら、たまたまできた。これでいいよ」
「うん。そういう事にする。で、どうやるの? ね、ね」
またそうやって、顔をグイグイと……。
目がクリクリしていて、瞳が奇麗だな……って、そうじゃない。
「まあ、落ち着け。スキルのショットなんだけど、たぶん専用の武器みたいなものと、丸い石ころとかを用意しないといけない」
「武器? ショットは戦闘用のスキルなの?」
「それは分からん。使い方次第じゃないの?」
「じゃあ、明日しかないか……残念」
「楽しみは後に取っておこうよ。今日はもうそろそろ寝よう。明日は朝市にも行かなきゃいけないし」
「……うん。もっと話したかったけど、今日は我慢する。じゃあ、また明日ね、イロハ」
そう言って、ラムは名残惜しそうに扉を閉めて出て行った。
今日は、ラムと話して新たな不安要素が出てきたり、また特性を聞いてしまったり……もう、お腹いっぱいだ。
まだ、考えることを整理したいところだけど、明日に備えて寝ることにしよう。
【移動経路】
ゴサイ村⇒ネイブ⇒ウエンズ領ベガ⇒ウエンズ領フレズ⇒ウエンズ
次の経由地:ウエンズ領ウインマーク
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