国際会議①
# 国際会議①
国際会議当日となった。
警備体制は昨日の緩さが嘘のように厳格となっている。乗降場はおろか、周辺道路にも警官が多数配置される。
記者はシャトルバスで会場入りするよう指示があった。
バスに乗るときに記者証のチェックと荷物検査が行われ、警備同伴のもと会場へ。
さらに会場では、入り口のセキュリティゲートで再度荷物検査が行われる。
「またですか」
長月がため息交じりに告げると、No.9は笑った。
「警備側も本気ってことさ」
「だといいですけどね」
金属探知機、X線による検査を終えると、記者証の目視確認。
名前の記載が異なるが、事前申請済みである旨を告げるとスタッフが確認を取り、無事に通された。
今日一日は記者証を見える位置につけておくようにという指示があり、赤いメディアバッジを首から下げた。
長月はメディアセンターへと向かう人の流れに従いつつNo.9に小さく声をかける。
「記者として入り込む余地はなさそうですよ」
「まだ否定しきれない。
記者として自分は正面ゲートから入りつつ、仕事道具を裏から仕入れてくる可能性は否定できない」
「ケータリング業者に紛れるとかですか?」
「そういうこと。
なあに、結局は大臣に近づかないと向こうの仕事はできないのさ。
記者の動きを注視しとけば、怪しい奴はあぶりだせる」
「だといいですけどね」
先ほどと同じセリフを吐いて、長月は手伝いという名目であってもここに来てよかったのかと不安になる。
どうにも、この雑誌記者の男は楽天的すぎる。
本当に大臣が殺されるとなればもっと確かめるべきことはあったはずだ。
だが今更そんなことを言う気にもならなかった。
所詮、自分は手伝いでついてきただけだ。
彼の思い通りに彼の“捜査”を手伝うだけ。その結果がどうなろうとも、知ったことではなかった。
2人はメディアラウンジへ入り、コーヒーを受け取った。
外が寒く、冷えてしまった体を温めようとホットコーヒーを受け取った長月は、端っこの2人席に座って会場スタッフから渡された品を確かめる。
本日のスケジュールと、撮影チケット。それに質問番号札。
撮影はスロットB。質問番号は9。
「このスロットは何が変わります?」
「入場順とか、立ち位置だな。
Aが優先。公的報道とか、大手メディアとか。
一応うちは雑誌の名前でとったからBだけど、フリーならよくてCとかになる」
「Cより下もあるんですね」
「Cより下はそもそも許可証をもらえないってこと」
「なるほど」
フリーライターというのも大変な仕事のようだ。
ただそのおかげで、身元不確かな記者が入り込む余地がないというのはわかった。
「まあ撮影自体にはあまり問題はないだろう。カメラの数が多すぎる。
慈悲心鳥だって、そう易々とは動けないはずさ」
「それは一理あるかもしれません」
記者のカメラに、会場側の用意したカメラ。
そのレンズは当然、大臣やそのほか重要人物に向けられているわけで、そんな中殺人が行われたとなれば、すぐさま犯人は特定されるだろう。
もし慈悲心鳥が、自分の身などどうなってもよく、〈翼の守〉の活動のためなら命すらささげる狂信者であれば可能性もあるだろうが、No.9の話ではそうではなさそうだった。
長月はしばらく、コーヒーを飲みながら、メディアラウンジにやってくる記者たちの顔を覚える作業に没頭した。
特に女性記者については見逃さないよう、特徴を頭に叩き込んでいく。
そうこうしているうちに、冒頭撮影の案内があった。
スロットBの呼び出しがされると、2人は本会議場へと向かう。
スタッフから「無音シャッター、ノーフラッシュの撮影にご協力ください」と告げられ、長月は持ってきたカメラのシャッター音設定がOFFになっていることを確認した。
本会議場にはラインが引かれ、記者はその内側で撮影することになる。
正面の最前列は先に入ったスロットAの記者ですでにいっぱいだった。
No.9に促されて、長月はサイド側の記者席を確保した。
記者たちの主目的は会議に参加するメンバーだが、長月たちの目的は記者を含めた人物の監視だ。
サイドの席のほうがその点では都合がよかった。
スロットCの入場が終わると、会場の出入り口が閉ざされ、いよいよ会議の主役たちの入場が始まった。
最初に入ってきたのは、今回の会議のコーディネータを務めた人物。
日本側は農林水産省国際部の参事官。相手国側は駐日大使館参事官のルブランだ。
ルブラン参事官は控えめな笑みを会場へ向け、目線は素早く左右へ。会場全体をくまなくチェックしている。几帳面なのか、何か心配事があるのか。
彼は日本側の参事官と共に一礼すると、やはり控えめな笑みを浮かべた。
会議コーディネータの2名に続いて、続々と今回の会議の有力者たちが入ってくる。
その先陣を切るのは、日本の農林水産大臣と、相手国の農業・農産食品大臣――ボーモント大臣であった。
ボーモント大臣は濃紺のスーツにバーガンディの無地のタイを着用していた。
ダークブロンドの髪に端正な顔立ち。
大臣は顎をわずかに引いて、口角は控えめのまま、会場に向けて作られたような笑顔を向ける。
大臣が壇上にそろうと、記者たちは一斉にシャッターを切った。
長月も周りに併せて写真を撮りつつ、ズームレンズを広角側にして、会場にいる人物をなるべくとらえた写真を撮影する。
大臣たちは握手し、正面に、そして左右へと一拍ずつ目線を配った。
目線が向くたびに、記者たちはシャッターを切っていた。
すでに壇上にはほかの有力者たちも集まっている。
日本側の農林水産省の関係者。動物衛生担当の検疫部局長。経済関係の連絡官。
相手国側は、民間セクタ代表のマルテル女史が、歯を見せて笑顔を記者席に向けている。堂々とした余裕の表情であった。
それとは対をなすように、FIA長官のグエン博士の表情は硬い。細身の眼鏡をかけた彼は、口元は結び、眉はわずかに寄っている。記者への目線も最小限で、入場直後に深く礼をしたのちは、ほとんど動かなかった。
相手国からはさらに数名の参加者が来ていた。といってもさして重要な立場ではないのか、大臣たちより1歩後ろの位置で、控えめに笑みを浮かべている。
全員が整列すると一斉にシャッターが切られ、頃合いを見て日本側の参事官が冒頭あいさつを始めた。
当たり障りのない挨拶。
会議については、食料安全保障の強化、原産地表示の相互運用、電子衛生証明の実務連携を主題とする、既知の情報だけが伝えられた。
続いてルブラン参事官の挨拶。
内容はほぼ日本側の挨拶を繰り返した形になる。
ただ、今回は実務的な話をしに来たのだと主張するように、科学的根拠に基づく電子衛生証明を強く繰り返していた。
技術的事項やサブテーマについての議論は、これからのクローズド会議で詰めていく旨を伝え、挨拶は終わった。
再度登壇者たちが撮影用の笑顔を作り、一拍置くと会場スタッフより、記者たちに退室を促す指示がされた。
出口が解放され、後方にいたスロットCの記者たちから退室していく。
「大臣は青いバッジですが、ルブラン参事官は黒バッジですね」
長月は退室していく記者たちに半分意識を向け、もう半分で登壇者たちを見て尋ねる。
「青は代表団。
例えば、閣僚、次官とか、民間代表もこっちだ。
黒は会場の運営や関係機関だ。ルブラン参事官は会議のコーディネータで運営主体だから黒バッジってところかな」
「なるほど。こちらの参事官も黒ですね。
会場の準備や運営にかかわる人は一律黒バッジということでいいですか」
「そうなる。
医務官や通訳、議事録係、技術者に警備担当。
お偉いさんだと大使館職員とかも黒バッジだ」
「納得しました」
長月は情報を頭の中でまとめる。
赤は報道関係者。
青は代表団。
黒は運営。
3色のバッジの色で、いつどこに居ても良いかが分かれる。
大雑把に3色のバッジで、それぞれの役割を確認できる。
スロットCの退室が終わったが、そのまま正面側の退室へ移り、サイド席の退室は最後になりそうだった。
「スロットAがメディアセンターのいい席をとれるようにする配慮だよ」
「その場合、最初に出たCの人たちがいい席を取りませんか?」
「そうはならない。CとAじゃ動線が変わる。
スロットCの連中は、一度メディアラウンジに留め置かれて、スロットBの移動が終わってからメディアセンターに移動させられるのさ」
「格差社会なんですね。記者って」
「表向きには言わないけどな」
退出していく大手メディアの記者たちを見送りながら、長月は赤バッジの記者が、退室しようとせずに本会議場に残り、黒バッジを付けた運営側の人間と談笑しているのを見つけた。
30代くらいの女性で、大きな業務用撮影カメラを床に置いているが、傍らには三脚も備え付けられている。
「あの人、記者ですが退室しようとしていませんね」
「ああ、ありゃあプールカメラだよ。メディアセンター向けの映像を撮るのさ。
記者扱いだが、会場側の人間だよ。固定撮影の腕章があるだろう?」
「記者向けの配信映像撮影係ですか。
――もちろん、身元は確かですよね」
「無論そうだろうね。
さ、僕たちゃ身元が不確かなんで、素直に出ていかないと警備につまみ出される。
退散するとしよう」
すでにサイド席の退室も始まっていた。
長月たちも席を立ち、退室する記者たちの波に加わった。
去り際に長月は会場内を振り返る。
残っているのは、青バッジの代表団と、黒バッジの会場企画運営。そして赤バッジの記者が1人。
これからこの本会議場で、彼らのみでクローズド会議が行われる。
――本当に、慈悲心鳥はボーモント大臣を殺しに来るのだろうか?




