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15調達という名の冒険

 次の日。フラニーはスッキリした気持ちで工房を訪れた。すると、またしても素材部の部屋の前でエグゼルが待っている。昨日はただのフラニーのコランダム勉強会であったため、今日は納品用に施設長が直々に調合をする予定だった。


 とは言え、いつからそこに居たのだろうか。今日フラニーはいつもより早い時間に来ている。それなのに先に到着しているエグゼルに、フラニーは少し驚いた。


 開錠し、ドアを開くフラニーの横でエグゼルは腕を組んで黙ってそれを見ている。フラニーは妙な圧を感じ、沈黙に耐え切れずに口を開いた。


「いつも、こんなにお早いんですか」

「……いや」


「今日は調合されるからですか」と荷物を置きながらフラニーが振り返ると、エグゼルは何か言いたげな顔をしていた。フラニーは自分が知らぬ間に何かしただろうか、とドキリとした。


「決戦は」

「はい?」


 唐突に耳慣れない言葉が発せられ、フラニーはつい不審そうに訊き返した。その反応にエグゼルの眉が寄る。


「お前が昨日自分で言ったんだろ。えらい気迫で。決戦ですって」

「あ、ああ……! そうでした」


 そんな大仰な言い方をしてしまっただろうかとフラニーは昨日の自分を恥ずかしく思った。昨日の熱は既に冷めている。


(もしかして)


 エグゼルは心配して、こんなに早く来てくれたのだろうか。


 はたと思い付き、フラニーは些か呆れた様子のエグゼルをまじまじと見る。目が合えば、居心地が悪そうにスッと視線を逸らされる。


(あ、そうだ。これ絶対そうだ)


 フラニーは確信した。同時に胸の中がじわじわと温かくなっていく。先日エグゼルは言った。労うのは仕事ではない、と。ならばこれだって「仕事」にはならないはずだ。


(仕事じゃないのに。仕事よりも早く来てくださったんですか)


 フラニーが感動を込めてエグゼルに視線を送り続けていると、痺れを切らしたエグゼルは低く「で?」と再度尋ねた。フラニーはエグゼルとは反対に明るい声を上げる。


「乗り切りました!」

「結局何だったの」

「……わ、別れ話です」


 フラニーが白状すると、エグゼルは合点がいったように「あー」と天井を仰ぐ。そして上着を脱ぎ、注文票を確認しながら「お疲れ様だな」と当たり障りない言葉を返す。


(あまり詳しく聞かせる話でもないよね)


 エグゼルからそれ以上の追及もないので、フラニーは「ありがとうございました」と答えて話を終えようとしたが、またふと気が付く。エレンのことが頭を過った。


「あの、以前お話しした二人の先輩のことですが。お声はかけません」


 その内容が唐突に聞こえたエグゼルは「どうした」と目を瞬かせる。


「昨日、二人の内の一人にも偶然会いまして。少しお話ができました」

「へえ」


 エグゼルは手を止めてしっかりとフラニーに向き合った。


「施設長の言われた通り、あんな辞め方して戻れないと言われてしまいました。それに、自信もないって」

「そうか」


 エグゼルからの返事は簡単だったけれど、その表情からフラニーは察した。気持ちの整理はついたのか、と聞かれていることを。


「納得しました。諦めました。それで、ちゃんと私は私でやっていこうと思います。二人がどうのとか、私一人だから、というのは関係なく」

「……うん」

「仕事というのもありますが。私はやっぱり調合が楽しいですし、新しいことを知れるのが嬉しいです」


 エグゼルはまた「そうか」と繰り返した。柔らかく、陽だまりのような温かな微笑みがフラニーを捕らえる。丁度、部屋の窓から朝日が差し込みエグゼルの綺麗な金髪を照らす。


「じゃ、そろそろやるか」

「はい」


 炉の方へ向かうエグゼルに続く。決して大きくも広くもないその背中が、フラニーにはとても頼もしくそして遠く見えた。




 エグゼルが「得意」だと言い切るにふさわしい腕を振るう傍ら、フラニーはひたすらにメモを取り、観察をした。


 自分と何がどう違うのか。どの工程でどのくらい何をするのか。同じ方法を取っているにも拘わらずどうしてそんなに出来に差ができるのか。


「そっか、そこはもっと少しずつ……」

「あ! 成程、温度をまた測って」


 ブツブツと発見したことを唱えるフラニーに、エグゼルは何も言わない。意外とよく喋る奴だと思ったけれど、ひたむきさを責めることはしない。


「……お前が居てくれて良かったよ」

「混ぜるときは……え? 今何かおっしゃいました?」


 エグゼルは「何も」と笑う。フラニーは怪訝な顔をしたが、また直ぐにメモに向き合った。


 そうして出来上がったコランダムはどれも均一で美しく、そして大きかった。エグゼルが身に付けている数々と比べ、ようやくその上着に縫い付けられているのが本当に彼の作ったものであると心の底から信じることができた。


「んじゃ、後はよろしく」


 仕事を終えたエグゼルは販売部への運搬をフラニーに託そうとする。机の上に並ぶコランダムたち。フラニーは箱を持ち、手が震えた。


「わわわ」

「……大丈夫か」

「だ、大丈夫です。あの、施設長」

「何」

「……ありがとうございました。勉強させていただきました」

「何。改まって。じゃあな」


 相変わらず、去り際が潔い。何の余韻も無く、仕事を片付けたらサッと去っていく。フラニーはもしも自分だったら色々と語ってしまうだろうなと思った。



「コランダムでーす」

「きゃあああ! 本当に来た!」


 フラニーが販売部へ慎重にモノを運ぶと、部屋中で歓声が上がる。バンドーラ支部初のコランダムの出荷である。部員がワッとフラニーを囲んだ。


「見せて! 見せて!」

「絶対触るなよ」


 押し合いへし合い、チーリたちが身を乗り出している中、フラニーはそろりと箱の蓋を持ち上げる。中身を見た一同からため息が漏れた。


「綺麗……。この赤色、どうやって出すのかしら」

「それよりもこの大きさ……それに形の整っていることといったら」

「うわあ。どんな値付けるのこれ」


(分かる。分かります。私も、誰が買うのだろうと思いました)


 エグゼルはツテと言っていた。そうでなければ、この辺の街にこんな質のコランダムを買おうなんて人はまず居ない。


 フラニーは口には出さなかったが、何となく、フラニーの勉強のためにエグゼルがツテを使って発注をかけてもらったのではないかと、そんな気がしていた。支部の大きな収益になるのは勿論のこと。


「いやー、本部が手放したくなかったのも頷けるよ」


 一人がポツリと漏らした言葉に、皆で頷く。指導力だけでなく、腕前も人並み以上の頼れる錬金術師であることがフラニーだけでなく、工房中の知るところとなった。


「……施設長のことも込みで発注受けていいならなあ」

「ちょっと!!」


 誰かが呟いた一言は、とても小さかったが、その場に居た全員の耳が拾った。一瞬ぎくりと固まった空気を、チーリの責めるような声が破る。「ご、ごめん。いやフラニーがどうってことじゃなくて、余剰でってことだよ」と直ぐに謝罪と弁明が聞こえたが、雰囲気は依然として緊張している。


 明らかに、皆でフラニーに気を遣っているのが窺えた。


(あのコランダムを見ては、そう思うよね。多分、皆思ったはず)


 フラニーは周りが密かに慌てる中、自分でも存外落ち着いていた。


 先の言葉にショックを受ける程、自分を見誤ってはいない。エグゼルの腕と比べてはどんなに心許ないか、誰よりもよく知っているつもりだ。工房の看板を自分一人で守れているかと自問しても、ギリギリとしか言えない現状であるとも分かっている。


(だから、私が言えるのはこれだけ)


 フラニーの目が、販売部員たちを見渡す。その静かな様子に、周りはたじろいだ。


「皆さん、満足にお仕事ができなくてさぞもどかしいと思いますが、施設長が人を増やす算段を付けておられます。私も、もっと勉強してやれることを増やします。あの腕に魅せられてから、施設長に追い付きたいと思っています」

「フラニー……」


 チーリがカウンター越しにフラニーへ手を伸ばし、そのまま抱きしめる。この間まで、ボロボロでその日の仕事をこなすので精一杯だった年下の彼女が、どうしてこんなに短期間で見違えるようになってしまった。


 いや、本来彼女はこうだったのかもしれない。数少ない錬金術師になれるだけの実力も気持ちもあったのだから。その本性をずっと押さえつけていたのかと思うと、チーリの胸に得も言われぬ悔しさが湧く。


「ふふ、大丈夫ですよ」


 チーリはフラニーの体温を感じながら、漲る何かを受け取っているような、そんな感覚がしたのだった。


お読みいただき、ありがとうございます!

お詫び:15話と16話(未掲載時)の内容が入れ違いになって掲載されてしまっていた時間がございました。16話アップ時に違和感を覚える方がみえると思います。大変申し訳ありませんでした。2022.12.21

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