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殺し屋 慈悲心鳥  作者: 来宮奉
国際会議
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仕事の依頼

# 仕事の依頼


 12月。まだ空調が動き始めたばかりで冷たい空気で満たされていた渉外部特務課へと、ぱっとしない外見の女性が入室した。

 時刻は9時10分。

 渉外部特務課のオフィスは名前のわりに部屋は簡素で、一番奥の机に1人だけ、次長と呼ばれる、役職以外はどのような仕事をしているのか謎とされている人物がいるだけだ。


 女性は彼へと冷たい視線を向ける。

 彼はその鋼のような視線をのらりくらりとかわして、愛想笑いをしながら席を勧めるが、女性は次長の前まで歩くとそこで立ち止まった。そして座らないと態度で示してから問いかける。


「仕事の依頼とのことですが、まさかとは思いますが、国際会議に関係はしないですよね」


 次長は顔を崩して笑った。


「知っているなら話が早い」


 女性は全く笑みを浮かべず、凍り付いた厳しい口調で告げる。


「警戒されています。特に有能とは思えない記者ですら勘づいている。

 警察も動くでしょう」


「君の得意分野だろう?」


 次長はあっけらかんとしたままで、女性のにらみつけるような視線すら封筒を探す素振りでかわしてみせた。


「簡単に言いますね」


「簡単だとは思っていないよ。だからこそ君に頼む」


 封筒が差し出されると、女性は受け取り拒否を検討したものの、結局はそれを手に取った。

 契約は契約だ。相手がいかに愚かであろうと、交わした契約を破るような不義理は少なくとも自分のほうからするつもりはなかった。


 封筒はいつも通りの食品会社のロゴが入ったものだった。

 中身もいつも通り、契約内容が簡潔に記された紙切れが1枚、折りたたまれて入っているだけだろう。


「ことがことだからね、報酬は上乗せしてある。

 倍でいいんじゃないかという話もあったがね、私は君の実力をよく知っているつもりだ。

 その実力に敬意を示して、君にふさわしい金額としてある」


「敬意は結構。

 ですが払うというなら受け取ります」


 女性は封筒をそのまま内ポケットにしまった。

 ここで仕事の詳細を確認したりはしない。

 したところで次長は苦情を受け付けないし、どうせ仕事の進め方は自分で決めるのだ。相談は不要だろう。


 そんな彼女へと、次長は付け加えるように言った。


「そうだもう1つ。今回の件には協力者がいる」


 その言葉に女性は眉をひそめ、嫌悪感と、わずかばかりの殺意を見せた。


「私は仕事を1人でやります。邪魔者はいりません。

 そういう契約のはずです」


「邪魔はしない。

 向こうも君を知らないし、君を助けているつもりもない。

 必要な事柄に、必要な手続きを通すだけだ。

 君は君の仕事だけをいつも通りやってくれればいい。

 後のことは何とかなる。それだけのことだ」


「手出しされないなら結構」


 ――なら最最初からそんな話はしなければいいのに、とは女性は口に出さない。

 それよりも確認したいことがあると問いを投げた。


「裏切者は見つかりましたか?」


「まだだ。だが、絞れてきてはいる、とだけ伝えておこう」


「早急な解決を期待します。

 本来であれば、仕事をできる状況ではないことは承知しておいてください」


「理解しているよ。

 私も、この件について軽く扱っているつもりはない」


 次長の言葉がどこまで本当か、女性には判断がつかない。

 彼のそのふざけた態度からは本心を見透かすことはできなかった。

 それでもこの件については任せておくしかない。


 女性は踵を返そうとして、ふと、1つだけ質問することにした。

 別に必要なことではないのだが、ほんの少しだけ好奇心を持っていた。


「ところで1つだけ確認ですが、あなたたちは豚カツの生産のために私に仕事を依頼してはいませんよね」


 問いかけに次長はにんまりと笑みを見せた。


「なぜそう思う?」


「馬鹿な記者の妄言です」


「妄言にしては筋がいい。

 はっはっは。君が思っている以上に、その記者は無能でもないらしい」


 女性は“そんなまさか”とため息をついた。

 まさか自分が、そんなことのために仕事をさせられていたのかと。


「そもそも我々の活動はだね――」


「聞きたくありません」


「君から振った話じゃあないか」


 次長は口とは裏腹に、彼女のそんな態度すら楽しんでいる様子だった。


「そんなことで人を? ――いったい何のために?」


「人が人を殺す理由なんて、第三者から見れば大抵くだらないものだよ。正当な人殺しなんてものは存在しないのだから。

 わたしの友人に金のために人殺しを請け負う人間がいる。

 わたし自身はそれをくだらないと思うが、おそらく、その友人にとっては――どうなのだろうか?」


 女性は辟易として、次長に背を向けて答えた。


「くだらない質問をしました。

 仕事は仕事ですから、理由については聞かなかったことにします」


「それがいい。

 我々にとって大切なことは契約だけ。そうだろう?」


「ええその通り。

 ――だからこそ、契約に従って裏切者の始末は速やかに」


「わかっているよ。

 最後は君の手を借りることになるかもしれないが」


「その時が早く来ることを願っていますよ」


 今度こそ彼女は渉外部特務課の居室を後にした。

 新しい仕事だ。

 新しい仕事はいつだって憂鬱な気分にさせる。


 それでも契約は契約だ。

 仕事を請け負った以上、必ず成し遂げなければならない。


 裏切者がいつまでも見つからないようであれば契約の見直しが必要だが、少なくとも組織は相応の労力をもってことの対処に当たっているようだ。


 であれば自分にできることは目の前の仕事に集中することだ。

 ターゲットは1人。たとえどのような立場にある人間であろうと、1人であることには変わりない。

 ただその1人だけをいつも通り処理すればいい。


 女性は自分のデスクに戻ると、即座に出張申請を出す。

 その申請もまた、即座に次長によって承認された。


 国際会議まで2週間を切っている。準備は速やかに行わなければならない。

 女性は周囲の社員へと急遽外出することになったと告げると、荷物を抱えてオフィスを後にした。


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