幕間十五話 ルーセント:父として、団長として
数話、毎日投稿中。
◇これは、イロハが王都へ到着してから学園入学までのルーセント側の話
(ルーセント視点)
◇◆◇◆九の月四週二日◇◆◇◆
「団長ぉ! 団長ぉー!」
「なんだ、うるさいぞ! ハチェット」
「あー、そういうこと言うんですか。せっかくイロハ君からの手紙を持ってきたと言うのに……」
「なにぃ! それを早く言え!」
父さんへ
『父さん、母さん、リアムは元気にしていますか? ゴサイ村のみんなは変わりないですか? 僕は、無事王都へ到着しました。これから準備をして、試験に臨みたいと思います。道中は、いろいろありましたが、ウェノさんをはじめ、青の盾の面々は、僕を守り十分に護衛役として職務を全うしてくれました』
八の月二週六日 イロハ
イロハ、無事に着いたんだな。
時期から言えば、もう試験の結果は出ている頃だろう。
俺とステラの息子だ、何の心配もなく合格するに決まっている。
……帰ってステラに報告しなきゃいけない!
「ステラ! ステラ!」
「どうしたの? ルーセント、帰ってくるなり叫びだすなんて、あなたらしくないわ」
そうだな、これじゃまるでハチェットと同類じゃないか。
「いやな、イロハから手紙が届いたんで、急いで戻ってきたん……」
「それを早く言いなさい! 手紙はどこ?」
このやり取りは、まるで……まあいい。
イロハのことになると、怖いぞステラよ。
サッと手紙をステラに渡す。
「…………」
「……」
「……はぁ。たったのこれだけ? イロハは、忙しいのかしら?」
「まあ、試験前のようだからな、バタバタしているんじゃないのか?」
「リアムちゃん! お兄ちゃんから手紙が来たわよー!」
「えっ! 本当に?」
「はい、これ。少し短いのは、試験前だからあまり時間が無かったのよ」
「兄ちゃん、元気そうだね。僕も早く会いたいな……」
俺は、蚊帳の外かよ……。
イロハよ、頼むから手紙は、それぞれに書いて送ってくれ。
それと、もう少し内容を厚めに頼むぞ。
◇◇
最近、開拓村に商会を名乗る集団が訪れるようになった。
開拓自体は順調すぎるほどなんだが……なんで大手商会までもがやってくるんだ?
対応は、ラミィがやってくれるから特にこれと言った問題は無いが……一体何が起こっている?
「団長、ビスローブ商会の方がお見えですが、どうしますか?」
「ビスローブ商会……王都一の商会じゃないか」
はぁ……会わないわけにはいかないか。
「ラミィ、今回は俺が対応しよう」
「ふーん、さすがに王都の大商会相手なら、団長も対応せざるを得ない……頑張ってね!」
「うるせぇ、お茶でも入れてくれ」
「お待たせしました。団長のルーセントです。今日は、どういったご要件で?」
「初めてお会い致します、ビスローブ商会のベンモと申します。今日は、お願いがあって参りました」
お願い?
王都の商会が……?
「そのお願いとは、何でしょうか?」
「ええ、実は、我がビスローブ商会では、この開拓団の支援を申し出たいと考えております。つきましては、ビスローブ商会が開拓事業へ参入することを許可して頂きたいと……」
「ちょっと待って下さい、ベンモさん。この開拓団、王国とネイブ領から十分な支援を受けております。過剰な支援は必要としておりません。また、開拓事業の参入とはどのような事をされるのでしょうか?」
「そうですか。開拓事業の参入とは、人、物資、流通……こちらの得意とする部分で参入をと思いまして。いかがでしょうか?」
ん?
目的がわからん……商人は、これだから嫌いなんだよ。
言いたいことがあるなら、ハッキリ言えよ。
「今のところ、不自由をしているわけではないが……」
なんだ? ラミィがベンモさんの後ろで手招きしている……。
「ちょっと失礼、しばらくお待ち願えるか?」
「はい、承知しました」
「なんだ? ラミィ」
「団長。最近、各商会がこの開拓村へ訪れる理由、分かっていますか?」
「いや、分からんな」
「この開拓事業、後数年で王都まで開通することが周知の事実となりつつあります。実際、そうですよね?」
「ん……まあな。今の感じだと三年もかからんかもしれんな」
「そこで、この村が発展することを見込んで、各商会が今のうちに関わろうとしているわけです」
まるで、餌に群がる獣じゃないか。
「そんなことは分かっている。そんなもの、王国とネイブ領主が勝手なことをさせんだろう?」
「それが、開拓事業の対象地域は、ほとんどがネイブ領で、王国は手出しができない。ネイブ領主も、開拓村はルーセント団長に一任している……開拓後もね。そのように公言しているんですよ」
誰に、いつ公言したんだ?
「……ラシーンめ、また面倒事を。つまり、開拓村も開拓地域も俺が権利を持っていると……?」
「その通りです。責任重大ですね、団長」
「何でこうなった……。これは、考える以上に厄介だぞ」
「ゴサイ村が領になるかもしれませんね! 領主さん」
りょ、領主だと!?
「おい! ラミィ、冗談はやめてくれ……あー、頭が痛くなってきた」
「冗談じゃないんだけどなぁ……」
確かに、ラシーンがよく言っていたな「お前も一度領主をやってみろ」って。
あれは、この含みがあったのか?
そして、こうも言っていた「新参の領主は誰も相手にしてくれない……お前が、どっかの領主をやってくれないか?」
ラシーンよ、どこまで考えている?
「待たせて悪いな、ベンモ殿。話は分かった、検討はするが今はその余裕が無いんだ」
「分かりました。後日また伺いますので、ご検討下さい」
ふぅ、帰ってくれたか。
あの感じじゃ、また来るだろうな……誰かいないのか、この件を解決できる奴が。
そうだ!
ウォルターやルブラインさんはどうだろうか?
「ラミィ、ラミィ!」
「なんですか、団長」
「なあ、ウォルターは、なんて言っている? アイツも商人だろう?」
「夫は、公私混同はしません。それに、開拓村で何かをするつもりも無い……と」
「はぁ……何でだよ、やり手じゃないのか?」
「知らないわよ! 開拓村の将来はかなりの規模になりそうだから、自分の手に負えないって!」
ウォルターでも手に負えないって?
どんな規模になるんだ、この村は……。
「そんな……じゃあ、ルブラインさんはどうした?」
「さあ? お店にいるんじゃない? 開拓団以外のことを、私に聞かないでくれる?」
「そ、そうだな。ちょっと行ってくる!」
まずいぞ、俺の知らないところで、こんなに大事になっていようとは……。
王都のしがらみが嫌で田舎に引っ込んだというのに……これじゃ本末転倒だ。
いつからだ?
何が起こっている?
落ち着け。
俺は、一生懸命任された仕事をやっていただけだ。
それも、荒くれ達をまとめ上げ、開拓速度も上げて……クソッ!
厄介ごとの匂いしかしない。
「ルブラインさん! ルブラインさんはいますか?」
「どうしたんですか? ルーセント団長」
む……少し、疲れた表情だ。
「おお! ルブラインさん、少し相談があるんですが」
「では、こちらへどうぞ」
応接室か、意外と広いな……いや、そんなことはいい。
「ルブラインさん、この開拓村の状況は知っていますか?」
「……状況というと、度々、商人が入り込んでいる状況の事を言っているのですか?」
やはり、知っていたか。
「ん、まあ、そうなんだが……実際、ルブラインさんはどうするんですか?」
「私の拠点はあくまでも王都です。ここだけの話にして頂きたいのですが……」
今更かしこまって、何があるのだ?
「ああ、分かった」
「私は、かつて前妻の商会で腕をふるっていました。妻を亡くしてからは、絶望しこの村へ受け入れてもらい、トリファを授かりました。ゴサイ村の皆さん、団長には大変お世話になりました……」
「どうしたというんだ、ルブラインさん……まるで、ここを去るような言い回しじゃないか」
「一度、絶望した私が、ここまで希望を持てるようになったのも皆さんのお陰です。この度、すでに崩壊してしまった前妻の商会、ハーニック商会を復活させるべく、王都へ進出します」
「なんだって!? ルブラインさん、村を出るのか?」
「はい。息子も王都にいますし、トリファも王都の学校です。後は、私たち夫婦だけ……王都の拠点も準備しておりますので、まもなく向かうこととなります」
「なんてことだ……店は? 店はどうなるんですか?」
「私の店はそのまま営業しますので、今まで通りです。人はうちから派遣します」
ひとまず、最悪のことは免れた……しかし、事実上撤退か。
「では、この開拓村の件には関わる気が無いと……?」
「そうですね、どの道、初めは小さな商会です。この村の王都開通後の規模は、大手商会じゃないと手に負えないでしょう」
「そうなのか……」
「ルーセント団長。私は、受けた恩は必ず返します。商会のことではあまり力になれないかもしれません。でも、人脈はあります。王都へ行ったら、イロハ君の力にもなりましょう。もしかしたら、彼が何かしてくれるかもしれませんよ?」
「イロハが……? アイツは学校だから、そんな余裕は…………あっ! そう言えば!」
「どうしたんですか?」
「ルブラインさん、クリニア商会のグリフさんを知っていますか?」
「ふむ。グリフと言えば、慧眼……の奴ですね。彼の先を見通す目は素晴らしい。だが、あまりにも潔癖というか、清濁併せ呑む人間ではないため、商会はやや衰退傾向にある……」
つまり、落ち目ってことか?
「そうか。でも、悪い人間では無いんですね?」
「私より潔白な商人ですよ。彼ならこの村も安心ではありますが……クリニア商会が動くとは思えません」
だよな……。
「俺もそう思うんです。騎士団にいた頃、何度か見かけたことはあったが、確実に勝てる手堅い商売しかしない印象だった」
「では、なぜその名前が挙がったんですか?」
「それは……イロハが王都へ向かう時、話をつけてくると言ったんだ」
言ったよな? 確かに言ったはずだ。
「ほう、イロハ君がですか。それが本当なら楽しみですね、父親として、団長として」
「ああ……大丈夫なんだろうか、イロハ」
「イロハ君なら大丈夫ですよ。きっと父親という近しい立場だから分かり辛いのだと。意外と能力を隠し持っているかもしれませんよ? うちのトリファも言っていましたし」
トリファちゃんが? なにを隠し持っているって……?
あの不思議なスキルのことかもしれん。
「うーむ。父親なら我が子を信じるべきですね」
「私も、商会が軌道に乗ったら、よろしくお願いします」
「もちろん、ルブラインさんなら大歓迎ですよ」
「その時は、ルーセント団長も領主様かもしれませんね?」
「勘弁してくださいよ。ルブラインさん、今日は、ありがとうございました」
俺は、ルブラインさんの店を後にした。
ゴサイ村を一つの領になるまで発展させて、王国の中心地にしてみせる。
まさか、あの時の言葉が真実味を帯びてくるとは……。
「団長! 団長!」
ふぅ、また来客か……。
読んでいただきありがとうございます。
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