百十二話 水入らず
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前に停まった客車……見覚えのある御者。
「イロハっ! ちょうど良かった。お前の滞在先を聞こうと、ここへ寄ったんだ」
「ウェノさん! 戻ってきたんですね。手紙はどうでしたか?」
「まぁ、話は後だ。ひとまず乗りな! お前の滞在先へ行こう、あるんだろう?」
「うん。じゃあ、西地区の方へ行って」
さて、客車に乗るか……。
…………。
先客に、なぜか赤い髪をした鬼が乗っていますけど……。
「しばらくぶりだなぁ、イロハ」
「まさか、王都に来るなんて……」
「どの顔でそんなことを言っている、んん?」
「本当に来るとは思わなかったんだよ!」
「何を……白々しい。途中で気づいたが、あえてお前の策に乗ったんだ」
まあ、父さんなら気づくよね。
「どうせ、母さんを止められなかったんでしょ?」
「開き直ったな? 母さんを巻き込むなよ……お前のことになると、話を聞かなくなるって」
知っていてやったんだから……母さん、ごめん。
「悪いとは思っているけど、一度、ちゃんと話したほうがいいと思ってね。僕的には、父さんが来る可能性は五分五分だったよ?」
「俺も、いい加減にハッキリさせようと思ってな。イロハの事だ、ある程度の情報と対策は考えてあるんだろう?」
うわぁ……自分でやる気ゼロじゃん。
「決めるのは、父さんだ。僕はあくまでも情報を渡すだけ」
「そんなことは分かっている。ただなぁ……息子だし、無関係でいられるのかな?」
これ、明らかに巻き込もうとしているぞ。
「ちょっと、やめてよ! 開拓村の長は父さんじゃないか!」
「すでに、恩恵を受けているのは誰かな? その分くらいは、協力してもいいだろう?」
何も反論できん……確かに、恩恵を受けてはいるが、被害もあると言いたい。
「ぐっ……」
「おいおい、久々にに会って早々親子喧嘩かよ……イロハ、この通りからどっちだ?」
「ああ、ウェノさん。そこを南に行ってすぐ西へ、角の店舗が僕の家だよ」
「分かった」
父さんとウェノさんを、僕の家へご招待。
自分で招いた事とは言え、だんだんと話が大きくなってきていることに比例して、不安もまた大きくなっていく。
「紅茶でもどうぞ」
「一人暮らしの息子の家か……新鮮な気分だな」
「いいところに住んでるじゃねーか、一階はお店でもやるのか?」
「そんな暇はないよ、ウェノさん」
「おい、ウェノ! お前は、なんか食べ物でも買って来い。少しイロハと話したいことがある」
「あー、分かったよ。家族水入らず、しっかり話し合ってくれ。言っとくが、うちの家は何もできないからな?」
「お前の家なんかが関わってきた日には、事が大きく……いいから、早く行け!」
「へいへい。じゃ、行ってくる。イロハ、せいぜい今のうちに甘えとけ……ククッ」
「一言多いんだよ!」
ウェノさんは、出ていった。
父さんと二人……気まずいような、懐かしいような。
何から話していいのやら。
「イロハ。お前の大事な時に巻き込んだこと、悪いと思っている。気付くのが遅すぎた……まさか、こんなことになるとはな」
本当にバツが悪そうだ。
「それは、気にしていない。それより、父さんは、あの開拓村をどうしたいの?」
「どうしたいと言われてもな、俺はただ、開拓の仕事を受けた……団員を預かった、開拓の仕事をした。それだけだったんだよ」
「そうは言っても、すでに周りが放っとかない状況になっているよ?」
「そうだな。ラミィに聞いて、初めて開拓村の状況を把握した。言われてみれば納得するしか無いが、そもそもがおかしいと思ったんだよ。これは、明らかに、ラシーンの画策だ」
意外なところから意外な人物が……。
「ネイブ領主が、何でそんな事を……」
「それは……話せば長くなる。まあ、昔いろいろあったんだよ」
ごまかしているところ悪いが、話してもらわないと困る、まだ情報が足りない。
「それじゃ分かんないよ!」
「あれだ、若気の至りってやつさ」
ふむ……国王に、俺はなるっ! みたいなやつか。
「なるほど、父さんにも上を目指した時期があったと」
「な……なぜそれを!」
「だって、領主とは親友なんでしょ? 一緒に騎士団へ入って、熱い思いってやつがあったのでは?」
「まあな……そんな時期もあった。その後にアイツは領主になり、俺を引っ張り上げるような事をな……」
「ふぅん、友情だね。案外、若くして領主になったんで、仲間がほしいとかだったりして」
「……あり得る。アイツは昔から策を巡らすのが上手い奴でな、そういうことには頭が回るんだ」
理由はともかく、親友を同じ立場に持っていきたかったんだろうね。
「武の父さん、知のラシーンさん。お似合いだね」
「やめてくれ、奴とは腐れ縁だ……ってそんなことはいい、商会の方をどうにかしないとな」
それはそうだけど、まだ確認することがある。
「その前に、父さんに聞きたいことがある」
「なんだ、改まって」
「村で、変わったことは無い? 例えば、高価な獣の素材が手に入るとか、あまり入手できないものが見つかったとか……」
「そうだな、森林地区の樹木はゴサイ村の資材として使っているし、獣の素材は……ふむ、冒険者風の者が狩りを要求してきたことがあったな」
「冒険者ね、他は無い? 例えば…………特殊な鉱石とか?」
「……! どこで聞いたっ!」
ビンゴっ!
これで話はつながった。
「やっぱりか。出たんだね、希少な鉱石が」
「お前、誰から聞いたんだ? 王国の調査機関しか知らないことだぞ?」
これで、調査機関は信用できないことが確定。
「うーん、推測? 特に、誰かに聞いたわけじゃない」
「推測って……そんなわけがあるか! 情報は、王国で統制されているはずなんだ。一体……」
自慢じゃないが、情報の精査と推測は得意とするところ。
「だから、どこかで漏れているんでしょ?」
「……イロハ。正直に言いなさい、誰に聞いたんだ? これは、絶対に話してもらうぞ!」
すごい剣幕だなぁ。
王国と何かの取り決めをしているか、王国を信用していないのか……。
「分かったから、そんなに脅さなくても、最初から話すつもりだよ」
「そうか。では聞こうか」
「まず、ビスローブ商会が僕に接触した。どうも、開拓村の将来に……と言うより、すでに価値があるような言い回しだった。そして、グリフさんにビスローブ商会のことを聞いたら、特殊な鉱石からの魔力抽出技術を独占しているらしい。これらのことで、恐らくそういう鉱石が採れることを知っていたんじゃないか……と推測した」
「イロハよ。お前はとんでもない奴だな。少し賢い奴かなと思っていたが……父さんは、ちょっと怖いぞ。わずかな情報でそこまでたどり着く鋭さ……」
そりゃあ、それで飯を食っていたもんでね。
「やめてよ、よく考えれば分かること。たまたま僕にその情報網があっただけさ」
「まあ、分かった。ということはだ、ビスローブ商会には、漏れているということになるな」
「そうだね、恐らくだけど、他のいくつかの商会……例えば、大金を積もうとするところなんかは、知っていると思うよ」
「……あった! 確かにあったぞ! 賄賂を渡して来ようとした商会が」
その商会も、恐らく大手の息がかかっているだろうね。
「王国も、一枚岩じゃないってことだね」
「父親としては、情けないが、団を預かる者として聞きたい。イロハ、俺はどうすればいいんだ? 選択肢を間違うと、家族や団員、村のみんなが不幸になるような気がしてならない」
父さんの、こういう素直なところ、ズルいと思う。
「じゃあ、父さんもいくつかの覚悟が必要だと思うよ。ここまで来ると、周りが今のままでは放っておいてくれないからね」
「何の覚悟だ? 見くびるなよ? 俺は、家族も団員も村も守る覚悟はあるぞ?」
「それは、武力の話でしょ? 今話しているのは、言わば権利の争奪戦だよ? どうやって守るのさ」
「争奪戦……」
「そう。たくさんの方面から襲ってくる開拓村の利権の奪い合い。その中心が、父さんなんだ」
「じゃあ、商会を黙らせられればいいわけか?」
脳筋はこれだから……。
「違うね。どれかを潰してもまた次が生まれるだけ。そうなれば、最後は理由をつけて王国が全部持っていくんじゃない?」
「ああ……どうすれば……」
さっきから困ったな的なこと言っているけど、表情はそこまで切羽詰まった感じじゃない……どういう心境なんだよ、それ。
「だから、覚悟がいるって。守りたいなら、より大きな権力を持つしかない。手っ取り早いのは、独立……領主だね」
他に案が無いわけでもないが、王国の仕組みがよく分からないからね。
「お前まで……何で俺が」
「たぶん、ネイブ領主は、鉱石のことを知っていたんだと思う。もしかしたら、前領主からかもしれない。自分では守りきれないから、父さんに託したんじゃないの?」
「そんなことは……」
「ネイブ領と開拓領が力を合わせれば……知恵と武勇、簡単には手を出せそうに無いよね?」
「……お前、本当にイロハなのか?」
ああ、そっちが気になって話に集中できていないのか。
父さんの前では、初めて解禁したからな。
「うん。あなたの自慢の息子ですよ?」
「村にいた時から、隠していたのか?」
「……まあ、程々にしてた」
「はぁー、俺は、息子のこと、なんも分かっていなかったな。こんな、とんでもない奴が息子なのか」
「ひどい言われようだね、もう、話す気が無くなりそうだなー」
「これは、褒め言葉だ。自慢の息子には変わりないし、お前がかわいくて仕方がない……これでいいか?」
切り替えも早い……父さんのいいところなんだろうな。
「まあ、うん。それで、覚悟は決まった?」
「そりゃな、お前にあれだけ言われれば目も覚めるさ。むぅ……領主か」
「それは、まだ先の話だね。まずは、信頼できる人を周りに揃えないと、悪い虫が次から次へと湧いてくるよ?」
「信頼ねぇ……団員以外にほとんど交流がなかったからな」
ほんっと、家族と村と団員だけの人だなー。
「ネイブ領主、王国、商会。最低でもこのあたりに信頼できる筋が無いと厳しいね」
「うーむ、そいつは困ったな。王国とは、あまりいい関係とは言えん。せいぜい、ラシーンくらいしか信頼はできんな」
ネイブ領主のカードを持っていたのは強い。
「父さんは、王国騎士団にいたんじゃないの?」
「まあ、いろいろやらかしたから、よくは思っていないんじゃないか? 辞めた後までは知らん」
やらかした……。
上司とか上の方の受けは悪いか。
「じゃ、せめて商会だけでも絞らないとね」
「お前、クリニア商会と話をつけたんじゃないのか?」
「確かに、最初は人間性で考えていたんだけど、ここまで状況がこじれたらキレイごとだけではすまないような気がして……」
「クリニア商会じゃダメなのか?」
グリフさん、いい人なんだけど……クリーン過ぎるんだよね。
この状況をどうにか出来るのかな?
絶対に、裏取引や後ろ暗いことの一つや二つ、飲み込む度量がないと厳しそうだ。
その辺りは、商会長さんが一手に引き受けている気がするんだよな。
「うーん……難しいかな? 商会長さんまで巻き込めたら話は変わってくるかも」
「ん? どういう事だ……?」
「クリニア商会は、代替わりする感じなんだよね」
「そうなのか? 俺が知っているグリフさんは、悪い噂も無く、手堅い商売をしている印象だったが……」
「一度、クリニア商会とも話してみないと、答えが出ないね」
「ああ、そうだな。どうせ、お前も同席するんだろう?」
もう、言いたいことは言ったし、後は父さんが決めたらいい……とか言ったら無責任かな?
「ここで、父さんと話せたから別にいいんだけど……。クリニア商会との会談は、どこまで話すかが重要になると思う」
「ふぅ……分かった。どうなるかは分からんが、精一杯やってみよう。話は俺がしよう。お前は、横にいてすべての話を聞いておけ」
まるで、参謀役じゃん。
まあ、興味はあるし、最初はそのつもりだったからね……。
「うん、頑張ってね」
「ああ……」
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