10新施設長
フラニーは気まずかった。エグゼルを除いた工房全職員を代表して、この気まずさを味わっています、と心中で工房の皆にお伝えした。
左遷されたと思われていたことに憤慨しているエグゼルは、面倒臭いという雰囲気を醸しながら説明を始めた。フラニーはきちんと聞くために水を飲んで口の中の物を流し込んだ。
「俺は元々地方支部の志望だったけど、ずっと本部に縛られてたの」
「ご、ご優秀だから……」
「そうだよなあ、本部に居るならご優秀なはずだよなあ。けど、そのご優秀なはずの内の一人が。あ、俺の部下ね。材料を計量しないってことをやらかしてくれた訳」
「あ、あら、ご優秀なのに……」
「どうなったと思う」
全く気の利いた返事ができず、冷や汗を浮かべるフラニーは振られた質問に「ええと」と詰まった。
「——部屋の中で爆発した」
「え!?」
「幸い死者は無し。軽傷で済んだが、怪我人が8人。結構な事故だ」
フラニーが「それは結構な事故ですね」とオウム返す。驚きのあまり、いよいよ頭が働かなくなった。
「確かに俺の監督不行届きなんだけど」
「いやでもそれ……指導されるようなことじゃないですよね……? 信じられない」
呆然としてしまう。どれだけ慣れた調合だって、きっちり量るのは基本中の基本だ。そこにある材料が今から作る素材と合っているかどうかを確認するのと同じくらい当たり前。
それを怠った人の責任を取らされるのは、正直言って御免だ。
エグゼルはフラニーの表情から心の内を読み取った。手に取るように分かるくらい、思っていることが顔に出ていた。
「組織だからな、責任取るのが上の仕事だ」
「でしたら……」
実質やはり左遷ではないか、とフラニーが訝しんだ瞬間。エグゼルは得意顔でニヤリと笑った。
「本部はまだ俺を出したくなかったんだろうけど、責任を取って俺は出るって押しまくった。念願叶って異動だよ。事故起こした本人は謹慎後異動。あっちは本物の左遷」
「……」
本部がどんな所かも、どういう人が居るのかも知らないけれど。フラニーは本部の偉い人たちに自分の主張をゴリ押ししているエグゼルがどうしてか簡単に想像できた。
「左遷じゃないだろう」
「な?」等と言っているが、それは本人の意志がどうであれ表向きは左遷だ、とフラニーは思う。思う、がそれは口に出さない方がいいと判断を下し「そうですね」と答えておくことにした。
事情は分かった。エグゼルが異動してきた理由は本人に問題があるからではないということは大いに納得できた。エグゼルの働きぶりを見ていれば、変だとは思っていた。
(そういうことか。そりゃ本部も手放したくなかったよね。うちは本当にラッキーだったってことか)
「移ってきたはいいけど、ここはやることが多くて驚いたよ」
フラニーは「そうでしょうね」と口元を引きつらせる。フラニーたちからすれば「来てくれて良かった」だが、エグゼルからしたらいくら地方を希望していたからと言って、こんなに手を入れなくてはならない所だったら話は別だったかもしれない。
苦言は甘んじて受け入れよう、とフラニーはキュッと眉に力を入れる。
「前の——エルダーさん? もうちょっと何かしてくれれば良かったんだけど」
「——へ?」
矛先が思った向きと違う。フラニーは手元が狂い、カツンとフォークで鉄板を突いてしまった。
「何。え、働いてた? あの人」
フラニーのびっくり顔を見て、エグゼルも目を丸くする。そのままお互い数秒見つめ合う。
(え? あのエルダー施設長だよね? 私たちの所に来て、よく話を聞いてくれたあのエルダー施設長でしょ?)
「た、多分? よく労いに来てくださいましたけど……」
「それ仕事じゃないだろ」
「…………」
(仕事……確かに? 仕事、では、ない? のかも?)
見る見るうちにフラニーの眉間に皺が寄る。エグゼルは呆れた。
「そんなオメデタイことだから素材部はあの人の怠慢を野放しにしてたんだよ!」
「たいまん」
「素材部の錬金術師を一人にさせることがあるか!」
ドキリ。フラニーの胸に何か重たいものが過ぎった。
「労ってたって今言ったけどな、そんなの人材不足の問題をちゃんと把握してますよって顔を見せにきてただけだ」
「ん……んな……!」
ショックで口が利けなくなり、フラニーはただただ青褪めるばかり。いつの間にか、手からフォークが滑り落ちていた。エグゼルは残念な感じになっているフラニーに追い打ちをかける。
「大体、黒色ガラスしか受けない体制にしたのだってあの人だろう」
「ソウナン、デスカ」
「現場の錬金術師と揉める程、厄介なことはないからな。当時面倒なのが素材部に居たんだろ? あのレシピ置いてった奴が」
(知りません)
自分が入る前の話は、フラニーは殆ど知らない。聞けば聞く程耳を塞ぎたくなる。無言でゆるゆると首を横に振った。
次第に明らかになっていくバンドーラ工房の闇。優しくて評判の良かったエルダー施設長が実は全然問題解決に動いていなかったこと、そもそもの問題を生み出してくれた(皮肉)のもエルダー施設長だったこと。どんどんエルダーに抱いていた印象が崩れていく。
以前ブランドンから聞いた『当時の上も何も言わなかった』の『当時の上』とはエルダーのことだったのかと思うと、酷くガッカリしてしまった。
「人の補充については、今審査してるところだから。この辺の奴じゃないけど、三人手上げがあった」
「そ、そうなんですか!」
弾かれたようにフラニーが顔を上げる。「うん」と凛々しく笑うエグゼルが暗い店内で輝いて見えた。
「俺が素材部の仕事に手を出すのはやぶさかじゃないけど、普通に工房の体制としてまずいもんな。一人は」
「……あの」
フラニーは、エグゼルに言うなら今だ、と思った。かつての先輩たち。最後まで残ったあの二人は、きっと今の工房の体制だったら戻ってきてくれるのではないかという期待が捨てきれずにいた。
「辞めてしまわれた二人は、いかがでしょうか。あの時の働き方では続かなかったでしょうけど。この間、街でお見かけしたんです。きちんと時間通りに勤務できるお仕事に就かれていました」
「ふうん?」
「お声をかけてきてもいいですか」
「フラニーがいいなら、俺は止めないけど。ちょっとお人好し過ぎるんじゃない。置いていかれたんだぞ」
エグゼルの至極当然の言葉に、フラニーは眉を下げた。そんなこと、自分だって分かっている。
「……こういうところ、薄情だなって思うんですけど」
自嘲するフラニーに、エグゼルは「ん?」と目を瞬いた。
「本当に、仕事を回すために、人手として来てほしいなって思うだけなんです」
「そうなの?」
頬杖を突くエグゼル。耳を傾けてはいるが、探るような目でフラニーを見つめた。
「事情は何となく知っていましたので、二人が居なくなった時にも恨みとかはなくて。彼女達も錬金術師としての矜持を自ら折って出て行ったんです。生活のために」
もう錬金術師として働いていないあの背中が、フラニーには忘れられない。
「好意も嫌悪も無いって言うか。人手を探すなら、一番手近なのは彼女達かなと」
「辞めた理由については俺もとやかく言うつもりはないよ……ただ、辞め方についてはお前がそう割り切っても、向こうがきっと無理だろうな。あの状況で、自分達が辞めたらどうなるかなんて、想像がついてたはずだ。それを分かった上で、お前に話もせず出て行ったんだ。もう戻れないって覚悟をしていっただろう」
「…………」
「お前も、強がりさんだな」
エグゼルは口を尖らせるフラニーの頭をくしゃりと撫でると「そろそろ戻るぞ」と言って席を立った。
フラニーは浮かない顔で撫でられたところに手を遣る。本心を見透かされたようで、バツが悪い。
(結局、三人で残れなかったことに未練があるのは、私か……)
気付けば昼休みが終わる五分前。フラニーはエグゼルと共に足早に工房へと戻った。
今日の昼は、やけに太陽が眩しい。前を小走りするエグゼルの髪が、キラキラと輝いていた。
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