異世界の女の子
試験会場に着くと大勢の試験生が整列していた。
試験内容は簡単だ。試験官と戦い、勇者としての力を示す。
普通の学生の目標は勇者学校に入り、見習い勇者として経験を積んで本物の勇者を目指す事だ。
……俺たちの目的は違う。
勇者になれば大きな権限を持つことができる。一般人が入ることができない施設(ダンジョン、魔境)にも立ち入りができ、海外に渡航することも出来る(一般人の渡航は禁止)。
俺たちの寿命がどれくらいかわからないが、残り少ないのは確かだ。
欠損した魂を修復するための術を見つけて――
と、その時一人の試験官が俺に近づいてきた。
「ひ、久しぶり、そ、その、カーウィでいいのよね?」
姉であるアミド。まさか試験官をしているとは思わなかった。学校所属の勇者として雑務をしているとは聞いていたが……。
「じ、実はわたしたちの家は……、もう私とあなたしかいないのよ……。そ、その、二人だけの家族だから仲良くしましょう。そうだ! 今日は帰還祝いにパーティーをしましょ! とびっきりの料理を用意して屋敷で待ってるわ――」
両親が死んだことは聞いていた。正直憎しみの対象でしかなかった。殺したくて殺してたくてたまらなかった。だが、そんな些細なことは途中でどうでもよくなった。
死んだと聞いたときも何も感情が浮かばなかった。
あの人たちは俺にとってただの他人だったんだ。
今目の前にいる姉も両親と変わらない。俺にとっての家族は仲間たちだけだ。
待機列の前方で俺に向かって手を降っている女の子の姿が見えた。
研究所の生き残りであり、俺とともに地獄を経験した女の子、レネ。
同世代よりも小さな身体は人体実験の影響だ。
レネは満面の笑みを俺に向ける。俺はその笑顔を見ると、あの地獄を生き抜いたかいがあったと思う。
「あっ、少し笑ってくれた? ふふ、やっぱり家族だもんね。あなたの大好きなステーキを用意しておくわ。好きだったでしょ?」
姉はなにか勘違いしている。
俺の晴れやかな気持ちが薄らいでしまう。
それに――
「……味覚なんてもうない」
「えっ……」
「何を食べても味なんてしない」
「あ、うぅ、そ、そんなことは……、でも」
姉の戸惑った声が聞こえた。その目には同情と哀れみと罪悪感を感じ取れる。俺が一番嫌いな感情だ。
姉は何か言葉を発しようとしているが、声になっていない。
「あーー!! ここにいたのか! 君は特別にこのカリン様が試験をしてやるんだぞ! ん? アミドちゃんどうしたの? 定位置に戻ってよ」
勇者ランキング115位のカリンが俺たちに近寄ってきた。……おい、俺たちが知り合いっていうのは隠しているんだろ。
俺がカリンに目配せをすると、カリンは「あっ」と呟いて笑って誤魔化した。
「あ、あははっ、試験番号3番の、えっと、カーウィ君だよね? は、はじめまして。えっと、もうちょいで試験始まるから待っててね!」
カリンが姉の手を引っ張って奥へと消えていった。
俺の心は特に何も感情が浮かばなかった――
****
待機列が少しずつ減っていく。試験が開始されたからだ。
この試験は見世物ではないが、今後試験を受ける勇者候補のために水晶配信されている。
ロエンいわく、手を抜いてほしいとのことだ。
俺たち偽勇者は帝国の暗部であり汚点だ。少しでも違和感を与えたくないらしい。
俺の相手はカリンだ。……制限された力を測るのにはちょうどよい相手だ。
カリンの本来の実力は勇者ランキング50位以内であろう。
だが、カリンは頭がすこぶる悪い。ゴブリンとオークの区別がつかないほど頭が悪い。回復薬と毒薬を間違えて飲む時もあった。
そのせいで100位近辺をうろついている。
と言っても100位は帝国内でも化け物じみた存在として認識されている。この会場で俺とレネ以外でカリンに敵うものはいない。
「うぅ……、き、緊張するな〜。えっと、魔力を手のひらに溜めて、銃を撃つみたいな感覚で……」
俺の後ろにいた女の子がブツブツと呟いている。
前を見ていないのか俺の背中とぶつかる。
「キャッ! ご、ごめんなさい! き、緊張しちゃ……、えっ……、君は――」
振り向いた女の子と目があった。面妖な格好をしている女の子であった。子供の頃の水晶通信で海外の特集をやっていた時がある。その時の住民の服装みたいだ。
足が太ももまでさらけ出しているズボンに何の素材かわからないツルツルテカテカした派手なジャケット。悪くないセンスだ。嫌いではない。
……胸を隠している下着同然の服を除けば。
女の子は目があったまま動かない。俺の容貌に驚いているのだろう。義手に眼帯だ。見た目も老け込んでいる。
「わ、わわぁ……、すっごく綺麗な魂……。こんな人初めて見た。それに、こんな中2ファッションに人いるんだ! すっごい!」
「ん、んん? ど、どういう意味だ?」
侮蔑の視線でもなく、哀れみでもなく、同情でもない。ただ純粋な好奇心と正の感情を感じられる。
「その真っ白なマントってどこで売ってるの! 超似合ってるよ! 眼帯の文様もキレイだし、ね、ね、義手もカッコいい!」
「そ、そうか。あ、ありがとう、でいいのか?」
このマントは偽勇者の仲間たちが買ってくれた物だ。俺が研究所での偽勇者たちのリーダーであったからだ。
女の子の目はキラキラしていた。人の美醜はわからないが、客観的に見てきっと綺麗な子なんだろう。
「こちらこそありがと。なんだか緊張が飛んでいったよ。あっ、私の名前はジゼル! えっと、異世界から来たんだ」
「異世界……。ふむ、そういえば帝都城で召喚の義があったことは聞いている。確か二人の聖女を召喚して――」
「えへへ、私はね、出来損ないの方なんだ」
ピオネからその話は聞いた事がある。一人の聖女を召喚しようと思ったら、手違いで二人を召喚してしまった。
聖女の適正があったのは片方だけ。もう一人の評判は聞いたことがない。しかし、普通の被召喚者であったならばこんな試験を受けるはずがない。
帝都城で丁重な扱いを受けているはずだ。
聖女候補が何故勇者試験を受ける? ……俺には関係ない事か。
「……俺はお前が出来損ないか知らない。自分で自分の事を卑下するな。この場に来ている時点でちゃんとした力があるはずだ」
ジゼルと名乗った女の子が目をパチクリさせて俺を見ている。こんな風に見つめられるのは慣れていない……。
「ほわぁ〜、そっか、そうだよね。……うん、わたし試験頑張る!」
だが、先程の魔力の扱いを見ると素人と変わらないレベルだ。
俺はほんの少しだけ考えてジゼルの手を取った。
「わ、わわぁ! 大胆過ぎるって!」
「違う、勘違いするな。……魔力の流れがおかしい。何か異物が力をせき止めている。……これを破壊すれば――」
細い腕につけられている腕輪。そこから感じる違和感。魔力の流れに異常を発生させる魔導具だ。……これと同系統の型を研究所で見たことがある。奴隷に使用するものと変わらない……。
俺はその魔導具に触れて自分の魔力を注入する――
ガラスが砕けるとような感覚が手に伝わる。
これで問題ない。
それにしても――
「よくその状態で立っていられたな」
「わ、わわぁ、頭が痛くなくなった……。身体も軽くなった……。すっごい、お兄さん魔法使いみたい!」
ジゼルが俺の手をブンブンと振り回す。……魔力の流れの異常はとてつもない苦しみを伴う。立っているだけでも辛い症状だ。すごいのはこの子だ。
「別に構わん。このマントをカッコいいと言ってくれたお礼だ」
と、その時受付が俺の番号を呼んでいるのが聞こえてきた。
俺はジゼルの手を離して試験場へと向かうことにした。
「あっ、お兄さん! あとでお礼するから名前教えてよ!!」
ただの通りすがりの女の子。これっきりで会うことはないと思った。学校で再会したとしても、俺とは住む世界が違う。
なのに……、口が勝手に動いていた。
「――俺の名はカーウィ。俺の試験を見て魔力の使い方を覚えろ」