八十八話 入学試験:重持久走 その二
次回の投稿は、10/17(木)の予定です。
前方に見える霧のようなものが、よく見ると雨みたいに水が降っている……横からも。
この辺りの人たちはこれにやられたんだ。
「いやー、危なかったな。確か、水にも弱いって言っていたな、この鉱石」
「はい、周りを見たら、鉱石がかなり小さくなっていますね……」
すでにビー玉状態が十数人いる。
ソフトボールくらいの奴は、濡れないところをゆっくり歩いて行くようだ。
「さて、どうするか。何か、防水できるものを持っていないか?」
「持っていないね。ウチは、思いっきり走り抜ける方がいいと思うけど」
テリアは、当たって砕けるタイプだな。
ちょっとは、考えなさいよ。
「私は、風よけのスキルで何とか守り抜けそうです。長くは持ちませんが」
「じゃあ、テリアは迂回しよう。なるべく鉱石に水がかからないように前かがみで行くぞ!」
「うん、分かった」
「ロザは、そのまままっすぐ抜けてくれ。では、後でな」
「はい、行きます!」
ロザは風よけのスキルを使用したのだと思う、鉱石を囲むような感じで一瞬青く光った。
「よし、僕たちも行くぞ!」
「おー!」
まあ、俺は付き合う必要も無かったんだけど、乗り掛かった舟ということで。
迂回ゾーンは、特に何のトラップも無く普通に進めた。
この付近にも試験官が数名いるので、正規のルートではあるのかもしれないな。
しばらく進むと、直線ルートへ向かう道らしき分かれ道に出た。
「どっちに行く? テリア」
こういう道は素直に戻るルートが一番危ない気がするんだよな……。
「もちろん、こっち! 早くロザと合流しなきゃ」
あー、はい。
コイツは、極度の方向音痴だったね。
君が選んだのは、奇しくも俺と同じさらに迂回する道。
「よし、そっちに行こう」
「うわー、珍しくウチの意見を聞いてくれたじゃん!」
「そだね。そんなことより、その鉱石、小さくなってきたな……」
「うん。でも、もう半分くらいまで来たと思うから、これくらい残っていたら大丈夫じゃない?」
「心配ではあるが、どうしようもないもんな。さあ、先を急ごうか」
「あれ? ちょっと! なんでイロハの鉱石は大きいままなの?」
「はぁ? 今頃かよ。こりゃ、俺のスキルで固めてんの。内緒だぞ?」
「ずるーい! イロハばっかり、ずるーい!」
もはや駄々っ子状態や。
「僕個人の能力で勝負してんだよ。あれか、もしかして僕に手伝ってもらいたいとか?」
「……うーん、やっぱいい。ウチも自分で切り抜ける!」
「お願いされても、やらないけどな」
「なーんでー! 優しくないなー、イロハは」
「そんなもん、優しさとかじゃないだろ? 見てるぞ、試験官たちが。不正をしたいのか?」
「そんなんじゃないもん、言い方が優しくないって言ってるの!」
「それは……すまん。じゃ、足に自信のあるテリアよ、一気に合流地点まで走り抜けるぞ!」
「そうね、なにも無さそうだし、行くよー! あ! 待ってー!」
迂回路は、試験官こそいたものの、特に障害になりそうなところは無かった。
恐らく、迂回させたことによる時間稼ぎだと思われる。
テリアと走り抜け、やっとのことで正規の道へと戻ってきたが、ロザはいないようだ。
「ロザ、先に行ったのかな……?」
「分からん。待つ必要もないし、先に行ったんじゃないか? 僕たちも行くぞ、ほら」
しばらく道順通りに進むと、大きな川に細い丸太の橋がかかっている所へ出くわした。
川の下流を見ると、もう少し大きな橋がかかっている。
ふむ、これは渡れそうだが、テリアはどうなのだろうか。
「テリア、これ渡れそうかな? 僕は行けそうなんだけど」
「ウチ、行けるよー! 余裕、余裕!」
そう言いながら、ホイホイ進んで行く。
なかなかやるじゃん!
「僕は、テリアほど早くいけないからゆっくり渡るよ。先に進んでいていいよ、その鉱石も小さくなっていっているからね」
「分かった、先に行くね!」
あっという間に、走り去ってしまった。
まあ、俺はゆっくり進んでいこう。
横向きでバランスを取り……細い棒を渡るときは、足は横向きで肩は正面に向けたら安定するという持論がある。
ふぅ、何とか渡り切ったぞ。
「あれっ? イロハ君。テリアは?」
「お、ロザ。どこにいたんだ?」
「私は、その棒を渡るのが怖かったから、下流の方へ行って太めの橋を渡ってきたの」
「そっか。テリアは、ここを渡って先へ行ってもらった。僕たちと違って、鉱石が小さくなってきていたから」
ロザの鉱石を見ると、俺のより少し小さいくらいで、かなり余裕がありそうだ。
「私のスキルもそろそろ厳しくなってきました……」
「では、先を急ごうか!」
「はい!」
この辺りになってくると、脱落者や、鉱石が無くなり動けなくなった者などがかなりいるようだ。
コース全体の三分の二ってところかな。
しばらく走ると、またもや妙なエリアに出た。
よくもまあ、学園の外にこんなものを作ったもんだ……。
「イロハ君、これって……」
「うん。テリアもいないってことは、ここをそのまま行ったんだろうな。迂回する余裕は無かっただろうし」
目の前には、長方形の大きなため池のようなものがあり、ところどころに安全地帯という名の足場が設置されている。
池の両サイドには、試験官がいるので池の端を行くみたいなズルはできないようだ。
迂回か、ここを飛んで渡るか……。
「私、たぶん飛べないと思います」
ぷっ……すごいワードが出たな。
真面目に言っているから、笑っちゃ悪いが……。
「そ、そうだよね、一個目の足場まで結構な距離があるからね……」
身体強化が無いと厳しそうだな。
恐らく、テリアは身体強化の脚力みたいなものを持っているんだろう。
「もう、風よけのスキルも切れそうで……どうしたらいいと思う? イロハ君」
困ったな。
俺は、正直に言ってどっちでもいいんだが……。
飛べないなら、俺が背負って行くか、迂回するかなんだけど。
協力をしてはいけないとも書いていなかったし、失格になるよりはいいか。
「なあ、ロザ。一応、思いついた案なんだけど、いいか?」
ロザは、明らかに意気消沈した表情を見せる。
「はい……。先に行っていいですよ、私は迂回して向かいます」
決断が早いというか、マイナス思考というか……それは、思いやりではなく罪悪感というものを俺にキラーパスしているぞ?
「ちょっと待て。なんでそうなる? まだ何も言っていないけど……?」
「だって……」
「まず、僕の話を聞こうか。いい?」
「うん……」
「二択ね。僕がロザを背負ってここを渡る。後は、一緒に迂回する。どちらも可能なことを言っているけど、後者は鉱石がどのくらい持つか分からないってところ。どうする?」
「せ、背負うって……私をですか?」
おー、顔が真っ赤だ。
十歳くらいの女の子は、男の子に背負われるのが恥ずかしいのか。
「協力は、不正にならないと思っている。そんなことを書いてもいなかったし、聞いてもいない」
論点を恥ずかしさからずらしてみたが、どうだろうか?
赤面も取れて、うむむ……と悩んでいる様子。
「可能なことって、イロハ君は本当に大丈夫なの? できれば、私のせいで……」
「あー、その辺はいいよ。誰のせいとか、誰のおかげとか、そんなものは考えなくていい。ロザが、今どうしたいのかを知りたい。他の感情は後にしよう」
「………………お願いします。背負って下さい」
「ププッ! 背負って下さいって、面白いなー、ロザは。分かった、僕に任せて」
再び、お顔が真っ赤っか。
「わ、笑わないで下さい……」
「じゃ、乗って」
「はい……お願いします」
クラウチングスタートの位置について状態をキープし、ロザが乗るのを待つ。
「ロザ、両手は鉱石を持ったまま僕の首前に持ってきて肘で固定して。そうしないと落ちちゃう」
「大丈夫? 重くない? 痛くない? 前は見える?」
「心配無用。軽いし、前も見えるし、すぐ向こう側へ着くから、鉱石を落とさないよう大事に持ってな。じゃ行くぞ」
「分かりましたっ!」
身体強化っ!
「一応断るけど、左手だけ太もも辺りを支えるから、勘弁な」
「ひゃっ!」
俺は、ロザを背負って左手でロザの左太ももを支え、右手に自分の鉱石を持つ、体勢上前傾姿勢じゃないと安定しないが、何とかなるだろう。
ロザは俺の首に手を回しつつ、肘で俺の肩に引っ掛け、鉱石を両手で持つ、ちゃんと密着している状態を維持している。
「行くけど、鉱石は落とすなよ」
「はい、大丈夫です!」
準備に手間取った割には、意外とスムーズに対岸へと到着した。
やはり、試験官は一部始終を見ていたが何も言ってこない。
「……ロザ?」
「……はいっ?」
「いや、もう着いたんだけど。降りてくれよ」
「あっ! すみません、ずっと目をつぶっていたので着いた事を気付けませんでした……」
やっと降りてくれた。
子供の体温って暖かいなと思いつつ、ロザの鉱石を見てホッとした。
「よし、鉱石も無事。じゃ、次へ進もう!」
「はい、イロハ君、ありがとう!」
さて、いまのところ三か所になにかしらの罠があり、あっても後二か所くらいと予想すると……。
疑似雨、棒渡り、池飛び、か。
疑似雨は、機転を利かせるかの発想能力。
棒渡りは、体幹を活かす基礎能力。
池飛びは、単純に身体能力。
うーむ……すべてスキルで突破出来たり、迂回して回避という選択もできる。
後は、あるとするなら頭脳系か力系かな?
いずれも、鉱石を濡らそうという意図、それに全部迂回したら恐らく鉱石は崩れると考えられる。
「ここまで来ても、テリアと出会わないな。先に行ったか、あるいは……」
「テリアは、絶対先に行っています!」
「ああ、ごめん、言い方が悪かった。そろそろ、次の怪しい場所に着きそうだ」
まもなく試験官が立っている所に到着。
見たところ、柵があって中は見えないが、ここを通ることになるんだろう。
「イロハ君。この柵ってなんでしょうか?」
「こんなもの、聞くのが早いって。ちょっと行ってくる」
なぜか、多くの受験生らしき人たちが大勢いて、順番を待っている様子。
入り口らしきところが三か所、三列になって並んでいる。
入り口に関係のないところにいる試験官へ訪ねた。
「あの、すみません……」
「はい、何でしょうか?」
「ここを通るには、並ぶ必要があるんですか?」
「私からは、詳しく説明が出来ませんが、皆さんはそこにある立札を見ているようですよ?」
あんなところに立札があるのか……人が多くて、全然見えなかった。
「あっ! ありがとうございます」
なになに……。
ふむふむ…………。
ほほう……そう来たか。
なんと、四番目は……協力、もしくは個の強さってところかな?
「おーい! イーローハー!」
ん?
どこからか、こんなところでモタモタしていてはいけない奴の声が聞こえる……。
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