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34自由研究

 水を集めた物。その言葉にフラニーは絶句して目を点にした。


(み、水!? やっぱり水なの!? どう見ても固形ですけど!? 綿の中にあるのにどうして浸み込まないの!?)


 フラニーの動揺を瞳の中から読み取り、エグゼルは悪戯が成功した子供のように笑った。


「すっごいだろ。これ、古い遺跡から出てきたものなんだけど。多分効率よく水を運搬するためか、携帯用だったと思うんだけどさ。技術が全く分からない」

「……」


 気が付けば目も口もポカンと開いていた。揺れる水面。移る影。しげしげと箱の中を見つめ、何がどうなってこうなっているのかを想像した。したが、やはり皆目見当がつかない。フラニーは頭の中がぐるぐるとしてきた。


「あ、あの……」


 何から質問したらよいのか分からないまま、殆ど無意識に口を開く。エグゼルが「ん?」と訊き返したが、フラニーは続きを紡げなかった。


「分かるよ、俺も初めて見たときはしばらく何も言えなかった」


 フラニーはようやく顔を上げ、エグゼルに向き合う。


(あ、この顔は……)


 脳内に過るものがあった。あの時だ。一角ウサギの角の調達に行ったあの日。一緒に遺跡を見つけたあの瞬間。


『——俺は昔の技術の方が実は高度だったものってあると思うんだよ』


 フラニーの目の前がピカと光った。遺跡も、この手の中にあるものも。エグゼルが惹かれてやまないのは。


「施設長の趣味って……」


 エグゼルははにかむように笑った。照れくさそうな顔が、フラニーの目に焼き付いた。


「今は失われた古代技術。ロストテクノロジー。昔の錬金術師や、技術者たちの仕事に惹かれてやまない」

「遺跡でも生き生きされてましたね」

「はは。うん。フォーヴルの方には全然ないから。地方だと遺跡が多いだろう? だから地方に来たかったんだ」

「そういうことでしたか……!」


 納得顔のフラニーをエグゼルがどうしたのかと訝しむ。フラニーは正直に答えた。


「どうして地方を希望されていたのかなってずっと不思議だったので」

「聞けばいいのに」


 エグゼルは気安く笑ったが、フラニーは内心「そう気安くいけるか」と思った。


(あなたは気さくな人だけど、私にとっては凄い錬金術師で、頼りになるボスで)


 恐れ多い気持ちの方が強いのだ。フラニーは口を尖らせて言い返したい気持ちを堪えた。


 そんなフラニーの気も知らず、エグゼルは他の箱の中身を見せ、本を開き、嬉しそうに収集物の説明を始めた。


 見たことの無い位熱の入った解説に、始めは戸惑ったフラニーだったが次第にその熱が移り、いつの間にか時間も忘れる程その世界に没入していった。


 錬金術師になっている時点で、未知の技術、未知の物質に興味が無いわけがない。


 液体を固体に保つ技、まるで虫の音がする精巧な笛、息を吹き込むと発光する筒。どれもが不思議で仕方のない代物だった。


 フラニーがエグゼルの語る色とりどりの世界に魅せられるのは、あっという間のことだった。




 二人が「今何時?」とハッとした時には既に夜は更けていた。日を跨ぎそうな時刻になっていたことに驚き、フラニーは慌てた。


「え! もうこんな時間だったんですか! すみません!」


 「明日も仕事なのに」と顔を青くするフラニーに対し、一方エグゼルは「全く気が付かなかった」と神妙にしていた。


「お暇します! あ! ええとお片付け!」


 名残は惜しいが、勤労者としての自覚はある。さっきまで夢中になって眺めていた品々をどうしようかとフラニーは震える手つきで手を伸ばした。


 するとエグゼルは「いい、いい」と言ってそれを遮る。


(あ、運ばせるのは不安……?)


 貴重な物だからな、と解釈したフラニーの心の内を察し、エグゼルは「違う」と苦笑いを浮かべた。


「もう遅いから。いいってこと。送ってく」

「え」

「ほら、はやく出ろ」


 優しく目を細めるエグゼルに、不覚にもフラニーの胸がドキリと鳴った。遠慮など許されぬ雰囲気で、フラニーは言われるままにエグゼルと部屋を出る。


 外は温かい空気で満ちており、空には高く星が輝いていた。


 静寂に包まれた街の中をフラニーはエグゼルと並んで歩く。来た時と同じく、やはり変な感じがした。フラニーはそわそわして、小さくエグゼルに話しかける。


「今日はありがとうございました。すごーーく面白かったです」

「他にも見せたいものがあったんだけど」


(他にもあるんだ! 見たい!)


「また見せるな」

「……はい!」


 うふふと口元を押さえてフラニーは喜んだ。跳ねるように数歩歩くと、不意に「あのさ」と背後から聞こえた。知らぬ間に足を止めたエグゼルを「どうしたのか」と振り返る。


 「あのさ」と繰り返すエグゼルの目が、フラニーの目とぱちりと合う。そして次の瞬間には、ふいとエグゼルは視線を逸らした。たまに目にする、エグゼルの仕草。フラニーは目を離すことは無い。


「今度、やっと時間が取れたから、周りの遺跡を調べに行こうかと思ってる」

「…………」

「興味があったらフラニーも」

「行きます!」


 フラニーは食いつくように返事をした。思ってもみない申し出だった。今の状態で「行くか?」と訊かれたら行くと言うに決まっている。


「あ、そう……」

「ど、どうしてちょっと戸惑ってるんですか……?」


 やはり目を合わせてくれないエグゼル。フラニーは不審がって近づいた。それ以上近づくなというようにエグゼルが手を伸ばす。フラニーはちょっぴり傷付いた。


(えー。どうして)


「そんなに興味を持ってくれると思わなかった」

「え! 持ちますよ! 好奇心の刺激しかありませんでしたが……」


 「あ、そう」と顔ごと背けるエグゼルに、フラニーは「もしかしたら」とある考えが浮かび上がる。


(もしかして、照れていらっしゃる……?)


 そう閃けば、もうそれとしか思えない。そういう風にしか見えない。思い返せば時々あったこういう瞬間は、目の合った時に発生していたような気もしてきた。フラニーは何だか目の前の年上の頼れる施設長が可愛く見えてきた。


(ちょっと~! 普段あんなに強気なのに、本当ははにかみ屋さんなの!?)


 突然にやにやし出したフラニーに、エグゼルは思い切り眉を寄せる。


「何」

「ナンデモアリマセン」


 からかってはならないと思い、フラニーは答えるだけ答えてくるりと前を向いた。緩んでしまう頬を両手で押さえ、「ふふふ」と声を漏らす。


「何笑ってる」


 少々不機嫌そうなエグゼルの声が追いかけてくる。フラニーは「楽しみで。遺跡が」と誤魔化した。方便半分、本音が半分だ。


 月が照らす夜の道。フラニーはエグゼルと特別な約束をした。内容も然ることながら、それ自体がとても心を弾ませる。


 ご機嫌に歩くフラニーの隣でエグゼルが眉を下げて笑う。


「気を付けて歩けよ、お嬢さん」

「……はい」


(このふわふわした気持ちは何だろう)


 妙な感覚が足元からじわりじわりと登ってくる。その正体が分からぬまま、フラニーは暗闇で輝くエグゼルの髪を盗み見た。



「おやすみ」

「ありがとうございました」


 「お気をつけて」と部屋の前まで送ってくれた上司に頭を下げる。頭上から「また明日な」と返され、顔を上げるとエグゼルは既に背中を向けていた。相変わらず去り際がサッパリしている。


(送ってもらってしまった)


 トン、トン、とエグゼルが階段を降りる音がする。その音がなくなるまではここに居よう。遠ざかる足音の主を想うと、胸の中がじんわりとした。


 直ぐに会えるというのに、もうその顔が見たい。


お読みいただきありがとうございます!

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