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家を追い出される


 勇者――

 帝国大陸の守護者、一般市民の娯楽の対象、そして戦争の英雄でもある存在。


 帝国には数千人の勇者がいる。

 勇者はランキングシステムで管理されており、素質があるものは誰でもなれる可能性がある。


 と言っても、ごく一部の人間しか勇者にはなれない。

 勇者検定や勇者中途試験を受けて合格をし、その後勇者学校で見習い勇者として本物の勇者を目指すのだ。




 ***




「カーウィ、今日の勇者検定に落ちたんだって? ぷぷっ、お姉様と比べてマジで落ちこぼれじゃん」


 帝都中学校二年生の時に行われる勇者検定。

 その試験があった放課後、幼馴染のルアがカーウィの事を校門の前で待ち構えていた。


 正直はルアには会いたくなかった。

 元々は仲良しでいつも一緒に遊んでいたけど、年を重ねるごとにルアは意地悪になっていった。


 気が弱い俺は言い返すことができない。……それに、俺は落ちこぼれだから。


 帝都中学校は親が高位ランキングの勇者や、貴族の子息令嬢が集まる名門校だ。ほとんどの生徒は勇者検定に合格して、中学を卒業すると勇者学校へと進学するものばかりである。


 俺も貴族の子息ではあるが――


「あんたのお姉様は勇者学校在学中にランキング400位まで上り詰めた天才なのにね〜。それに比べてあんたは……万年最下位、はぁ……」


「う、うん、ご、ごめん……」


「どもってんじゃないわよ。マジで気持ち悪いわ。あたしはもちろん首席で合格よ。てか、あたしの合格祝いにアイスおごりなさいよ」


 俺は言われるがままに幼馴染のあとをついていくのであった。





 幼馴染のルアも、姉のアミドも、両親もクラスメイトも幼い頃はみんな優しかった。

 いつからだろうか? 幼馴染は俺をパシリとして扱い、姉は俺を人間扱いしない。クラスメイトからはいじめをうけていた。

 それでも頑張ろうと努力した、が――


『弟のあなたは家の恥だから何もしないで』

『アミドはこんなにも優秀なのに……、出来損ないのクズが……』

『またテストで落第したの……、もういいわ、下がって頂戴……』

『てかさ、あんた魔法の実験台になってよ。私が話しかけてあげてんだから感謝しなさいよ!』

『お前こんなこともできないの? うわぁ、小学校からやり直してこいよ。んだよ、姉ちゃんに言いつけるのか? 弟がバカだと姉ちゃんも苦労するよな、あははっ』


 ――優秀な姉と比べられる出来損ないの弟。


 学校に行くのも嫌だけど、家に帰りたくなかった。

 学校では陰口程度で済むが、家ではそんな事はない。


 両親は罵倒しながら暴力をふるい、姉からは魔法の練習台にされる。

 それでも、俺は学校に通わせてもらっている。食事も一日一回だけど、食べさせてもらっている。

 だから、感謝、しないと……。


「ちょっとあんたわたしの話聞いてるの! でね、隣のクラスのラス君が私に告白してきて――」


 ルアに頭を叩かれる。魔力を帯びたそれは尋常じゃない痛みが広がる。

 痛がると『あんた大げさよ』と言われるだけだ。だから俺は我慢をする。

 痛みが引いても、何故か胸の奥がジンジンと痛かった――


 それでも、今日のルアは様子がおかしかった。いつもは俺にアイスを奢らせるのに――


「きょ、今日はわたしが奢ってあげるわよ。ふ、ふん、勇者検定は再試験できるから、あんた真面目にやりなさいよ! あ、明日から特訓するから放課後毎日あたしん家に来なさいよ!」


「えっ……、ル、ルア、ありがとう」


「べ、別にあんたのためじゃないからね! 勘違いしないでよ! ……こ、子供の頃、一緒に勇者になるって約束したでしょ、あんた約束守りなさいよ!」


 再び俺の頭にルアの拳が炸裂する。

 約束……、ルアは忘れていたと思っていたのに……。

 痛みとともに、約束した言葉を思い出す。


 なんだか、ほんの少しだけ心が軽くなった気分だ。




 ***




 豪勢な料理が広がる食卓。

 両親と姉が黙々と料理を食べている。家は貴族ではあるが、そこまで裕福ではない。先代が残した莫大な借金を抱えており、返済に追われている毎日であった。

 姉は家の英雄でもあり稼ぎ頭だ。


 昨日の俺の食事は塩味が付いたお湯と豆だけであった。

 だから、いま俺の目の前に豪勢な料理があることが信じられない。

 試験に落ちたことで両親は激怒すると思ったが、優しい言葉をかけられた。

 頭が困惑している……。


「……カーウィ、今日は食べていいのよ」

「そうだ、早く食べなさい。アミド、そこのお肉を取ってあげなさい」

「……しょうがないわね。これでいいの?」


「あ、う、うぅ……」


 言葉がうまく喋れない。試験に落ちたのにこんな扱いされるなんて何かがおかしい。

 そもそも姉から受けていた扱いはひどい物であった。極寒の中、川に沈められたり、魔法の的にされてり、勉強しようとすると『あなたは勉強しては駄目よ。クズのままでいなさい』と言ってまともに勉強をさせてくれなかったりと。


 俺は姉に差し出されたお肉見つめる。顔を上げてると両親と姉が優しそうな顔をして頷いてくれる。


 俺はためらいながらも肉を口に含んだ。


 すごく、すごく美味しくて、今まで食べた料理の中で一番美味しくて……、身体が拒絶反応を起こしたみたいに嗚咽が抑えられなくて――


 俺は泣きながら肉を頬張るのであった……。



 お腹いっぱい料理を食べたのは子供の頃以来だ。あの頃はみんな優しかった。今日はあの頃に戻れたような気がした。

 幼馴染のルアもちょっとだけ雰囲気が柔らかかった。

 明日から必死で頑張ろう。家族のために、ルアとの約束のために勇者になって――


 と、その時来訪者を告げるベルが鳴った。

 両親は席を立つ。


「ふむ、時間だな。我が息子カーウィよ。貴様はどうあがいても勇者としての素質は無い。ならば別の方法で勇者になって来い」


「へ……?」


 思わずおかしな声が出てしまった。両親の優しい雰囲気が一変した。いつもどおりの冷たい空気をまとっている。

 部屋の中に入ってきたのは黒いローブを纏った男たちであった。俺は都市伝説を思い出した。黒いローブの魔術師が子供を攫って死ぬまで人体実験をする、という。


「そうよ、あなたは選ばれたのよ。ささ、こちらのクズ男が引き取り対象者です」


「お、お母さん? な、なんで?」


「カーウィ、うるさいわよ。あなたが出来損ないだからいけないのよ。しっかり勉強してちゃんと勇者になって戻って来なさい。私の弟なのに勇者じゃないって『恥ずかしい』でしょ」


「お、お姉ちゃん……」


 俺は両親の表情を見逃さなかった。世間に疎い姉は俺が戻ってこれると思っているけど、両親は俺を……捨てた目をしていた。

 さっきの豪華な夕食は……最後の晩餐だったんだ……。


「い、いやだ! 俺は、明日、ルアと約束を――」

「うるさいって言ってるのよ、だまりなさい。はぁ、早く勇者になって帰ってきなさいよ」


 姉が俺に向かって電撃の魔力を流す。俺の身体は意識だけ残して動けなくなり……そのまま黒いローブの男に担ぎ上げられて……


「ふむ、さらばだ。これで借金がほとんど返せたぞ。最後に役に立ったな、ひひひ」


 お父さんの言葉が耳に残って離れなかった――



 ***



 強化人間――


 勇者の才能が無いものを勇者として改造する。

 偽勇者として戦場に立つ。


 それが俺に日常となったのだ。

 希望というものはあるのだろうか? 

 中学時代の地獄なんて、ただの日常であったと思い知らされた。

 本当の地獄は深い闇の中にある。


 安らぎなんて何もない。

 俺はそんな地獄を――









 三年の月日が過ぎて、俺は再び帝都に戻ってくることができた。

 身体の欠損、心の欠損、仲間との死別。失ったものは多すぎた。

 それでも俺はルアとの約束を守りたくて生き延びたんだ。ほんの些細な事だけど、あの地獄を生き抜くためには心の支えが必要だったんだ。



「一度に街に戻るのか? 一応今の保護者は俺ってことになっているけどさ」


 俺の保護者として立候補してくれた勇者ランキング三位のピオネ。粗野だけど心優しい獣人の女性だ。この人がいなかったら未だにあの非道な人体実験は続いていただろう。感謝してもしきれない。


「家には行かない。幼馴染だった子に挨拶するだけだ」

「ていうか、どうせ学校で会えるじゃねえか」

「まだ試験に受かるかわからないだろ?」

「いやいや、入学試験ごときで落ちるわけねーだろ⁉ 俺とタイマンしても死なねえんだから! まあいいや、途中まで一緒にいってやんよ」


 ピオネはため息を吐いて俺と手を組む。……毛皮と胸が当たって暑っ苦しい。




 ルアと二人でアイスクリームをよく食べた公園のベンチ。ベンチに座っているルアを発見することができた。

 三年の月日は長かった。

 ルアは客観的に見て非常に美しい女性へと成長していた。

 子供の頃の約束が脳裏によぎる。平穏な日々の象徴でもあった。


 ルアに近づいても俺に気がついていない。他人を見るような顔をするだけだ。

 俺は足を止めた。


 ルアの元へ誰かが近づいてきた。

 姉のアミドだ。勇者ランキング75位の。


「あっ、お姉様、こんにちは!」

「あなたまたここにいるの? ……もうあの子は戻って来ないわよ」

「べ、別にどうでもいいですよ! あんなバカなやつ! わ、私の特訓をサボって失踪したバカなんて知りません!」

「あなたあの子のこと好きだったんでしょ?」

「す、す、好きじゃないです! だ、大嫌いです! ウジウジしてバカで恥知らずで……、二度と顔なんて見たくないですもん!」

「そうね、私もあの子のこと大嫌いよ……。いまさら戻ってきても居場所なんてないわよ」

「そ、それに、私、ラス君といい感じなんで……、そ、その付き合ってもいいかなって思ってるんです」

「あら、おめでとう」

「えへへ、か、過去は振り返らないほうが幸せになるのかなっ、て思って。お姉様も身体に気をつけてください。その、すごく辛そうなので……」

「そうね……、あら? あなたは――」



 死んだと思っていた感情が残っていたんだな。

 脳裏に駆け巡ったのは、俺に非道な行いをする幼馴染と姉の姿。


 それでも、俺はルアに恋心を抱いていた。


 だから、あの地獄の中でさえルアとの思い出が大切だったんだ。

 かすかに残っていた温かい気持ちは砕けちって消えてなくなった。



「そうか、もう俺の居場所はないんだな……。貴様らのそばには二度と近寄らない。さよならだ――」


 怪訝な顔をしている二人。瞬間、ハッとした表情となる。

 俺は背中を向けて歩き出す。


「も、もしかしてカーウィ? カーウィなの!! で、で、カーウィはそんなに老けてないし――」

「まって頂戴、わたし、あそこがどんなところ知らなくて――あ、あなたには謝りたくて――」



 俺も過去を振り返らず、ただ前を見据えた。

 枯れていたと思っていた涙が視界を滲ませる。

 それも一瞬のこと。




「人違いだ――」




 硬質な魔力が籠もった言葉が二人の足を止める。


 俺は感情を殺して、悲しそうな顔をしているピオネの元へと向かうのであった――




手癖で書いた息抜き作品です!

反応よければ続けるので応援お願いします!!

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