百十三話 招かざる客に椅子はなし
◇◆◇◆翌日◇◆◇◆
昨日は、夜遅くまでどういう話をして、どこまで情報を出すか父さんと話し合った。
クリニア商会との会談は、都合上、二日後となる予定だ……なぜなら、父さんとウェノさんが、絶賛二日酔い中。
そんなわけで、俺がアポイントを取りに行く羽目に。
「……というわけで、父さんが王都へ到着後、少し体調を崩しまして、会談は二日後でいかがでしょうか? グリフさん」
電話とかあればアポ取りもさっさと終わるのに……。
「ルーセントさんが、王都へ来られたんですか? 本来なら私が開拓村へ出向かなくてはならないのに」
ですよね。
でも、状況がそんな悠長に構えていられなくなったのです……とは言えない。
「まあ、重要な会談になりますからね、どちらにとっても」
「体調の方は大丈……」
「それは、問題ないです。二日後には必ず」
二日酔いと言う情けない大人が二人ほどおります……一応、中一日は空けたので大丈夫でしょう。
「ああ……承知した。二日後の昼、場所はクリニア商会でいいかい?」
「はい。あまり他の人には聞かれない方がいい内容でしょうからね」
「ここまでこぎつけられたのもイロハ君のお陰だ、感謝しているよ」
「僕は、ただ縁を大事にしただけです。会談が上手くいくことを祈っていますね」
これでよし。
アポイントも取ったし、クリニア商会側も準備する時間ができた……わずかだけど。
後は、あの二人が会談前日も飲まないか……だけ。
明日は禁酒だな。
父さんが、急激にストレスを抱えたと言うのは分かる……できれば好きなように過ごして欲しい、一日くらいね。
◇◇
「父さん、起きた?」
「うぅ……頭が痛い。少し飲みすぎてしまったようだ。どこかへ行っていたのか?」
「何言っているの! 二日後の会談の話、もう忘れたの?」
「そ、そうだったな」
「会談の件、ちゃんと事前承諾を得てきたよ」
「……」
「あれっ? ダメだった? 今日、明日くらいゆっくりしてよ、久々の王都でしょ?」
「全部任せてすまんな。いつの間にかお前はこんなに賢く育って……」
「もう、まだ酔ってんの? 朝まで飲んでたんでしょ! 水でも浴びて酔いを冷ましてよっ! 話はそれから」
「あ、ああ……」
そして、もう一体……まだイビキをかいて寝ている者がいる。
「ウェノさんも、起きて!」
「……ん? もう朝か?」
相変わらず、体に触れようとすると起きる……どんな危機管理能力だよ!
「ウェノさんも、水浴びでもしたら? 父さんはもう行ったよ」
「んんー! あー、頭痛い……俺も行ってくる…………」
ダメだこりゃ。
まあ、王都までぶっ飛んできたんだろうから、二日くらいゆっくりしてもらって……。
どうせ、これからが大変なんだから。
「おーい! イロハ、拭くものは無いのか?」
「あるよ。ほら父さん、これ使って」
あー、典型的なやつだ。
母さんがいないと、あれはどこだ? と騒ぎ出すやつや。
「イロハー! 頭拭くやつどこにある?」
ウェノさんもやん……。
面倒を見てくれる奥さんでももらったらいいのに。
◇◇
「改めて、聞かせてもらおう。イロハ、クリニア商会は、信用できるのか? それに、他の商会はどうするつもりなんだ?」
「僕も、本当のところは分からない。でも、グリフさんは誠実な人だよ。ただし、この複雑な状況を共に乗り越える意志があるのかは、確認しないといけない」
「そうか。俺は、ただ、開拓団や村の人達が不幸になる未来は避けたい……それだけなんだが」
本当にそうなんだろうな。
父さん、特性にある槍みたいに真っ直ぐな人だからね。
「うん、そうだね。父さんが治める領は、きっと平和でいいところだと思う」
「治める……なあ、イロハ。お前がやればいいんじゃないのか?」
「何言ってんの? 僕は、団長じゃないし、そんな大役が務まるわけ無いじゃん! そもそも子供だよ?」
「……そうだよな、まあ、冗談だ」
「会談は二日後だからね? 前日は、お酒を飲まないでよ」
「分かったから……母さんみたいなこと言うなよ」
◇◆◇◆翌日◇◆◇◆
あっという間に、会談当日。
一応、どういう展開になるかを想定したり、話をどのあたりで落ち着けるか……などを考えていた。
会談自体は、父さんとグリフさんの話し合いになるので、俺の出番は無い。
ただ、行く末を見守るだけになりそうだが……。
父さんと話し合った結果、相手が誠実な姿勢であれば、包み隠さず話してしまおう、探るような流れなら様子見……というザックリとした方針しか決めていない。
特殊鉱石の話は、いずれ分かると思うけど、王国が秘匿するとしている以上、こちらからは漏らせない。
大事な切り札の一つでもあるもんな。
父さんの話では、ルブラインさんやウォルターさんは、参戦しないらしい……二人ともやり手という話だったが、興味はないようだ。
この二人がいたら、戦い方も変わっただろうに……残念。
さあ、そろそろ準備しないとね。
会談メンバーは、父さんがメインで俺が書記? 秘書? みたいな立ち位置。
ウェノさんは、警備担当……取り敢えず巻き込んでおいた。
……なんか、警察の取調室のイメージが湧いてくる。
◇◇
クリニア商会からは、客車を手配してもらった。
急な話でもあるだろうに……「せめて、これくらいはさせてくれ」ってお願いされたのでしょうがない。
まあ、招待という体裁は守りたいんだろう。
父さん、ウェノさん、俺の三人が客車に乗って、いざ出発…………ん? なかなか動き出さないぞ?
「すみません……ら、来客のようです」
御者さんから……来客だって?
こんなタイミングで来るなんて、嫌な予感しかしない。
誰なんだ……?
「おや? イロハ君、どこかへお出かけかい?」
客車を降りて見てみると、そこには……笑顔のベンモさんと見知らぬ二人が立っていた。
「父さんは、出ないほうがいい。ここは、僕の家だからね。用事は、僕にあるはず」
「しかし……」
「ウェノさん、一緒に来て!」
「おう! ルーセント、護衛は俺に任せておけ」
「……ああ」
会談のことも考えて、ウェノさんと二人で対応することとなった。
「ベンモさん、今日はどのようなご要件ですか? 見ての通り、今から出かけるところなんで……」
「そうですか、では引き返すとしましょうか……とは、なりません」
おしいなぁ。
そこは、はいよー! からのノリツッコミでしょ。
「……」
「ルーセント団長が、王都入りしている事は、分かっています。それに、今日は、大事な話し合い……があるんですよね?」
早いな、もう情報が漏れている。
そういう時間も考えて短く設定したのに……さすが、王都一の商会だ。
「どうですかね? 王都を回って、ついでに生活用品でもと思っていたんですが」
嘘は付いていない。
クリニア商会まで王都を回って、実際、新しい魔道具も予約してあるし……ちょいと厳しい言い訳か。
「ほう。しかし、我々大手商会には、声がかかっていないようですが?」
「何の話ですか……?」
「開拓村の商業参入権。我々も、その会談へ参加させて頂きたい。それとも、断る理由があるのですか?」
直球かぁ。
ちょっと断りにくい……。
「……」
「クリニア商会だけが交渉権を持っている……というのは、あまりにも不公平では?」
不公平?
なぜ、言わば民間同士の取引に不公平という言葉が出てくるのか……。
「断る理由は特にありませんね、今のところ。ですが、公的な事業でない以上、どこと交渉しようとこちらの自由ではありませんか?」
「開拓事業は、もはや国の一大事業と言っても過言ではありません。国を思うのであれば、少なくとも王国内の複数の大手商会へ打診すべきです」
国を思う、公平……だいたい、この手のタイプは、事を大きくして上手く手玉に取るという手法。
こっちがブレなければ問題ない。
少し、突いてみるか。
「一大事業とは、また大きな話ですね? あんな小さな村へ、なぜそこまで執着されるのですか? 何か他の理由でもあるのでは?」
「む……商会なら、どこでも興味を引く王国縦断路。一商会で仕切るには、手に余るでしょう。ここは、公平に交渉の舞台を持たせてもらいたいですな」
おっと、これはパンチが弱い。
自分だって、一商会でやろうとしたのにね。
それに、狙いはズバリ鉱石の採掘権、上手く持っていこうとしているが、甘いぞベンモ君。
「つまり、複数の商会を参入させろ……ということですか?」
「その通り。ここまで情報が広がっている状況では、この先、度々このような話題が出るでしょう。この際、交渉の場を設けて公平に決定されたほうが、良からぬわだかまりを避けられるのでは?」
さらに、大きなお世話というもの。
ビートゥービーの商談に第三者の意見は不要、それとも割って入ることの出来る何かがあるのかな?
「話は理解できます。しかし、決定するのは父です。それに、半年程前までは、誰も見向きもしなかった小さな村へ、急に興味を持ったと言われても、少々無理があるのではないですか?」
「……君では、話にならないな。ルーセント団長と話をさせてもらおうか」
……逃げたな。
やはり、強制出来る立場ではないと見た!
じゃあ、畳み掛けるか。
「僕では話になりませんか。開拓事業の要である王都までの開通は、まだ先の話です。縦断路に付随する商業権についてなら、今でなくても十分間に合いますので、その時に声をかけさせていただきます」
「くっ……君には理解できない王国のしきたりがあるんだ。いいから、団長と引き合わせて頂きたい」
王国のしきたり……いわゆる悪しき慣習だろう。
今まで、みんなそうやってきたのだから……都合よくこれを利用してのし上がってきたんだろうな。
「そのしきたりとやらが、参入の動機…………」
「いい加減にしないかっ! 子供相手に大人が寄って集ってどういうつもりだ! 貴様ら、名のある商会のくせに常識も弁えないのか、大人気ないにも程がある!」
あーあ、父さんが出てきちゃったよ。
こうならないように、父さんには残ってもらったんだけど。
一応、ビスローブ商会にも、後々は鉱石事業で一枚噛んでもらうつもりでいたんだけどなぁ……あわよくば抽出法を伝授してもらえないか、交渉したかったのに。
「ル、ルーセント団長。ご、ご無沙汰しております」
「ベンモとかいったな? そんなに仕事熱心なら、もう少しやりようがあるだろう。息子に対して、ここまで圧力をかけたこと、父親として決して忘れんぞ!」
こりゃ、絶望的だな。
「いや……それは…………」
「それに、そこの二人も見た顔だな? 村へ賄賂を持ってきた奴と……樹木の買い付けに来た奴か。お前らにも言っておく、俺に決定権があると言ったな? だったら、俺の好きなようにさせてもらうぞ! 覚えておけ! 分かったら、親子水入らずの時間を邪魔するな」
まあ、息のかかったどこぞの商会でしょう。
しかし、そこまでするほど儲かる事業なのか。
やはり、抽出法……知りたいな。
「……分かりました。ただし、いつまでも好き勝手が通るとは思わないことですな。帰るぞ、皆」
どっかの悪人の捨て台詞みたいですよ? それ。
「イロハ、あんな輩とは話す必要は無いぞ! 教育上、良くない。さっさと身体強化でもして生意気な口を叩かれる前にぶん殴ればよかっただろう。あんなに弱そうな奴なのに……あー、槍を持ってくればよかった」
「そうだな、アイツらがもう一歩踏み込んでいたら、剛拳を叩き込んでいたぞ? よくあんなにわけの分からない話を出来るもんだ」
あれっ? あれれっ?
ソコソコいい感じの討論で、お互いの腹を探り合ったていたと思うんだけど……。
武力闘争の話になっていない?
いつからそうなった?
うーん、こんな感じだから誰も父さんを攻略できないんだろうね。
母さんとか、大丈夫なんだろうか……父さん攻略なら、まずは母さんへ行くはずだ。
「まだ、俺らはだったから良かったものを……ステラだったら、今頃アイツら生き埋めになってたろうな、ウェノ」
「違いねえ、ステラさん怒ると怖いもんな……あの時も、確か十人くらい埋まっていたっけか。うー怖ぇ」
大丈夫そうだった……。
なんか、うちの陣営……化け物揃いじゃない?
読んでいただきありがとうございます。
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