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4スキルアップ!

 半分に割かれたレシピ。いや、もうただの紙片と化したそれを見てフラニーは唖然とした。入職当初から「これを見て作ってね。本部の凄く優秀な人が残していってくれたものだから」と言われ、今まで従順に守ってきた。


 それが今、今日初めて会った人にゴミ同然の扱いを受ける。


()過剰指導(パワハラ)!!!)


 これが噂の問題上司か。左遷されたのも納得がいく、とフラニーは慄いた。


 反論してもいいだろうか。先程辞職しようとしていたことを考えれば、もうどうにでもなれと直ぐに心を切り替えることも可能。フラニーはごくりと喉を鳴らす。


「こんなレシピに頼ってんのか。遅い訳だよ」


 己の蛮行を全く意に介さず、呆れ果てた様子でエグゼルは遠慮なく言いながら、まっさらな紙にペンを走らせ始める。


(何……自分のやり方の方が正しいと……)


 いかにも圧をかけてくる人らしい行動だと、フラニーは眉を顰めた。どんな素晴らしいレシピなのでしょうねと内心毒づきながら、迷いなく書き込んでいく上司の手元を覗きこむ。


 そうして訝しんでいたフラニーだったが、記されている内容を目にした途端、思わず「え」と呟いた。自分でも恥ずかしくなるくらい、まぬけな声だった。


「ほら。こうやって作れ」


 さっさと書き上げたレシピがフラニーに突き出された。フラニーは飛びつくように受け取る。


「びっくりした。あんなもの入れようとするから」

「で、でも! アレを入れたら溶けやすいって!」


 新たなレシピに釘付けになりながらフラニーは必死に訴える。


「溶けやすいけど固まんないし。脆くなるし」

「……!」

「使う灰で調整した方がいい。ウジャ灰がオススメ。あと、灰はもっと綺麗にしたら。手間をかけるところが変」


 フラニーはあんぐりと口を開けた。ショックだった。何がショックだったかと言えば、思い出したからだ。


(習った。確かに。そういえば。リチウムを混ぜるのは、溶けやすくするためだけど、場合によるって)


「…………」


 何も言えずに呆然としているフラニーに、エグゼルは苛立った様子で「早く。やるぞ」と檄を飛ばし、作業場の方へとさっさと戻っていった。


「………………」


 フラニーはやはり何も言えなかった。しかし、手にした新しいレシピに胸の中が騒ぎ出していた。




(熱い)


 ドロドロに溶けたガラスの材料。フラニーはかき混ぜながら、いつもよりも多少固い気がすると思った。しかし、溶け切っていないとか、そういう具合でもない。


 型に移し、冷やし固める。これであとはどのくらいで取り出せるようになるか。フラニーは時計を見た。


(初めてウジャ灰を使ったけど、確かに溶けやすい。でもゆるゆるじゃない)


 何より既に普段よりも早く行程が進んでいる。次の材料を用意する合間に、隣のエグゼルの様子を観察した。作業中、一言も発しない。作業場は火の爆ぜる音、金物のぶつかる音、溶けたものがボコボコと空気を逃がす音しかしなかった。


 エグゼルの手元では、インゴットにするためのマールが高温で熱せられている。青みがかった灰色の鉱物は溶けて赤くなっていた。これが冷えて固まると綺麗な白になる、と本で読んだ。


「自分の事に集中しろ」


 フラニーはハッとした。気が付けばエグゼルの仕事に目を奪われていた。エグゼルは手元から視線を外さないまま「これの作り方はまた教える」と続けた。


 エグゼルのシャツが汗で透けている。フラニーはエグゼルが脱いだド派手な上着をチラリと見た。


(不思議な人だな)


 「はい」とひとつ返事をすると、フラニーはキラキラと光る材料を新しい窯に流し入れた。




 午後五時。販売部の入り口に人影が現れた。


「で、できました!」


 よたよたと箱を運んできたのはフラニーだった。販売部のチーリはカウンターから出てきてフラニーに駆け寄る。


「重!?」


 チーリが箱を受け取り、その重さに顔を歪めて叫んだ。フラニーはそうだろうと思った。台車をギシギシ言わせながら運んできたのだ。


「確認をお願いします」

「はいはい。黒色ガラス棒が3箱と、純鉄、マール製のインゴット……?」


 「え!」とチーリが驚きで目を丸くする。その声に販売部の他の職員が「どうしたんだろうと」振り返った。


「間に合ったの!? というか、作れたの!?」


 まるで期待していなかったという言い方にフラニーの胸が抉られる。


「あの二人辞めたでしょ!? 信じらんないってこっちでも話してたのよ! 依頼取り下げてもらうかどうしようかって……!」


 フラニーはチーリの視線に耐え兼ねた。よくやれたと感心してくれているのが分かったが、全てが自分の仕事ではない。キラキラした目が却っていたたまれない気持ちになる。


「いえ、あの……。施設長が手伝ってくださいまして」

「エグゼル施設長……?」


 フラニーは小さく「そうです」と頷いた。チーリは目をパチパチとさせ、他の販売部員達と顔を見合わせた。全員が、エグゼルに「やるぞ」と言われた時のフラニーと同じ顔をしていた。



 ◇◇◇


 エグゼルが現れてから一週間。


 追加のガラス粉と純鉄の注文が入ったが、フラニーは慌てなかった。純鉄はエグゼルが片付けると言うので手を出せなかったが、黒色ガラスの製造速度は格段に上がっており、納期を怯えるような事態にはならなかった。


 エグゼルのもたらしたレシピのおかげである。今までこんなに時間を無駄にしていたのかと思うとフラニーは泣きたくなった。


「効率が悪いだけ。発注量はそこまで非常識な量じゃない」


 エグゼルが何でもない顔で発した一言には、本当に泣いた。


 エグゼルはバンドーラ支部に異動してきて以来、フラニーしか居なくなった素材部に朝からやってきて夕方まで作業をしていく。慣れた様子で発注票に書かれている依頼を次々とこなし、施設長という管理職であるにも拘わらず現場の錬金術師顔負けの働きぶりを見せた。


「よし。出来た。持ってけ」


 エグゼルはアレコレと作業工程には口を出したが、それ以外のことは言わなかった。ただ、淡々と仕事をこなすだけ。


 最後の純鉄が冷えたのを確認するとフラニーに販売部に運ぶよう指示し、あの上着を肩に掛けて素材部を出て行った。シャツは煤け、汗で濡れていた。


「ボス……」


 フラニーはその背に向かってぼそりと呟いた。来たばかりのエグゼルには他の仕事も当然あるだろう。それなのに当たり前の顔でやってきて、素材を作って、去っていく。


 その後に自分の仕事をしているのだろうと思うと、フラニーの胸はいっぱいになった。




「うーん。いい出来。これちょっと色を付けて売ってもいい位よ」


 チーリがエグゼルの拵えたインゴットを見て唸った。


「こんなの出したら、絶対追加で注文がくるわよ。大丈夫?」


 フラニーはぎくりとした。果たして、作り方を伝授してもらったとして、同じ質のものを自分は作ることができるだろうか。


(かといって、いつまでもあの人に頼りきりというのも)


 難しい顔をして黙るフラニーに、チーリは「ごめんごめん。調整しつつやるわ」と軽く謝った。しかしフラニーの気は晴れない。


 自分だって、れっきとした錬金術師なのだから、という忘れかけていた自尊心や誇りといったものが頭をもたげていた。



 納品を済ませると、素材部の部屋に戻った。片付けられていない物品を戸棚に戻し、掃除をした。


「……静かだなあ」


 依頼をこなし終わった仕事場は、妙な感覚がした。いつも注文票が複数吊られていたロープには何もない。作業をする音もなく、静けさが辺りを占める。


 唐突に物寂しい気持ちになった。


(三人で、「終わったね! やったね!」って言いたかったな)


 部屋に差し込む光が生む影は一人分。


 どうして何も言ってくれなかったのだろう。どうして裏切るような形をとったのだろう。せめて、一言あってほしかった。年も離れていたし、特別仲良しという間柄ではなかったが、一緒に仕事をするだけの信用はあった。頼りにもしていた。


 もっと普段から色んなことを話していれば良かったのだろうか。


(……そんな余裕は無かったよね)


 忙しさにかまけていた方が、余計なことを考えなくて良かったのかもしれない。


 フラニーは鞄を肩に掛けた。終業の時間になっていた。ここのところずっと続いていた、作業の限界が訪れる深夜の皮肉交じりの「定時」ではなく、就業規則上の定時である。


 鍵をかけて外に出ると、夕陽が眩しかった。


「夕ご飯、何食べよう」


 フラニーは真っ直ぐ図書館の宿舎に戻るのではなく、まだ開いている店に食料品を求めに向かった。



お読みいただき、ありがとうございます!

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