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クラスメイトにチューせえへん?って言いました。言われました。

作者: 海月らく

前半男視点、後半女視点です。

よろしくお願いします。


「……チューしてくれへん?」

「ち、ちゅう?」


 とんでもない提案をしたことは自分でもよくわかってる。同じクラスとはいえ、挨拶もほとんどしたことない得体のしれん奴に、まるで消しゴム貸してくれへん?のノリで言われても困るやろ普通。


「そーそー、チュウ。キッス」

「…はっ、長谷川くんてそんな冗談いうんやなぁ」

 阿部さんは俯いて雑巾がけの手を再び動かしはじめた。


 友達を待っとる間、教室で紙パックのジュース飲みながらボケーっとしとったらボケーっとし過ぎて紙パックを落とした。その瞬間タイミングよく阿部さんが通り、紙パックを踏み抜いてぴゅーっとジュースが噴き出した。

 ごめんジュース無駄にしてもて、と阿部さんは別に悪くないのに俺に謝ってきて、掃除箱から雑巾持ってきて拭いてくれた。その上、拭いたらジュース買ってくるとか言うてくれるし、何でそこまでしてくれようとするんやろ。せやったらーー


 俺はまだボケとったんやと思う。だから最近思ってたことが口から出てきたんや。


「いや冗談ちゃうねん」

「冗談ちゃうかったら、その、言うたら悪いけど…キモイで?」

 ススっと後退りする阿部さん。このまま逃げられて女子の中で変質者情報が流されるんは避けたい。


「ちゃうねんちゃうねん、ちょっと聞いてくれへん!?」

 俺、阿部さんの雑巾の端っこ摘んでめっちゃ必死。


「ほら、俺らって多感なお年頃やん。恋バナとかするやん?初恋はいつやったとか誰が好きとか」

「…そやけど」

「何が関係あるんって話やろ、あんねん!」

 めっちゃ真剣な顔作って雑巾を握る。真剣さが伝わったんか阿部さんも雑巾をぎゅっと握り、雑巾がピンと張る。


「俺な、初恋もファーストキスもまだやねん」

「…まだ…」

「せやから知りたいねん!きゅんきゅん甘酸っぱいの!!」

「…きゅんきゅん…甘酸っぱい」

「チューしてきゅんきゅんしてみたいねん」

 マスク姿の阿部さんやけど、マスクの下は絶対口あんぐり開けてると思う。男子ってアホやろ、俺もアホやねん。


「せや、阿部さん付き合うてる人おった?付き合うてなくても好きな人とか。甘酸っぱいのは知りたいけど、ドロドロはまだ俺には早過ぎる」

 アホな俺でも大切なことに気付いた。そこら辺ちゃんとしときたいねん。


「いや……んけど」

「え?」

「付き合うてる人も他に好きな人もおらんけど」

 よっしゃ対人関係面クリア!


「けど、…うちも、した事ないし…」


 俯いて雑巾握る手も、前髪の隙間から見えるおでこも、たこさんウィンナーみたいに真っ赤っかになってしもてる。キモイ言うとった時と全然反応ちゃうやん。阿部さんもまだチューしたことないんやったら、ちょっと悪いかなぁ。今やったらまだ「冗談でした」で許してもらえるかもしれへんな。


「ほな初めて同士、してみーひん?興味、なくはないやろ?」

 アホか俺はーー!!ここは紳士的に引き下がるところちゃうん!?完全に引かれてまうやん!キモイ変質者やん!あああめっちゃ心臓バクバクしとるんやけど!?!?


「っ…ないことも、ない、けどぉ…無理無理恥ずかしい無理や雑巾(あろ)てくる!!」

 雑巾をひったくってパタパタ足音たてて行ってしもた。


 …興味はあるんや。

 阿部さん、逃げてしもたな。そらそうよな、ファーストキス消失の危機やもん。恋人やったり好きなやつやったら嬉しいやろうけど、ほぼ知らん男にチューしてみたいいわれたら逃げるわな。俺も道すがら知らん女にキスしましょって言われたら、言われたら…美人やったりかわいかったらチューするわ!だってチューしたいねんもん!!俺あかん奴やー!!どうせ俺はアホな欲望に忠実な男子なんやーー!!


 まだ心臓バクバクや。

 せやけど、まっかっかな顔を雑巾で隠してた阿部さん、かわいかったな…。



 ◇◇◇



「…バレたかと思ったぁ」


 トイレの手洗い場まで走ってきて思わず声に出た。目の前の鏡には恥ずかしいほどに真っ赤な顔した私がうつる。誰とも会わんくてほんまに良かった。

 クラスメイトの長谷川くん。1年も2年もクラスちゃうし、出席番号順では全然離れとるし、今まで絡むことも無かったけど、前から存在は知っとった。気になっとった。唇が。


 薄すぎず分厚すぎず、乾燥知らずの瑞々しくてきれいな形の唇!から覗くきれいな歯並び!口角が下がってないのも尚のこと良し!!


 ふぅ。何を隠そう、私は唇フェチ。と言っても、比較的最近目覚めた新参者。

 近年のマスク生活に慣れ、他人の口元を見る機会がぐんと減ったことで、普段見えない部分を見て興奮してしまうようになった。私、変態かもしれへん。


 去年の放課後、よその教室の前の廊下を通ってたらストローでジュース飲んでる男子が目に入った。チラッと見ただけやけど、ドストライクな唇にストローくわえてんのがめちゃくちゃセクシーに見えて、内心狂喜乱舞した。それが長谷川くんやった。また理想の唇を拝みたいがために、用もないのに長谷川くんの教室の前を通ったり、自販機の近くで待ち伏せしてみたり、ストーカーみたいなことしとった。私、変態かもしれへん。


 3年で長谷川くんと同じクラスに。

 神様ありがとう!これで受験も頑張れる!いや待てよ、アカンもう運を使い果たしたわ、受験ヤバイかもしれん。とか思ってたけど、ほんまにヤバいのは推し唇の供給過多やった。


 ストーカー時代はいうても毎日のことちゃうし、毎回見れるわけでもないし、週1回見れたらラッキーくらいなもんやったけど、今はマスクは個人の判断に委ねられて、委ねられた彼は割と外してることが多くて、その度に興奮してまう私は見たいのに見られへんジレンマに陥った。

 欲望としては、じっくりと観察したいし写真に撮って待受に設定したいし、なんのリップ使ってんのか知りたい。

 実際の私は、近くやったら0.7秒くらいが限界やからチラ見ばっかりやし、畏れ多くて話しかけられんし、その麗しい唇を守るためにマスクしといてって思ってる。


 そしてほぼ初めてに近い会話がアレで。

 唇見てたんがバレたんかと思って焦った。


 忘れ物を取りに教室に行くと、後ろ姿の長谷川くんがストローのささった紙パックのジュースを手にしていた。

 ストローくわえてるセクシー唇が見れるかもしれん!と長谷川くんの横を通る瞬間、紙パックは落ち、勢いよく私はそれを踏んづけた。

 ジュースを無駄にしたこともあるけど、ストローくわえるシチュエーションを無駄にしたことが自分で許せん。長谷川くんにはジュースを飲んでもらわんと!って思ったのに。


「…チューなんか、出来るわけないやん」


 推し唇を私の唇で穢すなんか考えられへん。

 …いや半分ウソや。触ったら柔らかいんかなぁって考えたことあるわ。

 そやけどそれは指で触るってことで、キスとは違うっていうか、うわぁ!あかん!想像してまう!!


「雑巾洗わな!雑巾!雑巾!」


 雑巾を擦りながら落ち着こうとしたけど、動悸はなかなかおさまらんくて、おさまったころにトイレを出ると長谷川くんは友達と一緒に廊下におって、「雑巾ごめんな、ありがとう!また考えといてな、バイバーイ」と形のいい唇を惜しげもなく動かすと、ずらしたマスクを戻して帰ってった。


 おさまった動悸が戻ってきたやん。長谷川くん、ズルすぎるわ…。





お読みいただきありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 血迷っていると言わざるを得ない題名や冒頭の台詞に思わず吹き出してしまいました。 そんなボケた発言をするに至った経緯や会話も含めて全編が関西弁というのもあって、二人の表情やテンションの激しさ…
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