九十七話 お食事会
ギレットは、俺に後は任せたとばかりに帰っていった。
さーて、約束を取り付けますかね。
どちらにしろ、明後日が合格発表なので、明日はやることが無い。
思春期ボーイのギレットを応援しようかね。
ちょうど夕食時なので、せっかく食堂にいるし済ませておくか。
「おばちゃーん! 夕食お願いします!」
夕食を終えて、部屋へ戻る時に二人と出会ってしまい、再び俺の部屋へ。
……なんでこうなる。
「テリア、ロザ。いつも、いつも、なんで僕の部…………いや、なんでもない」
おっと、いつもの調子でいらんことを言ってしまうところだった。
外で会って、俺の部屋へ……この流れは、ギレットにとっても好都合のはずだ! ここは、我慢、我慢。
「えー、いつも何? せっかく女の子が二人も来ているんだから、飲み物だしてよー」
「ちょっと、テリア。イロハ君にそんな言い方はやめなさい」
「だって、イロハが嫌そうな顔してたからさー」
くっ……テリアめ!
ギレットとの約束が無かったら、即刻叩き出しているところだ。
ここは、我慢。
「そ、そーんなことないよ。飲み物だね、取ってくるよ……」
「すみません、イロハ君。私も行きますよ」
それは好都合なんだが……テリアを俺の部屋に一人置いていくのは不安だ。
「大丈夫、すぐ戻るから。ありがとう、ロザ」
さて、どういう風に切り出すか。
あまり長くなると、我慢の限界が来そうだ……。
「おばちゃん、果実水を適当に三つちょうだい」
「はいよー! どうぞ」
早っ! おばちゃん、仕事が早いな。
「ありがとう!」
うーん、あれこれ考えず、普通に誘うべきだな。
俺の部屋から、扉越しにガタゴトと暴れる音がする……なにやってんだ?
……聴力強化!
「……リア! やめなさいって。イロハ君の大事なものかもしれないでしょ!」
「大丈夫だって。ただの箱じゃん! 何が入っているか、気にならないの? ロザは」
「う、でも……やっぱり、ダメッ!」
「ウチは、謎の箱があったら中を見たいと思っちゃうの! じゃあ、ロザはあっち向いていていいから。もう、この紐、なんで取れないのよ!」
……なんて奴だ。
ふむ、そういう事なら、これを利用させてもらおう。
「そういう事じゃないでしょ! 怒られるよ、イロハ君に……」
ガチャッ!
「……何を、しているのかな? テリア」
「いや、これは、その……」
「私が悪いんです。ごめんなさい、イロハ君……」
テリアが持っている俺のお宝ボックスを、ロザが取り返そうとしている図……。
人の物を勝手に触りやがってからに。
「テリア。まさか、僕に飲み物を取りに行かせて、その隙に僕の宝物箱を勝手に開けようとしているのか?」
「あ、いや……ウチは、その……えへへ」
「イロハ君! 私が、その箱を見て、なんだろうねって言ってしまって……ごめんなさい」
「とりあえず、テリア。その手に持っている箱を戻そうか」
「はーい。ご、こめんねー! そんな大事なものとは思わなくって。勝手に開ける気は無かったのよ?」
お前みたいな奴がいるから、ミネさんにもらった紐で括って、無生物強化をかけているんだよ。
まあ、五時間ほどしか効かないが、無いよりはましだ。
「ふーん。ここには、謎の箱があったら中を見たいと思っちゃう……とか言う奴がいるようだが?」
「な……! き、聞いていたの? 盗み聞きしてるー!」
盗み聞きとは失敬な。
「だから? 僕の部屋の音を僕が聞いて何が悪いのさ」
「ほら、テリア。イロハ君にちゃんと謝りなさい!」
「ご、ごめんなさい」
「……ま、いいよ。次やったら、通報な」
「つ、通報って、そんな悪いことじゃ……」
この子、善悪の区別がついていないのか?
先生とやらは、何を教えているんだよ。
「悪いに決まっている。他人の部屋で物色して、勝手に箱を開けようとする。完全なる泥棒じゃないか」
「……はい。すみませんでした」
「分かればいいよ。今後は、そんな事をやらないようにね。テリアには、犯罪者になってほしくないから」
「私も、ちゃんと止めなかったのが悪いと思っています……」
「ロザは、止めていたでしょ?」
「いえ……正直に言うと、私も中を見たいと思ってしまいました。だから、テリアと同罪です。ごめんなさい」
ロザ……そこは、思っても言わないのが普通だぞ? この子も違った意味で、常識がズレていそうだ。
「やっぱりね! ウチも思ったんだ、ロザも見たいんだろうなーって」
テメーは、少しくらいは反省しろって。
「ふぅ……やっぱ、通報するか?」
「「ごめんなさいっ!」」
さて、じゃあ、ここからは俺のターンだな。
「よし、いいだろう。じゃあ、俺の頼みも聞いてくれるよな? お二人さん」
「え……イロハの頼みって?」
「はい、なんなりと言って下さい」
「あのさ、二人には明日の夜、食事に付き合ってほしいんだ。もちろん、食事代はこちら持ちで」
「えー! ご馳走してくれるの? 行く! どこのご飯?」
「あの、食事なら私たちが出しますよ?」
「いや、その食事会なんだが、友達も来るんだよ。いいかな?」
「いいよー! 美味しいご、は、んっ!」
「イロハ君の友達ですか? 誰でしょうね」
「試験の時に二人は会っているぞ? 実技試験終了後にいた赤い髪の奴、ギレットって言うんだ」
「はい、ギレットさんですね。覚えています」
「誰だっけ? ウチは、覚えてないなー」
おめーは、なんにも覚えていないやんけ。
「明日になれば分かるさ。そんなことより、この食事会は、二人の僕に対する償いも含まれているからね? 特にテリア。ちゃんと良い子でいてくれよ」
「はーい、分かってるって。そのジレット君が、ウチらとお話したいんでしょ? 可愛いから」
誰だ? その髭が剃れそうな奴は。
しかし、テリアは勘がいいのか悪いのか、よく分かっているじゃないか……本能だな。
「まあ、そうだな。頼むから、僕の顔を潰さないでくれよ? それから、ギレット君だ」
上手いこと口実が出来てよかった。
俺も、頼まれたことはやったし、後はギレットが頑張るだけだ。
この後も、俺のお宝ボックスの話やら、延々と雑談が続いた……これ、明日もやんの?
◇◇
ギレットには上手く伝わったようで、すぐさま返事が来た。
何気に宿のおばちゃんって有能だ。
ギレットの返事というか、計画では、まず指定の場所で食事をする。
その食事の席で、雑談をする。
その雑談中に、俺が上手く言ってギレットをトクトク亭へ誘う。
食堂で話すのもってことで、俺の部屋へ行こうと二人を誘う。
そこで盛り上がって、ギレットという男を覚えてもらう。
以上が今回の計画らしい。
俺ばっかりやないか、なんて勝手な奴だ……当然、自分でやれと手紙を突っ返した。
お膳立てはやった、後は自分で道を切り開けばいい。
さて、時間もあることだし、久々の訓練でもするかな。
◇◇
時刻は夕方五時前。
汗を流して、さっぱりしたところで、食堂を横切ったんだが……。
ブカブカな白い服に身を包んだ、赤髪の坊ちゃんが立っている。
……完全にやっちまっている。
「えー、まだ時間あるし、着替えて来いよ……その、ギレット」
「やっぱ、白は派手だったか?」
派手というか、まるで七五三のお坊ちゃんじゃないか。
「そ、そうだな。さすがに、もっと普段着の方がよくないか? 後で、僕の部屋で話すんだろ? くつろげた方が仲良くなれるかもよ」
「おー! そんな考えもあるのか! ありがとう、イロハ。俺、着替えてくるわ」
「そんなに急がなくてもいいんじゃないか? まだ、一時間以上あるんだぞ」
ええ、待ち合わせは六時半なんです。
じゃ、俺も部屋に戻って少しくつろいでから準備するか。
時刻は六時二十分、待ち合わせは六時半。
今、食堂にいるのは俺一人……十分前なのになぜ誰もいない。
食事の予約先は『ダイコースト』という、王都では中級のお店らしい。
なんでも、ウエンズ産の香辛料をふんだんに使った料理と聞いた。
あー、そんなこと考えているとランラン亭の料理を思い出す。
グランさんの料理美味しかったもんな。
ウエンズでの思い出を振り返っていたら、ロザがやってきた。
「イロハ君、お待たせしました。テリアももうすぐ来ます」
「誰も来ないので、待ち合わせ時間を間違えたかと思ったよ」
「おまたせー! あれ? ギレット君はいないの?」
「おー、テリア。そうなんだよ、一時間ほど前には会ったんだけどね」
「じゃさ、ウチらで先に行こうか?」
「そりゃ、あんまりだぞ。だいたい、この食事会は……」
「おーい! イロハ、表に客車の手配をしていたんでちょっと遅くなった」
「本当だ……」
まさか、ここまでするとは。
コイツ、結構なお坊ちゃまなんじゃ……。
「イロハの友達のギレットです! ロザエネさんにテリアーナさんですね? どうぞ、客車へ乗ってください」
俺は……?
「はーい、お邪魔しまーす!」
「ありがとうございます」
そんなこんなでやってきたお店、ダイコースト。
スパイシーなオオエビエビちゃんに、貝やイカみたいなやつと芋かな? 米の入っていないパエリアみたいな感じの食べ物や、スパイシー蒸し鶏とか、食欲をそそるメニューだった。
一応、ギレットを宿へ誘導する役目だけは頑張った。
あとは、自分で何とかやってくれと思っていたら……。
「あー、お腹いっぱいになったね! みんなでイロハの部屋でくつろぎたい」
テリアが、知ってか知らずか、絶妙なアシストをしやがった。
すかさず、俺はギレットに目で合図する、便乗しろよと。
「そ、そうだねー。じゃ、俺もお邪魔しよっかな? いいよな、イロハ?」
「みんなでどうぞ。じゃあ、四人分の飲み物でも持ってくるよ」
うん、自然に上手くいったぞ? ということは、ミッションコンプリートだろ、これ。
「……イロハ君、私も一緒に行きます。この前は手伝えなかったから」
「そうか? じゃ、お願いしようかな。二人は先に行ってて」
ふぃー、長い任務もこれにて終了じゃ。
やっぱり、こんな役目はあんまり得意じゃないな。
「おばちゃん! 果実水を適当に四つねー!」
「はいよー! かーらーの……どぞっ!」
だから、早すぎるだろって!
「ありがとっ! じゃ、ロザが二つ持って」
「はい」
「そう言えば、今日の食事会はどうだった?」
「美味しかったですよ。それに、お友達もできましたしね」
「そりゃよかった。ギレットが、二人と友達になりたいって言ってたから、合格前にちょうどいいかなと思って」
「イロハ君は、合格が当然のように言うんですね。私は、自信がないです……」
「そういう意味ではないよ。別々の学校に行くかもしれないだろ? 良い奴とは今のうちに仲良くなっていたらいいなってこと」
「そんな余裕は無いですよ。合格発表の前日に一人でいると不安でしたし、みんながいて良かったって事くらいしか……」
「そういうときもあるよな。さ、行こう」
みんなを部屋に招き入れて、二次会スタート。
最初こそ、ギレットもぎこちない素振りを見せていたが、そこはやはり多感な子供、すぐに打ち解けたみたいで楽しいひと時を過ごした。
一目ぼれから始まった食事会だったが、愛の告白なんてことは無く、子供らしくお友達になるというイベントで幕を閉じた。
結局、合格発表前日のプレッシャーなのか……誰も口に出さないが、一人ではいたくないっていう気持ちがひしひしと伝わってくる。
まだ、十歳の子供だもんね、みんな立派だよ。
僕たちは、程よい時間で二次会を終えた。




