百十七話 二人の用心棒
不定期投稿です。
◇◆◇◆十一の月四週一日◇◆◇◆
父さんが王都に来て一週間が経過。
昨日も今日も、ウェノさんと出かけている……ブルさん達を誘って飲み会だろうね。
キライディさんとの約束の日も、今日あたりじゃなかったかな?
もう、すっかり忘れちゃっている感じ。
ビスローブ商会も鳴りを潜めているし、他の商会のちょっかいも無い。
もしかして、クリニア商会がなんかやったのかな?
ここしばらく、目まぐるしい展開に追われ忙しない毎日だったが、ようやく落ち着きそうだ。
時間ができたらやろうと思っていたことがある。
検証……。
日本と比べたら非常に不便なこの世界、せっかく授かった不思議な能力。
生活向上のために何かできないかと常々考えていた。
強化するとは、さらに強くすること……まあ、身体能力とかがそれでしょ。
つまり、ベースの底上げ。
スキルは、基本的に自身もしくは使用物と繋がった状態で効果をもたらすのが常識。
それが、なぜか俺には物や他者にも効果がある……。
身体強化は、身体機能を向上させ様々な効果があるにも関わらず、物は硬くなるだけ……。
物には、それぞれ性質があるはずなんだ。
これまで、硬くしようと意識したからだとは思うけど……例えば、弾力がある物はより弾力性を上げられるのではないだろうか。
この前、コアプレートを確認した時、使用頻度の割には、無生物強化の親和性に変化が無い。
もしかして、ちゃんと使えていないのでは? と疑問に思った。
硬化じゃなく強化なんだから。
複雑な物や仕組みが理解できていない物に強化をしても、恐らく何も起こらない。
そこで、ここに持ってきた、昔父さんからもらった短剣。
手入れは特にしていないため、いわゆるなまくらだ。
この短剣の硬さを強化すれば、刃こぼれしにくくなるだろう、金属だから。
でも、切るという性能……なんかを強化したらどうだろうか?
なまくらだから、限界はあるだろうが、効果はあると見ている。
丸太をセット。
普通に切りつける……表面にわずかな傷ができた。
短剣の切りつける性能を強化!
付与は時間が延びるだけなので、省略する。
普通に切りつける……すごい!
丸太が真っ二つになるほどではないが、明らかに深い傷がついたぞ!
そこまで鋭くない刃、不思議だ。
よし、これからは、物の性質や性能にも着目しよう。
工夫次第では、あんなことやこんなことまでできちゃうかもしれん。
◇◇
試験後の三か月は、何かと忙しく過ごした。
入学まで残すところ約一か月。
クリニア商会との会談も上手くいったし、会うべき人たちにも会った。
ポルタとロディはまたの機会になってしまったが。
いつか、王都にいるゴサイ村のメンバーで会えたらいいな。
あっ!
もしかして、早くも家賃無料コースをゲットしたんじゃないか?
確か……開拓団への紹介者役で八万ソラスにディスカウント、クリニア商会の参入が決まれば、家賃は無償という成功報酬をもらう約束だったはず。
八万の十二か月が六年間……五百七十六万ソラスのコストダウン。
どえらい儲けだ。
上手くやりくりすれば、卒業と同時に安い時計なら買えるかもしれん。
うーん、生活用魔道具も捨てがたい……。
誰が、どうやって作っているのかな?
冷蔵庫が無いから、自炊していると毎日買い出しが必要になってくる。
というわけで、買い出しにでも行くか。
行きつけの食材屋さんを数軒はしごしながら、しばしお買い物タイムを堪能。
照り焼き食べてぇー! 醤油とミリンが欲しいなぁ……。
家へ戻ると……入り口付近に人影が。
あの黄色い髪で足を引きずっているのは、キライディさんか。
肩を貸している人と二人で来たみたい……律儀にやって来たんだね。
父さんたちはいないというのに。
しかし、このまま単独で会うのは危険すぎる。
ここは、引き返すか。
いい加減、俺も学んだのだ……。
もしかしたら、報復の目も十分に考えられる。
その前に、オーラチェック……あれ? おかしいな、キライディさんは、黄色なのに横に付いている人が赤色だ。
塀の影に隠れて様子を伺っていたが、やはり危険そうなので、見つからないように後ろへ……。
「君が、イロハ君かい?」
後ろを振り向くと、そこには、にこやかに微笑む糸目のお爺さんが立っていた。
ちなみに赤オーラだ。
「……」
これは危ない、どうやら報復の方がやってきたようだ。
身体強化!
っと、そこに……。
「そこまでだ。何しに来た」
どこからともなく、前に父さんが現れた!
お爺さんは、ウェノさんにガッツリ肩を掴まれている。
飲みに行ったんじゃなかったの?
一体いつから……。
「これは……大層なお出迎えですな」
「お前は何者だ?」
父さん、どことなく怖い表情だ。
「これは、自己紹介がまだでしたな。私は、ゲンボクと言う者です。今回は、うちのキライディが大変お世話になったそうで……」
「それで、何の用だ?」
「まずは、腕を離して頂けませんか?」
「それは、お前がここへ来た目的によるな。早く用件を言え」
「……ご挨拶に伺った、それでは足りないですかな?」
「ウェノ、へし折れ!」
ウェノさんが力を入れようとした瞬間、ゲンボクさんが、肩ロックをスルリと抜け出した。
どうやったんだろう?
「こう見えて、昔は武闘派だったもの……!」
ゴキッ!
抜け出したと思った瞬間、ウェノさんが一瞬消えて……ゲンボクさんの腕が変な方向へ。
目の前で起こっているのに、何をやっているのかさっぱりわからん。
「おいおい、勝手に抜けようとしたから強めにやっちまったじゃねーか。俺のせいじゃないからな?」
怖いなぁ、この二人。
「ぐ……」
「余計なことをしない方がいいぞ? それで……何の用だ?」
「……キライディの心を、あそこまで折ってくれる者に、ひと目会いたいと思いましてな。しかし、よく分かりました」
腕を折られているというのに、何で平然と話を続けられるんだ? この爺さんは。
「何が分かったんだ? お前、さっきから分かりにくいな。締め上げたら少しは分かりやすくなるのか? なあ、ウェノ」
父さんって、回りくどいの嫌いだよな。
味方ならいいけど、敵対した方は話が通じない分厄介な存在だよ。
「相手は爺さんだぞ? もういいんじゃねーか?」
「結局この前の奴は、報復を選んだってことだろ? この爺さんを放っとくと、またちょっかいかけてくるじゃないか」
脳筋と思いきや、意外と正しい事を言っている、俺も同じ考えだ。
「いや、もう十分ですな。キライディは、絶対に敵対するなと念を押しました。しかし、私がどうしても気になってしまったものですから、こうして跡をつけてきたのです」
ふーん、キライディさんは、ちゃんと約束を守ったわけだ。
「闇商会とか言ったな? お前らは。そんなに簡単に引くとは思えんが?」
「私らは、腐っても商人です。利益とならない仕事に労力を費やすことを良しとしません。どうやら、貴方がたには、力で勝てそうに無いですからな……」
落ち着いているな……この爺さん。
腕、折れてますよ?
「相変わらず面倒くさいな、商人ってのは。それで、手を引くというのを納得出来ると思うか? 手足の二、三本は折っとくか……」
「お待ち下さい。今のところは、うちの案件です。私に何かあれば、闇商会全体の話になります。こうなると、息子さんの生活を脅かす者も出てくることでしょう」
それは、やだなぁ……。
そんな生活を送りたくないよ。
「……」
「ルーセント、爺さんもこう言っているじゃないか。この辺で手を打って……」
「貴様……脅したな? イロハに手を出すと、明言したな? 俺は、もう引かないぞ……闇商会だとか、すべて潰せば平穏ってわけだ。どうせ、悪い事ばかりやっているんだろう? ウェノ、やっぱりコイツらは信用ならない、いいなっ!」
ヤバい! お怒りモードだ。
頼むから、揉めないでほしい……俺が言うしか無いか。
「はぁ……頭を冷やせよ。そりゃ、ルーセントはそれでいいかもしれんが、イロハはどうなる? 残党まではさすがに探せないぞ? ずっといる気か、王都に」
ナイスだ! ウェノさん。
父さんと同じ脳筋族と思っていたけど、少しは考えてくれているみたい。
出るなら、ここだ!
「と、父さん! ここが落としどころだよ。ゲンボクさんも、引いてくれると言っているじゃない? 悪い方向には向かわないよ! ねえ、ゲンボクさん……?」
「あ、ああ……。まさか、ここまでとは……王都の情報には、誤りがあったようだ。ルーセント殿、詫びはしっかりさせてもらおう、私の名にかけて」
爺さんの名にかけて……?
「そうか? こんな面倒くさい組織なんか、歯向かう気もおきないほど叩くに限るぞ?」
その、はて? みたいな顔、やめてくれるかな、父さん。
「父さんは、それでいいかもしれない。僕は、まだ子供だし学校もあるからね」
「そうか。イロハがいいなら、今回は見逃してもいいが、何か確証が欲しい、どうだ? 爺さん」
「どうやら命拾いしたみたいですな……イロハ君のお陰で。分かりました。では、当会の御客証をお渡ししましょう。これを持っている者は、当会の客人の証、手出しすることはありません」
御客証……そんな物があるのか。
でも、首からぶらさげとくわけにもいかないと思うけど。
「ウェノ、この爺さんの言っていることは本当か?」
父さん、かなり疑り深いな。
「闇商会なんて関わることがねーからな……しかし、御客証は聞いたことある。貴重なもので、上得意にしか渡さない代物だとか」
「そうか。じゃあ、それをイロハに渡してくれ。それで今回は見逃そう。ただし、次は無いからな?」
「分かりました。あそこで待っているキライディには、私から説明しておきましょう。矛を収めて頂きありがとうございます」
あっ! ここは家の外。
まだ、家の前でキライディさんは待っているんだった。
「ウェノ、しっかりコイツらを監視しとけよ? 何かあったらすぐに連絡をくれ」
「何で俺がそこまで……まあ、そうだな。客人扱いっていうから大丈夫なんじゃねーの?」
「闇商会とは呼ばれていますが、商売をしている身です、信用を失う事はしません。御客証は、こちら側の業界では一商会でせいぜい数枚程度、それだけ大事な客人となります。これからは、懇意にさせて頂きたいものですな。イロハ君」
「えっ? 僕?」
「はい。では、これを。無くさないようにお願いします。では、怪我の治療もありますので、私はこれで失礼します」
ゲンボクさんから、黒っぽい四角い板を渡された。
見た目は木製かと思いきや、手に取ったらソラスオーダーと似ている……薄い金属製だ。
「おう、敵対したい時は、俺かウェノへ押しかけて来い。子供に手を出すなんて卑怯な真似はするなよ」
「心に刻んでおきましょう。では」
ゲンボクさんは、そのまま腕を押さえながら帰っていった。
去り際の表情は、満足げに見えたんだけど、どういう事かな?
こういう決着も想定内……とか?
都合よく、御客証を持っていたところを見ると、そうなのかもしれん……後ろ姿から見える黄色オーラが物語っている。
食えない爺さんか……あの、キライディさん達も連れ帰って欲しいんですけど。
その後は、そのままみんなで家へ帰り、前にいたキライディさんには、軽く状況を話してあげた。
信じられない……という顔だったが、御客証を見せたら、驚きつつも納得したようで、父さんから「もういいから、お前も帰れ」と言われ、素直に帰っていった……かわいそうに。
キライディさんを支えている人は、最後まで赤オーラというのが、少し気になるなぁ。
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