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鬼神を宿し少女

純白の髪を揺らしながら、振られる腕を余裕ありげに避けてからすこし、少女は後ろに足を引く。

 少女は殴り掛かってきた者に憤慨する様子もなく、ただ楽し気に顔に笑みを浮かべていた。

「徒手空拳は久しぶりだ。お手柔らかにお願いするよ」

 今までは暗がりの中だった二人の顔が雲から出でた月明かりに照らされ、その顔と姿が鮮明になる。それと同時に少女は姿が鮮明になった…顔に刺青の入った男に喋りかける。

 男は少女が話しかけてきたことで目を見開いたが、すぐに少女へかかってこいと指でジェスチャーをした。

 その安っぽい挑発に少女は俯いて苦笑をこぼした、しかしそのアクションで男が一瞬油断した3コンマにも満たない刹那。少女は男のすぐ目の前まで迫っていた。

 まずい、男の本能が咄嗟に腕で急所を防御した。

 本能の行動によって、男は直撃を免れたものの、それでも腕の骨が数本粉砕したような鈍い音が少女にも聞こえるほどに響いた。

 少女は男に迫ったままの勢いでその腕を粉砕させたのだ。

 当然、激痛が男を襲った。しかしその激痛に対抗するようにずるずると少女から離れて、残った足で少女にお返しと言わんばかりに、激痛で支配された脳の残った一部分で考えだして…蹴りを放った。

 その蹴りは少女の右頬を掠ったのみに留まり、急所に命中することはなかった。

 それは少女が男から何かしら反撃が来ると踏んでいたために当たったとはいえ、寸前で避けることが出来たのだ。つまり、もしあと少しだけ、男が工夫を凝らしていれば急所に命中していた可能性がある。

 少女は頬を掠った脚、そして男の攻撃に警戒を強め、過剰といえるまでの距離を取る。しかしあとになって、その判断は正しかった。男は激痛に苦しみ、そのまま失神するものだと見られたが、そのぶらんと垂れ下がった腕をどうにか動かし、来ていたジャケットのポケットから注射器を取り出して躊躇もなく太ももに突き刺した。

 次の瞬間、男の身体はみるみるうちに黒ずみ、一回りほど大きくなってしまった。その背丈は170ほどの丈を持つ少女をしても3回りほど高く、まるで擬人化したゴリラのようだった。

 当然、こんな変化…変態を見せられては驚くのも無理はない。しかし少女は笑みを浮かべていた顔はそのままに、今度はその金色の瞳に眩しいほどに光を宿した。動物などに興味深々で目を光らせる子供のような目とも言える。

「まだ残っていたかぁ…! 『ヴェレヌの秘薬』。これはこれは雪兎戦役以来だよ…ここまで胸がドキドキするのは。

 あぁ…身体が今にでもよじれてしまいそうだ…!」

 少女は先とは違う、血走った狂犬のような雰囲気を纏った鬼神…だろうか。鬼神のような恐ろしいなにかに体の主導権を渡したようにガラッと雰囲気に変わり…いやこの場の空気自体が、爆発寸前の張り詰めた風船に変えてしまった。

 そして少女は突然、化け物から背を向けた。近くの壁に立てかけた男が人間なら使わずに済んだものを手に取る。それは少女の背丈より小さな太刀…少女が本来得意とする得物だ。

 その太刀を鞘から抜き、男だったものに振りかえる。それまで、化け物は背後を向いている少女に手を出さなかった…それは少女の背後に鬼神の影が現れていたからだ。

 しかし当然ながら鬼神はこの世に存在しない。それは少女の恐ろしすぎる気迫が見せた幻覚にすぎないのだ。

 …そんなことを思考する脳を失った化け物が分かるわけもなく、怯え、怯え、手を広げ腹を見せて降伏を示した。

 だが次の瞬間、太刀が『ヴェレヌの秘薬』で修復されたはずの腕を目にも止まらぬ速度で切り落とした。

「こら、勝手にくたばらない♪」

 少女は戦う意思のない化け物に容赦を見せず、一閃の斬撃と共に化け物を殺した。

 化け物の血しぶきが少女の純白髪を朱く、染めていく。まるで白い彼岸花に赤いインクを一滴零したように…。

 

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