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13今までとこれから

 フラニーが悶々と過ごし、やっと一週間が経った。今日で決着をつけるんだ、と意気込んで家を出た。無意識に「よおおおおし」と低く気合が漏れる。すれ違う人が振り向くような迫力を以て素材部に出勤すると、部屋の前でエグゼルが待っていた。


「よう。おはよう」

「お、おはようございます……!」


 最近にしては珍しい。様子見ならばついこの間来たばかりである。フラニーは自然といつもの体に戻り、エグゼルに問いかけた。


「ボ……施設長、どうされたんですか?」

「発注が掛かった。一昨日材料も調達してきた。今日注文票が回ってる」

「え⁉ 何のです⁉ 打ち合わせで何も聞いて」


「いませんが」と続くはずだった言葉は、エグゼルの「早く開けろ」という命令によってかき消された。フラニーは慌てて部屋のドアを開く。聞くより自分の目で確認すればいい。一目散に発注票へと向かった。


「コランダム……!」


 フラニーは発注票を目にし、あんぐりと口を開けた。言わずもがな、上級の錬金術師しか作れない玄人素材。その生成の難しさから、錬金術師泣かせの素材のひとつに数えられている。生成のコストも高く、失敗したらどこにも費用を請求できず、全て工房が負担する。


 そんなものが受注されているなんて寝耳に水、と思ったが、そういえば販売部に乗り込んだ時、エグゼルが「受けて良い」と言っていたような気がする。


「施設長!」

「はは。俺のツテの発注」


 軽く笑うエグゼル。道理で聞かされていない訳だ、とある意味納得するが、フラニーは授業でなら作ったことはあるが、個人的に作ったことはない。急にあまりに大きな案件が襲来し、緊張と不安が押し寄せた。


「本部でも嫌がられる注文だけど、そんなに青くなるな」


 エグゼルはバサッと上着を脱ぐ。


「コランダムは俺の得意だから」


 その時、上着に縫い付けられたキラリと輝く宝石の数々がフラニーの目に飛び込んできた。そして初めてあることに思い至る。


「こ、これ……まさか全部、施設長作ですか……?」

「当たり前。天然の宝石がこんなにあるはずないだろ」

「…………」


 上着に釘付けになっているフラニーに、エグゼルは得意げに笑った。



 既に注文が入り、そして作る気満々のエグゼルが来たとなれば、フラニーには早速取り掛かるという選択肢しか残されていない。驚いている暇も、慌てて復習している暇も与えられなかった。


 まずは説明から、とエグゼルは未だに動揺しているフラニーを座らせた。フラニーが初めて作る物はエグゼルが解説してから、というのが常となっている。フラニーは必死にエグゼルの話を聞いた。


「最初は溶かす。何よりも溶かす」

「はい!」

「冷ますのが大事。ここで焦るともう駄目。ん? 何か俺、炉を使う素材だと毎回同じ説明してない?」

「大事なことは色んな物に通ずるんですね」


 フラニーは真剣にメモをとった。溶かす際の温度、そして冷ましていく過程で目指す温度。各材料を入れるタイミング。どれをしくじっても上手くいかないだろう。それは他の素材の時でも同じだった。


「じゃあ、やるぞ」

「はい」


 一通り説明を終えると、エグゼルはいつもと全く変わらぬ様子でサッサと調合へ移るよう促す。初めて会った頃はフラニーが「まだ頭の中で整理している途中なのに」と焦り、もたついているとエグゼルに「早くしろ」と叱咤された。


 しかし、今のフラニーは違う。


(また一つ、作れるものが増える。一歩前に進める)


 突然降ってきた大きな仕事に、不安と動揺で目の前がくらりとしていたのも忘れ、想いに突き動かされるように席を立った。


 フラニーの目に宿る光を見て、エグゼルはフッと笑みを湛えて頷いた。




「そう。慎重に入れる。少しずつな」

「はい……」

「温度は? ここはずっと注意していろよ」


 説明はしたからと放り出さないのがエグゼルである。実際に調合している間、しっかりと随時指示を出すことを忘れない。フラニーにとっては復習させてもらっているようなものだった。


(この人、教えるの上手いよね……)


 決して失敗させないという強い意志すら感じる。インゴット等を習っていた時は、自分のことばかりにしか目がいかなかったし、エグゼルという人のことも凄腕の錬金術師ということだけしか分からなかった。


 この経験がどれ程貴重で、こうして丁寧に教えてくれる時間がどれ程ありがたいのか、フラニーは知っている。その感謝を噛みしめ、目の前の作業に集中した。


 そうしてエグゼルの指導の下、フラニーが懸命に作業をして数時間が経ち——。



「おおおおおお!」


 感動したフラニーの雄叫びが部屋に響き渡った。エグゼルは思わぬ声の太さに驚き、思わず肩が跳ねた。


「できた! できました!」


 汗だくのフラニーが興奮してエグゼルの手を取り、ブンブン振る。器材の中の液体には、赤い色のコランダムが沈んでいた。ちゃんと結晶化したのである。


「そうだな、初めてにしては上出来だ。卸せるレベルには、ちょっと足りないけど」


 エグゼルの言葉にフラニーは顔をしかめてギュッと目を瞑った。よく出来たと思ったが、売れる程ではない。まだ及ばない。スパッと言われ、何かを噛み潰すように「はい」と返事を絞り出す。


「一応褒めてるぞ? これすら作れないやつはごまんといる」

「それは……施設長が一緒にやってくださったのですから……」


 「ははは」とエグゼルが笑いながらフラニーの頭をガシガシと撫でる。縮れ毛がボサボサになった。


「今日の所は喜んでおけよ」


 頭から手を離すエグゼルの顔は優しかった。不覚にもフラニーは泣きそうになる。この人に追いつくにはどのくらいかかるのだろう。何をすればいいのだろう。


 フラニーが、知識も経験も及ばないエグゼルに抱くのは、もう憧れだけではない、尊敬だけではない。その凄さを思い知る度、フラニーは「自分も」という衝動に駆られるようになった。


(私も、あなたのようになりたい)


 フラニーは乱れた髪を触り、くしゃりと笑う。届くだろうか、この情熱が。




 納品は、後日エグゼルが手本を兼ねて作ったもの、ということになった。悔しいが仕方がない、とフラニーは自分に言い聞かせる。


「はい。今日はお疲れ」


 朝から終業までずっと居てくれたエグゼルに、フラニーは頭が下がった。一日ここで時間を費やした、ということは、エグゼルは自分の仕事を本日ひとつも手を付けていない、ということだ。


「ありがとうございました」


 深々と腰を折ると、「俺のツテの発注だろ」と躱される。フラニーが顔を上げると、エグゼルはそっぽを向いていそいそと上着を着ていた。その仕草に、何となく違和感を覚える。


(もしかして)


 ちょっと照れていたりするのだろうか。フラニーがしげしげと、視線を外すエグゼルを眺めていると、バツが悪そうにエグゼルが眉をしかめた。


「何でもないから。見るな」


 フラニーは「む」と口を尖らせた。お礼の言葉くらい、ちゃんと受け取ってもらいたいのに、と思った。再度感謝を告げようとしたが、エグゼルがそれを遮るように口を開く。


「……朝、何か迫力があったけど。何かあったか?」

「……」


 不意を突かれ、フラニーはキョトンと目を瞬かせた。


(朝……? 何か……)


 寸時、何のことだったかと困惑したが、ハッと今日はこれから超重要な用事を控えていたことを思い出し、「あ!」と声を上げた。


 そうだ。一日コランダムにかかりきりで、頭から抜けていたが、今日は。


(——アラン)


 今朝の気合を取り戻し、キリっとフラニーの眉間が凛々しく寄った。眉と目の隙間が狭くなる。エグゼルは照れ臭さを誤魔化すために尋ねてみたはいいものの、フラニーの妙な雰囲気を前にギョッとした。


「今日は、決戦なので」

「決戦」


 ごう、と闘志を燃やすフラニーをエグゼルは初めて見た。「こいつ、こんな戦士のような顔をするような奴だったっけ」と内心で訝しむ。ひたむきに調合に打ち込んでいる顔とは何か違うものを感じた。


「どんな戦だ」

「……かなり、個人的なものですので」

「が……頑張れ」


 エグゼルは珍しく気圧され、そう告げることしかできなかった。フラニーは固く頷いて応えた。




 フラニーは今日は部屋には着替えに戻らなかった。自分が仕事をしているこの格好が、今自分を支え、保っているのだと思ったからだ。アランにも、ちゃんと自分という人を分かってもらいたい。


 言いたいことはたくさんあるが、喧嘩をしようという気はないのだ。アランに自分は合わないのだ、ということを納得してもらわなくてはならない。分かってくれるだろうか、いや、分かってもらわなくてはならない。


(これ以上こじれるのはもう嫌だ)


 爛々と目を光らせ、日の影る街を行く。


「……フラニー? 着替える時間なかった?」


 店の前でアランが待っており、フラニーを見て直ぐにそう尋ねた。表情には出さなかったが、意に沿っていないということがよく伝わった。


「そういう訳じゃないけど、このままでいいと思って」

「……俺は構わないけど、店には合わないかも」

「それならきっと、私に店が合っていないんだわ」


 自分が、店に合わないのではない。アランが選ぶような店が、今のフラニーには合わないのだ。彼自身が、フラニーに合わないように。


 アランはフラニーの言葉に虚を突かれたように一瞬黙った。数度瞬きすると、少々戸惑いを見せながら「大丈夫だろう」と答える。


(何が大丈夫なのよ)


 フラニーが意味の分からない「大丈夫」に内心眉を顰めている隙に、アランは店のドアを開け、フラニーに入店を促した。フラニーは息を一つ吐き、意を決し歩を進める。


 戦いの、始まりだ。


お読みいただき、ありがとうございます!

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