百十八話 ドアノブに…
不定期更新です。
◇◆◇◆十二の月五週一日◇◆◇◆
クリニア商会との会談から、約ひと月が経った。
父さんは、闇商会の件が片付くと、団の仕事があるからと言って帰っていった。
ウェノさんは、あれからたまに遊びに来るようになったんだけど、なんか……ご飯食べて飲むだけのような気がしている。
ウェノさんなりに、見守ってくれているんだろう。
お陰で、酒のつまみ作りが得意になってきた。
ここひと月は、平穏な毎日を過ごせているので、一人暮らしを満喫中……。
もうすぐ、学園が始まる。
えっと、今が五週で、年一回の謎の一週間があるから……あと二週間か。
水神の安息……だったっけ?
村では、ただの休日という感じだったけど、王都では何かあるのかな?
街中を見ていても、クリスマスだとか年末みたいに賑わっている感じはしない。
まあ、日本じゃないし、そういう文化は無いんだろうね。
年末になると、おもちとか食べたくなるよなー。
お米関係をまったく見ないから、存在していないかもしれん。
他の国にはあるのかな?
さて、日課のランニングを終えたので、朝食でも作るか。
ん? 今、家の前に誰かいたような……気のせい?
まあ、いたところで鍵かけているから中には入られないだろうし。
今日は、何を作ろうか。
痛っ! なんだこれは……ドアノブの内側に短い針のようなものがあって、指に刺さったようだ。
俺のお手製のレバータイプドアノブに、誰がこんな陰険ないたずらを?
くそー! 地味に痛いじゃないか!
丁寧に三本のトゲが前からは見えないようになっている……初見殺しとは、嫌なことをするもんだ。
布で包んで証拠品として押収だ!
念の為、鍵を掛けておこう。
さて、気を取り直して……あ…………。
うぅ……気持ち悪い………………。
まさ……か……!
さっきのって……毒のトラップか?
ヤバい……吐き気が…………めまいが……。
バタッ!
全身から力が抜けていく……起き上がれないや…………はぁ……油断した。
やっぱり……さっき、誰かがいたんだ。
あ……鍵をかけてしまった……助けが入って……来られないじゃん……。
父さん……ウェノさん…………。
◇◇
……あれから、入ってすぐのところで倒れたまま、どれくらいの時間が経ったのか。
動けないまま、嘔吐を繰り返している……空腹だから、出るものは無いけど、涙と鼻水がドバドバと。
うぅ……苦しい。
俺、毒で死ぬのかな……いやだなぁ。
せっかく、この世界に慣れてきて、これからだって時に……。
あぁ……だんだんお腹の痛みが感じられなくなってきた……麻痺したのかな。
毒で死ぬって、こんな感じなのか……ホワンと全身が熱を帯びてくる。
うぅ……すごい汗が出てきた。
……。
…………。
……あれ?
おかしいぞ?
今は苦しくないし、吐き気もない。
意識も失わない。
……助かったのか?
ん?
もう、体も動く……どうなってんだ?
毒じゃ……なかった?
いや、確かに体に異変があった。
とりあえず、起き上がるか。
汗びっしょり…………ベトベトする。
いや、そんなことより汗を流して着替えよう。
さっぱりしたはいいが、さっきのは何だったんだろう。
ドアノブの毒トラップにやられた。
毒で苦しんだ。
……治った?
毒を排出?
毒じゃなかった?
いや、アレは毒だった。
中毒みたいな症状だったし、食中毒の時より苦しかった。
つまり、解毒した……ということか。
どうなってんだ? 俺の身体。
もしかして……アレでは?
急いで確認しないと!
◇◇
取り出したるは、コアプレート。
おっ! やはり思った通り光ったぞ?
コア:強化
ゲンボク■□□□
スキル:真強化
身体強化(真)●
部位強化(真)○
無生物強化(真)
スキル:真活性
細胞活性(真)
消化活性(真)
スキル:真付与
無生物付与(真)○
生物付与(真)
……。
やっぱ、毒だったんだ。
くそっ! 誰がこんなこと。
おかけで消化が活性されてしまっとるやないかい!
ありがたいスキルではあるが、親和性を上げるのは、苦痛を伴いそうだ。
活性系は、内外傷を修復するようなスキルなんだな。
スキルが生まれる瞬間というのは、何とも言えない高揚感がある。
一つの技のコツが分かった……的な。
となると、次はなんだろうかと。
外傷、内傷……後は、心身症とか?
あの、大量の汗は……? 体外へ排出した、みたいな?
そうなると、自分で発動したわけではないから、自動発動……いわゆるパッシブスキルってことになる。
ありがたやー、すごいスキルがあるもんだ。
食中毒とかも大丈夫そうじゃないかな?
消化か……毒を消化? 排出?
食中毒は菌だから消化?
よくよく考えてみると、自身の消化機能が活性化されるわけだから……汗として排出は、なんか違う気がする。
うーん、ちゃんと検証したいけど、毒を食らうわけにもいかないし。
あー、汗かいたから喉が乾いた。
あと、おしっこ。
うぎゃー!
おしっこが……黒ずんでいる!
体がおかしくなっちゃったのか?
毒を受け、尿が変色……落ち着け、俺の消化器官が仕事をしたというだけだ。
むしろ、誰がこんなことを……。
闇商会の件は、片が付いたはず。
その他に、狙われる要素……それも殺されるレベルで、あるかな?
……待てよ。
殺して得する者なんていないのでは?
じゃ、これは警告……とか?
何の? って話になる。
怨恨?
うーむ……そんなことしたかなぁ。
そうだ!
もし、警告なら俺の様子を窺うはず。
体の調子を聞いてきたり、悩んでいることはないか……みたいな。
殺す気なら、成功したかを確認するはず。
犯人は、現場に戻るって言うもんな。
ということは、ここで静かに死んだふりでもしたらいいのか?
ガチャガチャ!
早速ドアノブをガチャガチャしている奴がいる……ノックではなく。
ガチャガチャ!
「おいっ! ウンべ! 開かねーぞ!」
「いや、そんなはずは……」
外の会話が丸聞こえだ。
「ちゃんと、麻痺毒使ったんだよな?」
麻痺毒……?
「もちろん! そこの針は、もう付いていないでしょう? しっかりと刺さったはずです」
……!
コイツらだ。
「麻痺した奴が、何で鍵をかけられるんだ?」
「それは……何でですかね?」
「奴が麻痺した後、さらう予定が狂ったじゃないか!」
予定……だと?
麻痺させて、さらうつもりだったのか。
「でも、キライディさんは、絶対に手を出すなって言いませんでした?」
キライディだと!
あんなに、真摯に対応していたのに……演技だったとは。
「これは、アニキの足を折った報復だ! 皆が許しても、俺は許さねぇ……それなのに……」
折ったのは、僕じゃないです……。
「ドボルグさん、さらって、どうするつもりなんで?」
「そりゃあ、謝らせる。足も折ってやる! あんなアニキ……初めて見たんだ。許せるわけがねえ」
「でも、うちの御客証を持ってるって……」
「見たさ。でもな、本物かは分かんねえ。そんな物、俺は信じねえ! いいから、扉をこじ開けるぞ!」
「大丈夫かなぁ……」
あぁ……だいたい分かった。
これは、単なるドボルグとウンべと言う部下の暴走か。
アニキと慕うキライディさんが、ボコボコにやられた。
それを見たドボルグは、報復を提案……キライディさんは、手を出すなと周知する。
ゲンボクさんが、秘密裏に僕たちと出会う。
いろいろあって、和解……流れで御客証をもらい、客人となる。
納得ができないドボルグは、周りの意見も聞かず暴走……やっちまった状態。
俺は、不幸中の幸いで消化活性をゲット。
……でも、あんだけ苦しんだんだ、こっちこそただじゃおかないよ?
ドボルグとウンべだったな。
必ず、どっちかは同じ苦しみを味わってもらおう。
扉をこじ開ける気みたいだから、麻痺した状態として、うつ伏せになっておこう。
何かあった時のために、ウェノさん宛に手紙を書いておく。
えー「キライディさんの部下に捕まった。麻痺毒にやられた」これでよし。
ウェノさん用のお酒の上にでも置いておこう。
さて、お迎えの準備を……。
まずは、すぐに壊れないように蝶番、扉、鍵……まあ、それぞれ全部に強化付与。
僕が倒れていたら、連れて行こうと考えるはず。
では、頭にフライパン型の鍋を被っていたらどうだろうか。
間違いなくどかすはずだ……取っ手を持ってね。
日曜大工で揃えた謎の接着剤でトゲを内側に固定、三本しっかりと刺さってもらわねば。
違和感の無いように、調理道具も散乱させておく。
強化解除。
ガチャ、ゴンゴン、ドンドンッ!
ゴトッ!
あーあ、扉壊しやがって……ちゃんと弁償してもらうからな!
「小僧はどこだ……いたぞ!」
「ちゃんと効いてますね? 麻痺するまで、暴れたようですよ?」
そのように見せかけているだけだよ。
「そうだな、効き目が出るまで腹痛が凄いからな。まあ、ガキのくせに出しゃばるからだ」
腹痛は、デフォルトかよ。
とんでもない痛さだったぞ? お前も思い知るがいい。
「コイツ、鍋を被ってますぜ! ブハハッ」
今のうちに笑うがいいさ。
自分でも、滑稽な状態と分かってやっている。
「よし、運ぶぞ。なんで鍋なんか被ってんだよ! 邪魔だ、顔はちゃんと確認しないとな。こんなもの……イテッ!」
かかった!
フフフ……作戦は成功だ。
「どうかしましたかー? ドボルグさん」
「いや、なんか鍋の柄の部分が刺さって、指を切ったじゃねーか! おまえがサボっているからだぞ?」
「分かりましたよ。やればいいんでしょ? この散らばったやつはどうしますか?」
「適当にその辺へ寄せておけ。俺たちは強盗じゃねーんだ」
強盗よりたちが悪いと思いますが……?
「へいへい。よいしょっと……ん? これか? 鍋って。これもあっちへ……イテテ! 痛いなぁ、もう……あ! あぁ!」
おおー!
一個のトラップで二人が連れた!
プププ……こりゃ笑いが止まらんな。
「なんだ? どうした」
「これ! トゲです!」
「うっ……なんか腹が痛くなってきた……」
「これ、自分が用意したトゲです! 麻痺毒の……うっ」
「な……なんだ……と?」
「もしか……して……はめられたの……では?」
「うぐっ……苦しい…………」
バタッ!
「あぁ……」
ドタッ!
シーン……
さて、起きようかね。
よっこらしょっと!
見事に二人とも倒れている。
意識はあるものの、何もできないというかわいそうな状態。
しかし……こうも見事に引っかかるもんかね。
間抜けとしか言いようがない。
あーあ、扉はぶっ壊れてるし……ろくでもない奴らだな。
ここは、客人たる俺がきっちりチクってあげよう。
……あれ?
そう言えば、どうやって会えばいいんだ? ゲンボクさんに。
ひとまず、この二人はミネさんからもらった頑丈な紐で縛っておこう。
そうそう、ウェノさんへの手紙も忘れずに回収しておかないとね。
やっぱ、キライディさん経由で伝えるしか無いか……顔を合わせ辛いなぁ。
◇◇
事態の収拾に、冒険者協会でキライディさんへ連絡を取り、二人を引き取ってもらった。
その際「ゲンボク会の客人に迷惑をかけて申し訳ない……部下の教育が足りなかったようだ。詫び料として、五十万ソラスを送金しておく」だって。
扉の修理は、せいぜい十万ソラスくらいじゃなかろうか。
慰謝料の意味合いが強いのかもしれん……だって、それなりに痛かったもん。
一応、ゲンボクさんへの口止め料もって事なんだけど……「君も麻痺毒を受けたのに、何で平気なんだ?」と、不思議がっていた。
ちなみに二人は、まだ歩けないくらいに効いていた模様。
ゲンボクさんへ伝える手段も無いし、了承した。
主犯のドボルグって、あの時キライディさんを支えていた赤オーラの奴だった。
オーラウソツカナイ。
それにしても、麻痺毒って強力だな……。
読んでいただきありがとうございます。
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