国際会議②
# 国際会議②
長月とNo.9はメディアセンターへ入る。
No.9はクローズド会議で事件が起こらないか確認するため、なるべくモニターに近い席を確保した。
長月は、記者の中に不審な動きをする人間がいないか監視するために、出入り口近くの席に陣取った。
会議は粛々と進められていく。
長月はメディアセンターから出入りする記者を観察する。
特に女性の記者の動きには注意を払い、どこへ行くのか後をつけたりもしてみたが、たいてい、メディアセンター外のラウンジで電話をするくらいのもので、トイレに行ったのは2人だけ。
どちらもかなり記者歴の長い人物で、不審な点はなさそうだった。
クローズド会議は、部分的にメディアへの配信を切って本当にクローズドな環境で行われることもあったが、会議の終わりにはボーモント大臣の姿もあった。
結局、クローズド会議中に事件は起きなかったのだ。
No.9は一応雑誌の名前でチケットをとった手前、当たり障りのない記事を書いた。
同様に、オンライン媒体を持つメディア関係者から、クローズド会議の様子を伝える記事が続々と投稿されていた。
「何事もなく終わりましたね」
「まだ会議は終わっちゃいないさ。
これからルブラン参事官がメディアブリーフィングを行うみたいだ」
「その間ボーモント大臣はどちらに?」
「VIPの控室か、日本の要人と会合か。どちらにしても僕らには立ち会う権利がない」
「そうでしょうけど。
私はどうしたらいいですか?」
「メディアブリーフィングに出てくれ。
記者は全員そっちに出るはずだ。
もし参加しないやつがいたとしたら、その記者が怪しい」
「わかりました。
いない人を探すのは簡単ではないと思いますけどね」
愚痴を言いつつも、長月は指示に従った。
ブリーフィングルームにはすでに記者が大勢集まっていた。
壇上にはルブラン参事官と日本の参事官。脇に通訳と資料係。後方には警備関係者。
会議室後方の隅には、例の固定撮影の腕章をつけたカメラマンが業務用撮影機材を回している。
長月は会場を見渡し、顔を覚えた女性記者は全員いることを確認した。
記者が集まったところで、ルブラン参事官が話を始める。
話は英語だったが、同時通訳で日本語でも伝えられた。
会議は非常に有意義だったこと。細かい技術的論点については今後詰めていく必要はあるものの、大枠の合意はとれたことを説明する。
話自体は5分ほどで、質疑の時間に移った。
質問番号順かと思いきや、抽選式だったようで質問番号9が指名された。
長月は入場時に受け取った質問番号の札をちらと見る。
質問番号は9だった。偶然にも質問の機会がやってきてしまった。
たいして話も聞いてなかったので焦ったものの、平静を装って立ち上がると、進行係からマイクを受け取り、一瞬だけ頭の中で思考を整理してから質問を口にする。
「共同声明の発出時刻について確認させてください」
日本語が通訳により英語にされて、ルブラン参事官に伝えられる。
回答もまた、通訳より日本語で伝えられた。
「現時点では17時を予定していますが、遅延する可能性はあります」
「未確定の事項はありますか?」
重ねての質問。もし、〈翼の守〉が豚肉の輸出自由化を問題視しているのであれば、この議題について未確定だとすればいまだボーモント大臣は危機にさらされているといえた。
通訳より、回答が告げられる。
「会議で取り扱った議題についてはすべて合意が取れていると考えてよいです。
合意の詳細についてのみ、これから調整が必要な部分もあります」
回答は予想外のものだった。
――つまり、クローズド会議において、豚肉輸出自由化についても合意が取れていることになる。
いやしかし、合意はとれていても、共同声明までに大臣が殺されるような事態になれば、合意すら取り消される……ということになるのだろうか?
しばらく無言のまま立っていたため、進行係からマイクの返却を催促される。
長月は「ご回答ありがとうございます」と礼を言って、マイクを返した。
その後も質疑が行われ、15分ほどでメディアブリーフィングは終了。
ルブラン参事官たちの退室を見送った。
結局、メディアブリーフィングでは不審な人物は現れなかった。
その後はラウンジへ向かい昼食となる。
記者席では、昨日見たのと同じメニューが提供されている。
長月は料理を運んできたスタッフに声をかける。
「こちらは何の料理ですか?」
「こちら真鯛のカルパッチョになります。
専用の生け簀で管理された養殖物でして、天然物より脂乗りがよく、肉質もよくなっております」
解説のマニュアルがあるのだろうか、スタッフの回答は短く簡潔なものだった。
カルパッチョの皿を1つ受け取り、重ねて尋ねる。
「大臣たちも同じメニューを提供されていますか」
「はい、そうなります」
「厨房もシェフも共通ですか?」
その質問は想定されていなかったようだが、それでもスタッフは笑顔で答えてくれる。
「はい同じです。
ただ配膳のスタッフは異なります。
向こうは専用のスタッフが配膳し、チーフシェフが付き添います」
「そうですよね。
大臣ともなればVIP待遇となりますよね。
――あちら側の配膳スタッフと面識はあります?」
「はい。昨日から会ってますよ。
会場が用意した人だと思います。詳しいことはわかりませんが」
「ああ、いえ、興味本位で聞いただけですので。
ありがとうございます」
長月は真鯛のカルパッチョだけもって、No.9のいる席へと向かった。
「配膳スタッフは会場が用意した人みたい。
ただチーフシェフが付き添うみたい」
「料理に毒、なんてのは難しそうだな。
チーフシェフの前でそんな真似はできないだろう」
「それで、まだ事件が起こる可能性があると考えていますか?
議題については全部合意が取れているようですけど」
「まだひっくり返る可能性はあるだろう。
引き続き、怪しい奴がいないか目を光らせてくれ」
「了解しました。
――これを食べてからですけど」
長月はいくつか料理に手を出した後、満腹になる前に食事を切り上げて動線の確認へと向かった。
本会議室へ向かうサービス連絡路を、黒バッジを付けた女性が移動していた。
パソコンを抱えているところから、技術者だろうか。
思わず長月は声をかけた。
「すいません、何かありましたか?」
女性はきょとんとして、自分に声をかけていますか? と確認した後答える。
「通訳ブースの音声機器の接続確認です。
別にアクシデントがあったわけではありません」
「そうでしたか。
てっきり何か緊急を要するようなことがあったのかと」
「いえ、そういったことは今のところ。
すいません。作業があるので」
「おかまいなく。
お邪魔して申し訳ありません」
去っていく黒バッジの女性技術者。
長月は彼女の身分証の名前を記憶して、ラウンジへ戻ると早速検索をかける。
「ふうん。女性技術者ね。
それで、身元は?」
No.9が尋ねると、長月は検索結果を示した。
「映像機器メーカーの技術者ですね。
2年前に次期製品の説明会で技術説明をした経歴があります。
写真も――そうですね。この人です。
見た目までそっくりに変装されていたらお手上げですけど、少なくともこの2年前のこの人と同一人物であるようには見えました」
「となると問題なしか。
意外と尻尾を出さないな」
「――本当にその慈悲心鳥とやらが来ていたら、の話ですけどね」
「長年の勘が来ているといってるのさ。
そういうわけだから、FIA長官の囲み取材の間、ちょっと廊下で張っててくれないか」
「構いませんよ。その予定でついてきたわけですから。
そうですね、通訳控室と、パウダールームの前が見通せるこのあたりで。
電話OKの指定エリアなら、長時間居座っていても不審に思われないでしょう」
「細かい指示はいらないようで大変結構。
――じゃあそういうわけで、怪しい奴がいたら後をつけてくれ」
「できる範囲で、やるだけやってみます」
長月はため息交じりにそう言って、スマートフォン片手に廊下の壁に背中を預け、張り込みの態勢をとった。
しばらくは人通りがあったが、FIA長官の囲み取材が始まり、会議室の扉が閉じられると途端に静かになった。
囲み取材は20分程度。
その間、特に怪しい人物の出入りはなかった。
通訳控室から出てきた女性がスタッフ専用通路を通って会議室の裏手へと歩いて行ったが、問題はなさそうだった。
こっそり撮った写真で画像検索をかけたところ、昨年の農水省主催の国際イベント時の写真がヒット――つまり、農水省御用達の女性通訳者であった。
他には政府関係の男性が2人。お手洗いに出てきた女性記者が1人。技術系の男性スタッフが1人。
あっという間にFIA長官の囲み取材は終わった。
当然、中で事件が起きるようなこともなかった。
「中はどうでした?」
長月が尋ねると、No.9は半分も理解できてなさそうな口ぶりで話した。
「電子衛生証明の、相互の運用については、双方の合意が取れたとかなんとか」
「そうではなくて、怪しい人物は?」
「いなかった。
至極まじめな囲み取材だよ。
WEB系のメディアが専門家を連れてきてて、かなり細かいところまで質問してた。
――1割も内容はわからんかったがね」
「外も問題なしです」
「そのようだ。
後は――もう会議も終わるな」
一度ラウンジへ戻り休憩すると、本会議室への案内が流れた。これから両国の参事官によって、今回の会議を総括する共同声明がなされる。
誘導されるがまま本会議室へ。
記者席で待つと、両国の参事官が壇上に上がった。
相手国のルブラン参事官が英語で語り始め、同時通訳が会場に流れる。
「この度の会議は非常に有意義なものとなった。
議題に上がったすべての内容について、合意がなされた。
世界的に食料に関する課題は多々あるものの、両国は今後とも協調し、それらの課題を解決していけると信じている」
長月はNo.9と顔を見合わせた。
事前の予想通り、“すべての内容について合意がなされた”。
つまり、〈翼の守〉は豚肉の輸入自由化を妨害しにはこなかったのだ。
日本側参事官の挨拶を聞き流し、閉会を見届けると、2人はメディアラウンジに戻り、ぼんやりと窓の外を眺める。
「結局、事件は起こらなかったみたいですね」
「そんなはずはないんだ。
絶対、慈悲心鳥は豚カツの製造を阻止しに――」
「そこが間違いだったんだと思いますよ。
ほら」
長月が窓の外を指し示す。
ボーモント大臣の乗った車両が、警察車両に守られて会場を離れていく。
暗殺対象と考えられていたボーモント大臣は無事。
会議もすべての議題について合意。
〈翼の守〉は動かなかったのだ。
「あとをつけます?」
長月が冗談半分で問いかけると、No.9もそれを察して笑った。
「もう会議は終わったしな。大臣は安全だよ」
「今殺されても合意内容がひっくり返るかもしれませんよ」
「可能性はあるが、ひっくり返すくらいなら最初から合意なんてさせないさ」
「そんなものですかね。
ともかく、慈悲心鳥とやらがボーモント大臣を暗殺するというのは、勘違いだったようですね」
「これまでの行動からすれば、翼の守は動くはずだったんだ。
――それでも、動かなかった。何故だ?」
「さあ、私には分かりかねます。
何はともあれ、珍しい体験ができたことには感謝します。
最後に日本酒、もらってきますね。
一応手伝いですから、遠慮していたんです」
そう笑ってラウンジの日本酒コーナーへと向かう長月を、No.9は呆れながらも見送った。
国際会議では事件は起こらなかった。
No.9は今日撮影した写真を眺めてみたが、1日気を張り詰めていたせいかどうにも集中できない。
本当に、〈翼の守〉は動かなかったのだろうか?
彼らにとって、そして慈悲心鳥にとっても、国際会議の重要人物を暗殺するなんて不可能だったのだろうか?




