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8新施設長

 ガチャリ。フラニーがその日の仕事を終え、素材部の部屋に鍵をかけたのは最近にしては遅い時間だった。が、まだ月が昇りきる手前である。ついこの間までの激務に比べれば何ともないと思い、直ぐに「いや」とその考えを打ち消した。


(アレは異常だった。明らかに。アレと比べては駄目)


 いつもの道を通り、いつもの角を曲がり、いつもの小道に入る。図書館の脇の扉から自室に戻った。荷物を置いて着替えると、食事の用意にかかる。


 パン、サラダ、イワシの缶詰、昨日作った豆のスープ。一番手間がかかったのはサラダ。野菜を千切らなくてはならなかった。


「あははっ」


 手抜きだと言って責める人は居ない。フラニーは思わず笑い声を漏らした。


(いいのいいの。栄養ちゃんと摂れるし)


「んー。おいしー」


 人が減り、忙しくなる前まではもっと手の込んだ料理を作っていたものだった。それが三食ビスケットをコーヒーで流し込む生活になってしまい、めっきり料理をする機会がなくなった。


 あの時を思えば現在食している料理だって、上等なものだ。過去の自分が見たらショックを受けるかもしれないが。


 食事を終え、さっさと片付けると、フラニーはベッドの横に置いてある書き物机へと移動した。カバンから紙の束を取り出す。エグゼルの書いたレシピである。


 フラニーは真剣に丁寧に目を通し始めた。


『じゃあ、この辺りで材料調達が可能な物はこれぐらいだね』

『はい。あとの物は外部から取り寄せになります』


 今日の一件で思い知ったのだ。これからは、販売部、調達部とも密に打ち合わせが要る、と。まず何が作れるか、から始まり。次に材料は何が必要か、どこで仕入れられるかを確かめなくてはならない。


 そういった打ち合わせは、販路と卸先を確保する販売部と、素材を作る素材部、材料を揃える調達部が連携を取って初めて成立するのである。どこが欠けても、回らない。


『フラニー。この素材は掛け合わせだよね?』

『どっちの産地の方が向いてるか教えてくれ』


 フラニーはたくさんの質問に答えた。フラニー自身も、学ぶことがたくさんあった。そして、「じゃあ、また来週、打ち合わせの時間取れる?」と言われた時。不覚にも嬉しくて鼻がツンとした。


(なんか、やっと。やっとだなあ)


 こういう環境を望んでいたのだ、と遅ればせながら自覚した。もっとやれる。エグゼルではないが、そんな気が溢れてきた。




 幾日かして、フラニーは納品するために台車を押して廊下を歩いていた。向かいからカリムが歩いて来るのが見えた。フラニーは「この間は、ありがとうございました」と言いながら手を振った。


「初めてだな。あんなことしたの」


 茶化すカリムに、フラニーは曖昧に笑う。カリムはフラニーの前まで来ると立ち止まり、腕を組んでフウッと息を吐いた。


「ま、皆思ってたんだよな。このままじゃいけないって。エグゼル施設長さ、ほんとズバズバやってくれて良かったよ」

「調達部にも行かれたんですか?」

「そー。うちのギヨームさん、感動して施設長抱きしめてた」


 ギヨームと言えば、調達部の長だ。ゴドーとは違い、感情豊かな人という印象がフラニーの中にある。ただ、やはり、あまり話したことはないけれど。


「それにしてもさ、調達に付いてきたいって変わってるよな」

「え!」


 驚いて目を丸くしたフラニーに、カリムは「だろ?」と肩を竦めた。


「もう三回くらい来てるかな。見てるだけじゃなくてちゃんと仕事してくから立派」

「き、聞いてないですよ!!」


 フラニーは声を高くした。カリムはその声に小さく驚いて身を引いた。その肩をフラニーがガシリと掴む。そういうことが許されるなら、フラニーだって行ってみたい。


 フィールドワークは錬金術師にとって大事な勉強のひとつだ。入職してからはご無沙汰になってしまったけれど、学生だった時は定期的に外に出ていた。


 しかも、フラニーにとってエグゼルは施設長である前に有能な錬金術師。そのエグゼルが調達に同伴しているということであれば、勿論自分も同じ轍を踏みたいと思うのは自然なことだった。


「私も連れてってください!」

「俺に言うな。それにお前だって許可が要るだろう」


 「ぐ」とフラニーは顔を歪める。フラニーの部屋に現在ゴドーやギヨームのような長は居ない。フラニーの上司は直で施設長となる。


「施設長に言え。施設長に」


 フラニーは口を尖らせた。


「施設長室、緊張するじゃないですか」

「あ? 来ないの? 施設長。うちにはすげー顔出すけど」

「何ですって……」


 それもフラニーにとっては衝撃的だった。何せ、ここのところエグゼルの足は素材部から遠のき、しばらく顔も見ていない。大して注文内容が変わらないから、用はないのだろうけれど。


「こないだは一緒に飲みに行ったし」

「何ですって!?」


 それはもう仕事の用ではないではないか。


(わ、私が一番親しいと思っていたのに……!)


 この敗北感は何だろう。フラニーは大きなショックによろめく。様子のおかしいフラニーに構わずカリムは続けた。


「どうして左遷なんかされたんだろうな。ああやってズバズバ物言うのが叩かれたのかねえ。ここにとってはありがたいことだったけど」

「ああ、左遷……そんなこと言われてましたね」


 確かに、当初噂でそう聞いた。フラニーとカリムは顔を見合わせる。


「大事にしような、あの人」

「はい……」


 肩を叩き合い、フラニーはカリムと別れた。色々と知ってしまい、心中は複雑である。ガラガラと台車を押し、考えを巡らせた。とりあえず調達に付いていくのも、エグゼルと飲みに行くのも(行けるか分からないが)、先日打ち合わせた素材の発注、作成、納品がきちんと済んでからだ。


「頑張るぞ」


 小さく自分に言い聞かせ、フラニーは一人で頷いた。




 その次の日。部屋に回ってきた注文票を見て、フラニーは叫んだ。


「来た————!」


 鞄を放り出し、吊り下がっている注文票に飛びつく。そこに書いてあったのは。


『フクマロビ粉』


「し、渋いものを……」


 フラニーは先日の打ち合わせでいくつか挙がった候補の内、最初に発注が入ったのがコレか、と妙に感心した。


 フクマロビという植物は、乾燥させて細かくするとキラキラとした粒子になる。暗闇で光る特性から、光る加工がしたい時に用いられる。


 製法は巷に普及しているものの、材料のフクマロビの入手が難しいため、ギルドへ注文した方が早いし確実とされている。


「これは私が頑張るというより……調達部が頑張ったんだよね。既に」


 空気の薄い高原にしか育たないフクマロビ。フラニーは注文票と共に回ってきた材料の箱を見て、カリム達の仕事に思いを馳せた。


 という訳で、基本素材に該当するフクマロビ粉の作成にはエグゼルは現れず、フラニーは一人で立ち向かうことになった。


(逆に、これをしくじったら飛んでくるかもしれない)


 フラニーは髪をギュッと結び直し、早速作業に取り掛かった。材料に虫が付いていないかをよく確認する。


「よしよし。綺麗に採ってきてもらえた」


 まずはフクマロビを完全に乾燥させ、水分を飛ばさなくてはならない。乾燥機にフクマロビを重ならないように並べ、天井から吊るす。作業の最も重要なところだと言って過言ではない。失敗すると、材料が全て台無しになる。


 炉の近くに設置したので、温風には困らない。しばらくしたら様子を見て、配置を変える。時間がかかるし、地道な作業だが、慎重を期する。


 半日も経つと、そうして干していたフクマロビは皆水分が抜け、シワシワになった。フラニーはひとつひとつ丁寧にチェックし、次のフクマロビを乾燥機に並べた。


「で、乾いた分はこっち」


すっかり乾き、カサリと音を立てるフクマロビの白い葉。それをグラインダーでゴリゴリと粉末にしてゆく。この時点で水分が残っていると粉にならないのでよく注意する。


「うん、大丈夫」


 白い葉は既に小さく光る物質へと変わりつつある。フラニーは根気よく、均等に葉を細かくしていく。こういう時、人手が無いと時間がかかる。少量ずつ、無言でひたすら同じ作業を続けた。


 ゴリゴリ、ゴリゴリ。単調な音だけが部屋に響く。



 全てのフクマロビを均一な美しい白色の光る粉に変えたのは、三日後のことだった。


「できた……」


 額を拭きながらフウッと息を吐く。最後の粉をサラサラとフクマロビ粉の山に加える。散らないように注意しながら、木製の入れ物に蓋をした。湿気に弱いため、管理にも気を遣う。


 時計を見れば、十四時。納品して、片付けをし、報告書を書けば終業の時間になるだろう。


「……」


 まるで宝物を抱えるように、フクマロビ粉の箱を持ち、フラニーは部屋を出た。


(初めて、ここで、ひとりで作った。ここが変わっていく、初めの一歩になる注文)


 ドキドキした。素材自体は珍しいものではないし、特別なものではないのに。言い様のない達成感が、フラニーの背中を押す。ふわふわした、不思議な気持ちだった。


「こんにちは」

「フラニー!」


 販売部の部屋を訪ねると、カウンターに居たチーリの顔が明るく晴れる。その向こうに居る、ゴドーやブランドン、他の販売部員達も皆、フラニーを見てそれぞれ誇らしそうな、得意そうな、嬉しそうな表情を浮かべた。


「お願いします」

「はい。確かに」


 フクマロビ粉の箱がフラニーからチーリに手渡される。一瞬指先が触れ合い、二人は顔を見合わせ、クシャリと笑った。


お読みいただき、ありがとうございます!

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