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めすがき聖女


「おいおいおい、こんな道端で突っ立ってんじゃねえよ。邪魔だボケ」


 いつの間にか俺たちの周りには人垣が出来ていた。

 敵意の視線を感じる。


「アミド先生が学校やめたのはお前のせいかよ!」

「お前が悪いんだ!」

「なんでアミド先生がやめなきゃいけなかったんだよ!」

「おい、落ちこぼれ聖女がいるぞ。こいつは帝都城の笑いものなんだぜ」

「あとで本物の聖女様に挨拶しに行かなきゃね! 聖女様と同じ学校に通えるなんてすごく幸せよ」


 話の流れがよくわからない。

 俺もレネもジゼルも困惑している。カリンだけが苦笑いをしていたのであった。


 俺はカリンの腹を肘で叩く。


「ぐひっ⁉ あ、あんた強すぎるわよ。私じゃなかったら死んでたよ!」

「説明しろ」

「う、うん、こいつらはアミド親衛隊の奴ら。学校の聖女主義者というか、リア充主義者というか厄介な奴らが徒党を組んでるの。私はジゼルがこいつらに絡まれないように護衛をしてるんだ」

「……勇者115位なのに護衛が仕事か」

「わ、わるい! だってわたしバカだもん!」

「自分を卑下するな。お前は確かに馬鹿だ、しかし勘の鋭さだけは神がかっているだろ」

「え、えへへ、褒められた」


 人垣を割って入る男女の姿が見えた。

「あっ、聖女様!」

「聖女様が降臨なさったぞ!」

「みんな敬礼しろ!」


 先程生徒に囲まれていたもう一人の聖女。……それと俺の幼馴染のルアが現れたのであった。


「ルアはアミド親衛隊のリーダーだよ。で、今は聖女の面倒を見てるの」


 カリンが俺に耳打ちをする。

 あのバカ、変な派閥に入り込んで……。


 もう一人の聖女は俺たちを完全に見下していた。ゴミを見るような目つきであった。


「ルア、これがあなたの幼馴染? ふーん、いい感じの老け顔ね、渋くて悪くないわ、ワンポイントの白髪も高評価よ。特別にあなたの事を『先輩』と呼んでもいいわね。……でも悪い虫が付いてるわね」


「は、はい、仲良くしないように言っておきます……。カーウィ、こっちに来てほしいな、お話したい事もたくさんあるし……」


 俺の嫌いな目つきだった。同情、哀れみ、そして罪悪感――

 大丈夫だ、俺は何も感じない。

 俺が首を横に振ると聖女の目つきが変わった。

 これは魅了の魔力? いや、違う、固有スキルか?

 恐ろしいまでのプレッシャーが俺に襲いかかる。


 聖女は甘い声で俺に囁いてきた。


「せんぱーい、あたしと一緒に仲良くしましょ? ほらほら、あんな事やこんな事もなんでもしてあげるわよ。あっ、せんぱいがエッチな目つきで見てる〜」


 ……何故せんぱい? いや、俺はせんぱいなのか……。そうだ、こいつは意地悪でエッチな可愛い後輩で……。

 頭にモヤがかかった状態となった。

 知らぬ間に俺は聖女の胸に向かって手を伸ばそうとしていた――

 が、俺のうちに秘めた鋼の精神力で聖女の誘惑を断ち切る。


「違う、俺は先輩ではない」


「うふふっ、先輩ったら素直じゃないんだから……。いいわね、気に入ったわ。もう少しスキル(メスガキ)の力を強めようかな?」

「カーウィ、お願い。逆らわないで。こっちのグループに入ったら楽しくてラクな学校生活をが送れるよ……」


 ふと、ジゼルが苦笑いをしていた。聖女はジゼルの事を見ていない。そこに存在していないかのように振る舞っている。

 同時に転移されたということは同じ場所から来たはずだ。


 二人がどんな関係性かわからない。関わる必要がなかったが、俺はジゼルと友達になると誓った。


「――約束は守るためにあるものだ」

「あ……」


 俺の呟きにルアが反応をする。捨てられた子犬のような瞳で俺を見ている。


「あらあらあら、せんぱいは性悪落ちこぼれ女が好きなんですか〜? 大事な大事な幼馴染ちゃんのことはもういいの?」


 名前も知らない聖女が突然ジゼルの顔を平手で叩いた。

 意識の外からの攻撃――

 まるで時間が切り取られたかのような動き。

 偽勇者のおれでさえ反応できない速度、いや、速度の問題ではない。認識が出来なかった。


 ジゼルは声もあげなかった。日常で起こりうる出来事、そんな様子を感じさせる――


「ジゼル、落ちこぼれのくせに生意気なのよ」


「くるっくーー!!」


 聖女が再び手を振り上げようとしたその瞬間、レネが身体を回転させて聖女のほっぺたに向かって平手打ちをかましたのであった。

 ガチンッというすごい音が鳴り響く。


「ジゼルはわたしの友達なんだからね! やられたらやり返すのがカーウィ隊の心得だから!」


 聖女はよろめきルアがその体を支える。

 おい、カーウィ隊とは一体? いつのまに名称ができたのか?


「だ、大丈夫ですか、聖女様! わ、わたしが処罰を与えます」

「あーー、別に痛くないからいいわよ。それに子供がじゃれてきただけでしょ?」

「え、あ、は、はい……」


 レネの一撃は低位勇者なら致命傷になるほどの威力であった。攻撃が通っていないだと?


 聖女はレネに向けて妙な眼差しをしていた。……哀愁? 困惑? 悲しみ? 親しみ? 愛おしさ?


「……そっか、今回はそっちなんだね」


 それも一瞬の事で、意味がわからない事を呟き意地悪そうな目つきに戻る。


 聖女がおかしな足さばきで俺に詰め寄る。顔と顔がくっつきそうな距離であった。

 目をそらせない。そらしたら殺られる、そんな空気を身にまとっていた。感覚的には魔神と対峙したときのプレッシャーと変わらない。


 甘い吐息が俺の髪をたなびかせる……。


「せんぱ〜い、困ってる事があったら、あたしの言ってね? あたし、寝取りもイケる口だからね」


 聖女が俺の義手を触った。その時俺の身体に異常が発生した――

 身体の魔力が暴走している。抑えきれない力が右手に集中する――


「くっ、静まれ……、俺の右手よ」


「うわぉ、中2っぽくて素敵じゃんせんぱい。えへへ、またあとでね……ちゅっ。あたしの初ちゅーだよ」


 聖女が俺の眼帯に口づけをした。

 尋常じゃない痛みが俺に襲いかかる。

 眼帯の封印さえも解けそうになる――


 こんなところで暴走するわけにはいかない。これ以上寿命を縮めるわけにはいかない。


 顔を上げるとルアと目があった。なんでお前はそんなに悲しそうな顔をしている。

 俺が、嫌い、だったんだろ……? なら、心配せず、俺と、関わるな――



 ****



 目が覚めると知らないベッドの上であった。

 精神を統一させて身体の異常を調べる。

 ……なんとか暴走は抑えることができたか。


「おう、やっと起きたか。入学式は終わって授業が開始してんぞ」


「ピオネ?」


 ピオネが白衣姿でベッドの横に腰をかけていた。白衣の下はこれまた薄い下着同然の布切れであった……。


「あーー、俺が保健室に運んだんだよ。メスガキ聖女の魔力に当てられたんだろ? ったく、初っ端から問題起こしやがってよ」


 そうか、ピオネが俺を助けてくれたのか……。

「助かったピオネ。この礼は必ずする。……レネたちは?」

「安心しろ。レネと転移者はちゃんと入学式に出て今頃授業受けてんだろ」

「そうか……」


 ベッドから降りた俺にビオネが手を差し出す。俺はその手を握り立ち上がる。


「もう回復してんだろ。まあ色々話しながら教室行こうぜ」

「むっ、仕事はいいのか?」

「あん? 仕事しに行くんだよ」


 ピオネはニヤリと俺に笑いかけた。


「俺が先生だよ、よろしくな!」

「……いや、それは勇者の無駄遣いだろ」

「気にすんなよ。アドバイザーみたいな副担任だからな! てか、カーウィ――」

「ん? なんだ?」


 ピオネが突然俺を抱きしめてきた。温かいミルクみたいな甘い匂いがする。優しくて柔らかくて……、まるで、お母さんみたいで……。


「……入学おめでとう。やっと学校に通えるな。これから色んな事が起きると思う、力も隠さなきゃいけねえし、面倒な事が沢山あるし、魂の欠損も直さなきゃいけねえし、聖女に目をつけられちゃったし、けどな、全部楽しんでくれ。それがお前の青春だからな!」


「……ありがとう」


 妙な感情が心の奥から湧き上がる。久しく忘れていた感情。それが何か今の俺にはわからなかった。

 だけど……、きっと分かる日が来ると思う事ができた――


「あ、ちょ、いい加減離れろって! む、胸が当たってるだろ……。…………聞いてねえな、まあいいか」





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