6スキルアップ!
純鉄、ガラス、ガラス、ガラス、ガラス、インゴット、ガラスガラスガラス。
ここのところの発注はこんな感じだったが、幸いにしてフラニー一人でもこなせるようになってきた。販売部が発注量を調節しているからか、フラニーとエグゼルが効率化を図ったからか、納期に慌てることは無い。遅くなることはあるが、日を跨ぐことはまずなくなった。
エグゼルが部屋に応援に来る頻度もかなり減った。フラニー一人では多少の心許なさがあったが、自分の技量で間に合うようになってきたという自信がついたのも確かだった。
「ええと、今日はあとは何ができるかな」
「どうだ。出来ているか」
「施設長」
作業に一段落ついたところで、エグゼルが様子を見にやってきた。三日ぶりの来訪だった。明日がインゴットの納期なので、確認しに来たのだろう。よく把握しているとフラニーは感心した。
「大丈夫です。新しい依頼も、ガラスでしたし」
フラニーが明るく答えれば、エグゼルは「んん」と唸って難しい顔になった。何かを考えている風である。
何か問題があっただろうか。フラニーはドキリとして、自分がやったことを振り返る。設備と機器の点検はした、掃除もした、材料は出しっぱなしにしていない。
(あとは、あとは、業務報告書はまだ昨日の分が書けていないけれど、それは特に咎められたことは……)
「よし!!」
「ひ!?」
突然大きな声を出したエグゼルの顔を恐る恐る窺えば、何やら強気な表情をしていた。怒られなかったことは良しとしても、一抹の不安がフラニーを襲った。
「施設長⁉ 何をしに⁉」
つかつかと歩いていくエグゼルをフラニーが追う。別に付いてこいとは言われていないが、急に部屋を出ていくものだから、胸騒ぎがして一緒に飛び出した。
廊下を進み、販売部の部屋に到着した。部屋の面々が何事だろうと二人を見た。
施設長の来訪に気が付いたチーリと、部屋の奥で書き物をしていた販売部の長ゴドーが立ち上がり、カウンターに並ぶ。
「どうされましたか」
自分よりもはるかに年下の上司エグゼルに対し、ゴドーは丁寧に挨拶をした。エグゼルとゴドーが並ぶと、エグゼルの人形のような美しさが際立ち、ゴドーの熊のような屈強さと厳つい顔立ちに益々迫力が出る。フラニーとチーリは二人を交互に眺めた。
「聞きたいことがある」
「何でしょう」
いつも通り、臆せず遠慮なく話すエグゼルにゴドーは嫌な顔せず答えた。一方、フラニーはハラハラと彼らのやり取りを見守った。
フラニーはゴドーとはあまり話したことは無いので人柄は良く知らないが、その厳つい風貌や雰囲気からして、ちょっと怖いと思っていた。
「依頼が殆どガラスなのはどうしてだ」
ゴドーはエグゼルの質問に少し黙った。
「……」
(え、何!?)
チラリと、フラニーはゴドーに見られた気がした。どういう意図なのか分からずに固まった。ゴドーは表情を変えないままエグゼルの質問に答えた。
「技量の問題です。彼女一人だからという理由ではありません。それより前から、うちの素材部はあまり腕が良くない。しかしこちらがそういったことを配慮して注文を制限していた訳ではありません。いつだったか、素材部の方から黒色ガラス以外は回してくれるなと言われました」
「…………」
フラニーは絶句した。衝撃だった。「うちの素材部はあまり腕が良くない」そんな風に思われていたとは知らなかった。ショックで目と口が開く。隣にいたチーリが気まずそうにフラニーの肩を支えた。
「黒色ガラスには自信があったようです。当時、誰だったか。本部の優秀な方が在籍していた時に、素晴らしいレシピを教えておいたからと得意気に言っていました」
(あ、あのレシピだ……エグゼル施設長が一目見て破り捨てたあの……)
フラニーは震えた。自分の入職前にそんなことになっていたなんて。自分達はあのレシピを大層ありがたがって、守って、そして、知らずに自分たちの首を絞めていたのだ。
「ならもう大丈夫だ」
驚愕しているフラニーを余所に、エグゼルの確信に満ちた声が響く。ゴドーは「ほう」と怪訝な様子で眉を寄せた。
「縛り無しに引き受けていい」
「それはどういう意味でしょうか」
「言った通りだ。ケセルフォート、コランダム、流行りの素材なんかも引き受けていいってこと」
(け、けせるふぉーと!? こらんだむ!?)
眩暈がした。羅列されたものはどれも高度な技術が求められる言わば、「玄人」素材。片田舎のバンドーラ支部では作られたことはないだろう。
驚いたのはフラニーだけでなく、ゴドーやチーリも目を丸くしていた。
「失礼ですが。それらをちゃんと卸せる質で作ることができるのでしょうか」
販売者としては当然の疑問だと、フラニーは唇を噛んだ。しかし、エグゼルは「作れるさ」と簡単に頷く。相当自信があるようだった。
以前からエグゼルのことを強気な人だと思っていたフラニーが「想像以上かもしれない」と唾を飲み込んだとき。
「こいつがな!」
「…………」
得意顔でエグゼルがフラニーを指している。フラニーは目を疑った。
「え……わ、私ですか!!!???」
「当然だろ! ここの錬金術師はお前だろうが!」
「そんな! いきなりは! む、無理! 無理です!」
「やれる! お前ならできる! いや、やれ!!」
「えええ!」
目の前でぎゃんぎゃんと繰り広げられる拙い言い合いに、ゴドーは厳しい顔でため息を吐き、チーリは直属の上司のその呆れた様子にこっそりと怯えた。
「な、なんてことをおっしゃるんですか!」
「喚くな喚くな。最初から一人でやらせようとは思ってない」
取り乱して叫ぶフラニーと面倒そうに顔を背けるエグゼル。二人の問答を通りがかりに聞いた人々は不思議そうな顔を浮かべた。
「呆れていたじゃないですか、ゴドーさんも……こいつにできるの? って顔してたじゃないですか」
「悔しくないのか」
「え」
半べそをかいていたフラニーにエグゼルは怖い顔で詰め寄った。
「お前にはそんなに難しいものは作れないって、思われたままでいいのか」
「……」
フラニーは押し黙る。いいのかと聞かれたら、勿論良くない。先日自分でも錬金術師として成長しようと決意したばかりだ。とは言え、話が急展開過ぎる。飛ぶ練習もしないまま巣から発てと言われているような気分だった。しかし。
「良くないです」
顔を歪め、フラニーは答える。「腕が良くない」素材部の一人として思われていたのなら尚更だ。
「その心意気だ。大丈夫。できるから」
「……」
大丈夫の根拠は示されなかったが、エグゼルの優しい声にフラニーは無言で頷いた。さっぱり自信はなかったが、どうしてか「やれる」気持ちに導かれていた。
◇◇◇
「ゴドーさん、どうしますか。あの施設長、結構無茶なことを」
二人が部屋を出て行った後、販売部は紛糾していた。話を聞いていた職員たちが自分の持っている顧客のリストとにらめっこしている。
「……そう無茶でもない。黒色ガラスに関して言えば、実のところ手放したいと思っていた」
「え? そうなんですか。でも、うちの看板商品だったのに」
ゴドーは低い声で「それだ」と指摘する。
「うちは錬金術の工房だ。もう広く技術は知れ、一般に専門の工房があるだろう。それをでかい顔をしていつまでも錬金術師がやっていては。いや、やらせていては。新たなものを探求する研究機関としての役割が全うできない」
チーリはゴドーの言葉に、息を呑んだ。寡黙な上司の本音は、チーリの胸に深く刺さる。
「それに、人々が求めているのはより高度で新しい技術。一般に普及することで文明は進む。俺たちは、それを人々に卸し、受け入れられるようにするのが役目なんだ」
「エグゼル施設長も、そう思ってるんだろうよ」とゴドーは締め括った。
バンドーラ支部に新しい風が吹いた。期待させてほしい。そんな気持ちになったのはいつぶりだろうか。職員たちは二人の出て行ったドアの方を眺め、自分達に何ができるかを探し始めたのだった。
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