百十五話 尾行の尾行
うーん、いい朝だ。
よく寝た。
二人は、起きている……なわけないか。
朝のランニングといこうかね。
ついでに、朝市も覗いて卵もあったら買っとこう。
あー冷蔵庫が欲しい。
この前注文していた魔道具を受け取るの忘れていたよ。
水が出るやつ……生活用水用だからそんなにドバドバ出ないらしい。
そう言えば、この家の水事情って貯水とのことだった。
つまり、水補給が必要だとさ……今の使い方だと、二週間くらいしか持たなそうだな。
うーん、なんとか改善できないものか。
……ん?
なんか、ずっと付いてくる人がいる。
誰だろう……まさか! 刺客!?
身体強化!
逃げるが勝ち。
無事到着。
あー、買い物も終えていて良かった。
さすがに、今のこの家で俺をどうこうできる奴はいないはず。
よく考えたら、刺客ではないよな、敵対しても意味がないし……。
「あ、父さん。おはよう! よく眠れた?」
「ああ、お前のお陰で……な」
「なーんだ、気付いてたんだ」
「やっぱりか! こら、イロハっ! アレは何だったんだ! ちゃんと言ってもらうからな?」
「分かったって! 暴力反対!」
「それで、アレはどんなスキルなんだ?」
「父さん、細胞って分かる?」
「さいぼう? んー、棒の種類か?」
細胞は知らんか。
「違うよ! じゃ、傷って時間が経てば治るでしょ?」
「まあな、それがどうした?」
「その治るまでの時間を短縮するようなスキルなんだよ」
「それが、さいぼうってスキルなわけか」
「細胞はまた違う話。あのね、傷が何で治るか知ってる?」
「放っとけば治るだろ」
「はぁ……。だから、放っとくとなぜ治るかってこと!」
「なぜって…………何でだ?」
分かんないよね、たぶん。
「傷ができたら、体は元の状態に戻ろうとする。それが、治るってこと。その時、裂けた皮膚などの傷を修復して……」
「あー、分かった、分かった。あれだろ、三回寝れば治るやつが、一回寝れば治るんだろ?」
「……うん。そうだね」
「だから、眠たくなったのか……酔いつぶれたわけじゃないんだな? 俺は」
そこですか……こだわるね、勝負に。
「そうだね、あのスキルを使ったら、眠たくなるし、お腹もへるよ? 一気に治すからね」
「なるほどな。よし、俺はまだ酒に弱くなったわけじゃなかった!」
ああ、衰えたと思っちゃったか。
「……そ、そうだね」
「イロハ、飯にしよう! 腹が減ってしょうがない」
「分かった、ウェノさんも起こしといてね」
朝食は、たまごサンド……と言っても、あの美味しいやつではなく、スクランブルエッグに干し肉を砕いたもの、レタスっぽい野菜に塩コショウというもの。
まあ、不味くはないが、美味くもない。
「イロふぁ、これ美味いな。お前は料理人にでもなるつもりか?」
食べながら話すなって。
「そんなつもりはないよ。あ、これもどーぞ、サクランゴね」
「あー! お前ら二人で先に食いやがって……ズルいぞ!」
騒がしい大人がもう一人。
「ウェノさんも座って、たくさんあるから、食べて食べて」
「む……俺も、腹減ってたんだよ。自分たちだけで食べやがっ……」
「お前が早く起きないからだろ? いちいち文句を言うな」
「何だと! おい、ルーセント。昨日の決着はついていない。ここで白黒……」
「父さん、ウェノさん。追い出すよ? ここは、僕の家……だよね?」
「あ……すまん。俺のは、これか? いただきます! 美味いなーこれ」
「イロハ、俺は悪くないよな? ウェノが吹っかけてきただけで……」
「煽ったでしょ? 父さんも同罪」
「……何でだよ!」
「二人とも、ここにいる間は、試合禁止。近所に迷惑がかかる」
「何の迷惑がかかるんだ?」
「音。とにかくうるさい。それに、僕は六年間ここに住むんだよ? 村じゃないんだから、それくらい分かるでしょ」
「「……」」
「後ね、今朝、買い出しに行ったら、つけられた。身体強化で振り切ったけど、そういうのを捕まえるために力を使っ……」
「何ぃ! 何処のどいつだ! イロハをつけただと?」
「おい、ルーセント! 俺らがいるってのに舐めてやがるぞ!」
「まーまー、落ち着いて。まずは、食事」
「……絶対にとっ捕まえてやる。これ、おかわりあるか?」
◇◇
というわけで、俺が出歩いて、父さんとウェノさんは俺を尾行。
つまり、俺を尾行する奴を尾行して捕まえる作戦。
そんな、殺気盛り盛りじゃ誰も近寄ってこないと思うけど……。
ちょうどいいから、クリニア商会へ水の魔道具を取りに行こう!
「こんにちは!」
「あら、イロハ君、いらっしゃい。副会長は、今日はいないわよ?」
「大丈夫です。予約していた魔道具を取りに来ました」
「ああ、あれね。でも、あの家の貯水は、冒険者に頼んで定期的に補充してあるけど……本当にいるの?」
げ……そうなんだ。
どうりで、いつまでも水が使えるなと思ったよ。
でも、新しい魔道具はワクワクするもんなんだよねー。
「はい! 料理とかに使おうかと思いまして」
「イロハ君、料理出来るんだ。偉いねぇ」
頭ヨシヨシはやめてくれ。
妙に恥ずかしいじゃないか……。
「そんなに大したものは作れないですよ。ただ好きなだけです」
「それでもよ。男性で料理を作れる人って少ないんだから。頭も良くて、団長の息子で、会長、副会長が認める子……イロハ君のお嫁さん枠は、競争率高そうだね?」
もう、妻がおります、はい。
「やめて下さい、そんなんじゃないですって」
「アハハ、可愛い。はい、これよね? 水の魔道具。これも、魔力塊は三型だから調理魔道具と同じよ」
これは……ラッパのような部分が真後ろを向いている蓄音機だ。
横に細いパイプのようなものが出ている。
どんな原理かなぁ。
「ありがとうございます。あの、食料を冷やしておくような魔道具ってありませんか?」
「ありますよ。でも、高いし維持費がすごくかかります。お店とかなら分かるけど、個人で持つにはちょっと……」
「そうですか。ちなみにいくらくらいするんですか?」
「大きさにもよるけど、二千万ソラスはするよ? この位の大きさで」
な……異世界の白物家電を舐めていた。
受付が示す大きさは、ノーマルタワー型パソコンくらいの大きさだぞ。
「二千万……手が出ませんね。あきらめます」
「また、欲しいものがあったら、いつでも相談にのりますよ。ありがとうございました」
ぐぬぬ……魔道具を異世界版家電と思っていたが、価値が全然違うじゃないか!
時計も高いし、冷蔵庫も高いし、風呂も作ることができない。
ああ……不便だ。
気を取り直して、蓄音……いや水の魔道具を持って帰ろう。
さっさと歩いていると、いきなり前に三人組が立ちはだかった。
はぁ……バカだなぁ。
今の俺には、赤鬼団長と剛拳執事が付いているってのに……もう、脳筋の捌け口にでもなってよ、一応、同情はしておく……なーむー。
「おい、お前がイロ……むぐぅ……」
「ご愁傷さま……」
父さんが、三人組の背後から両腕で二人をネックロック、ウェノさんが話している奴の口を塞いで……ドナドナ。
処理が早すぎるって。
さ、かーえろ。
水の魔道具を設置!
貯水を料理に使うのは衛生的に嫌だったんで、手に入って良かった。
これ、調理魔道具より高かったな……無駄遣いし過ぎたか?
いや、必要経費だ。
そう考えると、母さんやミネさんの水を生み出すスキルって、実用的でいいな。
◇◇
「それで、どうなったの? その二人は」
「アイツらは、どうやら雇われていたようだが、誰に雇われていたかは分からなかった。まあ、いずれ分かる」
「……何かしたの? ウェノさんがいないようだけど」
「ん? 息子に手を出すことがどんなに恐ろしいか、二人で教えてあげただけだ」
怖っ!
「ウェノさんは?」
「どうもな、お前を連れてくるように言われていたようだから、雇い主と接触する時に捕まえようとな」
「……ヤリ過ぎないでよね? さらに恨みを買うじゃん」
「あのな、イロハ。こういうのは、中途半端が一番良くない。徹底的に追い込まないといけない。経験があるから、大丈夫だ」
ひゃー!
これって……冒険者が追放されたとか商会が潰れたとかのやつじゃん!
母さんもいないし、歯止めが効かねー。
とても、大丈夫と思えない。
「あの、僕も一応ここに住むわけだから……」
「お前には、何も起こらない。大丈夫だ、父さんに任せておけ」
ダメだ、聞く耳を持たないやん。
死人とか、でないよね?
「ぼ、僕も立ち会うとかできないかな……なんて」
「ん? んーそうだな、この際だ、お前のスキルでドカンとやっとくか? あのイッカクグマの角を折った力で」
やっとくか……殺っとくか……いやいや、無理無理。
「やっぱりやめとこうかな……」
「そうか? 力を見せつけるのはいい案なんだかなぁ」
「……殺しちゃだめだよ?」
「こんなことで、人を殺すか! 俺をなんだと思っているんだ。世の中にはな、死ぬより怖いことがあるって教えてやるんだよ」
なぜだか、依頼者が見つからないことを祈りたくなってきた……。
「……」
「お前は安心しておけ。絶対に手を出させないからな!」
「うん。ありがとう、父さん」
◇◇
父さんが出ていって数時間。
まだ帰ってこない……とにかく相手が心配だ。
「イロハ! 帰ったぞー!」
げげげ……返り血が……あわわ。
「お、おかえり、父さん、ウェノさん……」
「すまんな、遅くなって。待ち合わせにやってきた奴を、取り逃がしてしまった、ウェノが」
「そりゃねーだろ! ルーセントが急に出てくるから逃げたんだろうが!」
また始まったよ……。
「それで、どうなったの?」
「あの三人組は、締め上げたが何の情報も出なかった。ウェノがやり過ぎだからな」
「おいおい、誤解を招くだろうが! ルーセントが気絶させちまったんだよ」
もう、余計なことはいらないから。
「いいから、それで?」
「待ち合わせ場所に二人現れて一人を捕まえたが、コイツも雇われ……まあ、ビストの子供だった」
「ビストか……子供に手荒な真似はしていないよね?」
「当たり前だ! 肉串をご馳走して、もう一人の名前を聞き出した、俺がな」
「そこは違うだろ! 俺が金を出したんだ!」
この二人、わざとやってんのか?
漫才じゃないんだから……。
「分かったから! ウェノさんは、もう黙ってて」
「何で俺が……」
「誰だったの?」
「偽名かもしれんが、キャディーとか言う奴らしい……」
「ルーセント、てめーは名前も覚えられないのか? キライディだ、偽名かもしれんが」
……ん? キライディ、どこかで聞いたことのある名前だ。
「そうだったか? まあ、偽名だろうしあまり意味はないだろう」
どこだったか……キライディ、キライディ…………うーん、悪い人のイメージのような……。
「……」
「どうした? イロハ。捕まらなくて心配なのは分かるが、どうせ闇商会や裏の冒険者なんかだと思うぞ? あいつらは、足がつくのを嫌がるから、もう出てこないと……」
闇商会……裏の冒険者…………ビストの子供。
「あーっ!」
「な、なんだ急に? びっくりするだろう!」
子供に声をかけ、裏の商売で冒険者……黄色っぽい髪、ボサボサ頭で襟足をちょこっと結んでる。
「その、逃げだ奴、黄色っぽい髪だった?」
「いや、デールを着ていたんで髪色はよくわからんが……確か、後ろ髪をちょっと結んでいたな。ウェノ、他は覚えていないか?」
「小柄で、俺でも追いつけないほどの身のこなしだった……」
「ほらな、ウェノが逃がしたんだ」
「な……こんのクソ赤髪が! てめーが出てこなきゃ、捕まえていたんだよ!」
「何だと!? この、クソ執事が! 油断するからそうなるんだ、注意が足らんな?」
「はい、そこまで! その、キライディという人、もしかしたら呼び出せるかもよ?」
「本当かっ!」
「同一人物なら……だけど」
「しかし、何でそんな裏の奴を知っているんだ?」
「たまたま、一度だけ冒険者協会で知り合っただけ。どんな人かは知らない」
「……どうやって呼び出すんだ?」
「冒険者協会で、相手は僕に情報を公開していると思うから、会いたいと伝えるだけ」
「ウェノ、今度は捕まえるぞ!」
「だから、てめーが言うなって!」
裏の商売が関わっているなら、話は変わってくる……キライディさん、ごめん。
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