32実力テスト
素材部の部屋を調査員とエグゼルが後にすると、入れ替わるように他の部署の職員たちが押し寄せた。
「フラニー! ネージュ!」
先陣を切って向かって来るのはチーリだった。そのまま勢いに任せてフラニーに抱き着いた。
「やったじゃない! コランダム作れるようになっちゃって!」
「んん……」
ぎゅうぎゅうと抱き締められ、フラニーは何か言おうにもままならない。横目でネージュを見れば、いつも表情の薄い彼が、比較的「にこにこ」している。フラニーは珍しいものを見たと驚いた。
「お前も指摘無しだって? よく動じず答えたな」
続いて寄ってきたカリムは、ネージュの頭をぐりぐりと撫で回す。
「……必要以上に喋らなくていいって。教えていただいたので」
カリムはその言葉に「ははは」と笑い声を上げる。
「お前普段からそうだろ!」
「……」
ネージュは少しだけ「む」としたが、皆が嬉しそうなので「まあいいか」と先輩の無礼を水に流し、自らも今日の成果を喜ぶことにした。
(ボスたち、お見送りするって言ってたな)
ゴドーやギヨームといった上長が見当たらない。フラニーはやりきった思いだったが、自分に○をくれたコイルには、最後挨拶がしたいと思った。
「ちょっと、出てきます」
(ボスの部屋かな)
控室に人が見当たらず、フラニーは「出遅れたかも」と焦りながら施設長室へ駆けた。ドアの向こうからエグゼルとソードらしき声がする。
(ん。いや、部屋に入るのも変か……。エントランスで待っていればいいじゃない)
まだ工房内に調査員が居ることは分かったので、方針を変え、くるりとドアに背を向けた時。
「——ちゃんと仕事はしてるみたいだな」
「当たり前だろ。何。それ確認しにきたの」
(ん?)
何やら気になる会話を盗み聞いてしまい、フラニーはピタリと動きを止めた。エグゼルと話しているのはソードのようだった。そのまま聞いていていいものかと良心が囁いたが、迷っている間に会話は進む。
「そういう訳じゃないが。アレにかまけてると、本部の厄介な奴に目を付けられるんじゃないのか。『セル』さんは厳しいだろう」
「ちゃんと仕事していれば何も言わないさ。それにこっちの仕事が忙しくてそうかまけてもいられない」
「ふ、念願の地方に来たのにな」
静かにフラニーは部屋から遠ざかる。
(『アレ』って、何だろう……ボスが地方を希望していた理由に繋がるのかな)
ドキドキと胸の中が騒がしかった。
(き、気になる……!)
小走りでエントランスに向かうと、ゴドーやギヨーム、そして二人の調査員が歓談していた。
「ようフラニーどうした」
フラニーに全員の目が向く。フラニーは息を整えると、「お見送りに」と曖昧に微笑む。周りはほっこりとした顔で笑ったが、フラニーはやはりぎこちなくしか笑えなかった。
「悪い、待たせたな」
しばらくするとソードとエグゼルがエントランスに現れる。エグゼルはフラニーの姿を認めると「お?」という顔をした。
「見送り?」
「あの、ええ、はい」
やっぱり場違いだったかもしれないという気持ちと、先程盗み聞ぎしてしまったという罪悪感から、フラニーの返事の歯切れが悪い。エグゼルは気にしていないようで「そうか」と軽く笑う。
「本日はありがとうございました。今後も適切な運営を」
ソードはちらとフラニーに視線を遣る。フラニーは目を瞬いた。
「コランダムがあれ程できる錬金術師はそうそう居ない。今後も楽しみにしています」
「……は、はい!」
「ではまた」
フラニーたちは三人の背中がドアの向こうに消えるのを最後まで見送った。
「大変でしたけど、いい経験になりました」
「はは。珍しい意見」
「殊勝だな」
「えっ」
慌てるフラニーを、エグゼルとギヨームが笑う。つられるようにゴドーも密かに笑みを浮かべた。
「さあ今日は皆でお疲れ様会でもするかー」
「スズラン亭ですか」
「あそこじゃ皆は入り切らないだろ。買い込んでどっかの部屋をパーティ会場にしよう」
早速宴会の企画を始めた上長たちの後をフラニーが追いかける。エグゼルに追いつき、「買い出し行ってきます」と申し出た。
「功労賞の子は待ってな」
エグゼルが耳打ちする距離でフラニーに告げる。
「あいつが褒めるなんて、滅多に無い。よくやったな」
「……」
フラニーは顔が途端に熱くなるのを感じた。思わず立ち止まり、頬を押さえる。
「どうした?」
振り返るエグゼルがキラキラして見えた。どうしたのかは、フラニーにも分からない。
分からない気持ちを抱えて、フラニーは駆け出す。心臓が足を動かしているような、逸る気持ちに襲われながら。
◇◇◇
「ん~~~」
久し振りによく眠った。休日の朝日が体に沁み込む。栄養が体に注入されていく気がした。フラニーは大きく伸びをすると、ベッドから跳ね起きる。
(昨日はめちゃめちゃ疲れたけど、いい一日だったなあ)
良い結果で終わっていなかったらこんな気持ちにはなっていなかっただろう。それもこれも、前日までのエグゼルの懇切丁寧で適切な指導のおかげだと思った。ネージュに認められたのも大きな自信に繋がった。
「頑張っても駄目、ということも有り得たし……本当によかった」
今日は気分がいいから卵とベーコンを焼くことにした。ジュウジュウとフライパンで油が爆ぜる。昨日の気を遣いまくる調合と比べたら、塩コショウの加減の気楽さと言ったら。
「適当に振ったって美味しい」
トーストに目玉焼きと焼いたベーコンを載せて頬張る。じわーっと美味しさを噛みしめた。コーヒーを飲んでホッと一息つくと、ふと昨日のことを思い出す。
「アレ、気になるなあ」
かねてよりどうしてエグゼルが地方を希望していたのかは不思議だった。そこに偶然聞いてしまった「アレ」という意味深な単語。
「ソードさんは、何かを確認しに来たんだよね。バレたら本部に怒られてしまいそうなことを……」
知りたいと思う好奇心と同じ位、心配が大きくなる。
「ボ、ボス……?」
フラニーの晴れ晴れとしていた気持ちが段々と曇っていく。エグゼルがもしも本部に目を付けられることがあって、バンドーラ支部から、いやセルから遠ざけられることがあったらどうしよう。
「え~~~~?」
コーヒーのカップを置き、べしゃあとテーブルに突っ伏す。聞いたら教えてくれるだろうか。事情が分かればこの不安は消えるのだろうか。
(秘密なのかな。秘密にしてるのかな)
支部の誰かは何か聞いているだろうか。悔しいことにフラニーが知らないところでエグゼルは他の職員たちと飲みに行ったり、色々話す機会を設けている。
フラニーははたと思い付いた。
(地方を希望していたって前に教えてくれたのだから、隠していたって徹底的に内緒にしている訳ではないのかも)
どうしてこんなに気になるのだろう。どうしてここまで心配してしまうのだろう。
フラニーは自問した。エグゼルがここから居なくなってしまうと想像すると、とても心許ない気持ちになる。
「居てほしいなあ」
恐らく、支部の誰もがエグゼルに居てほしいと思っている。しかし、それだけだろうか。果たして自分が抱いているのは皆と同じ気持ちだろうか。
エグゼルのことは誰よりも尊敬しているつもりだ。錬金術師として自分を高めてくれたのはエグゼル。そして、あの危機的状況を救ってくれたのもエグゼル。少しでも歯車が違えば、フラニーはもしかしたら既に錬金術師として生きていなかったかもしれない。
(休みが明けたら、訊いてみよう。それで少しでも嫌そうな顔をしたら引き下がろう)
ゴロリと顔の向きを変え、のんびり雲が流れていくのを見上げる。ひたすらに平和で穏やかな休日をどう過ごそうか。フラニーはぼんやりと考えた。
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