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殺し屋 慈悲心鳥  作者: 来宮奉
CIL社長 山辺舜介
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新しい仕事

 平日の昼間だった。

 小野寺花菜が会社のオフィスで事務仕事に勤しんでいると、机の上に置かれたスマホがメッセージの着信を告げた。


 仕事の手を止めてメッセージを確認。

 『HP更新のお知らせ』というタイトルを見て小野寺はため息をついた。


 出勤状態は社内アプリで確認出来る。

 それを見れば、今日自分が会社に顔を出しているのも分かったはずだ。

 わざわざこんな回りくどいことをしないで直接呼び出せば良いのに。


 小野寺は仕事をきりの良いところまで進めると、先輩社員に「次長に呼び出されたので行ってきます」と声をかけ席を立った。


 小野寺が勤務しているのは大手食品メーカー。

 事務員兼、次長補佐という役職。普段は事務員として従事し、次長から呼び出しがあればそちらを優先する。


 というのはもちろん名目だ。

 小野寺花菜はある秘密組織で殺し屋をしている。

 この会社は、その組織メンバーの隠れ蓑として利用されていた。


 周りの社員は小野寺が殺し屋であることはもちろん、秘密組織の存在すら知らない。

 小野寺だって知っているのは、組織の存在と、次長が組織で重役をしているという事実くらい。

 この会社に何名組織の人間が紛れているとか、組織の目的とか、細かいことは知らないし、知りたいとも思えない。


 とにかく会社に属していれば、職に就いていないのに遊び歩いているだとか噂も立てられないし、何より社会保障が受けられる。

 非合法な存在である殺し屋にとってそれは、組織に属するというリスクを負う価値があった。


 小野寺は辿り着いた部屋の前でため息を吐く。

 渉外部特務課。名前だけでは何をする課なのかまるで分からない課名の記された扉を叩く。


「失礼します」


 返答も待たずに扉を開け、後ろ手に閉めた。

 事務室のように見せかけられているが、出勤しているのは一番奥の席に座る、初老の男のみ。


「なんだ、出勤していたのかい」


 彼――小野寺が“次長”と呼ぶ、白髪交じりの初老男性は、朗らかな口調で言った。

 いつも陽気で年不相応な彼の態度を小野寺は嫌っていたが、仕事のクライアントだ。嫌な顔を浮かべることもなくただ冷淡に返す。


「出勤状況は確認出来るはずです」


「いやあそうだけどさ。調べるの面倒で。

 君が毎週何曜日に出社するのか決めてくれたら、いちいち調べる必要もなくなるんだけどね」


「習慣化するとろくな目に遭わないので嫌です」


「はっはっは。

 そんなことを言ってたね。

 それで、ホームページは確認してくれた?」


「いいえ。直接聞けば良いと思って。

 仕事の依頼ですよね?」


 次長は頷いた。


「そうそう。

 CILって知っているかい? ケミカル・インダストリアル・ラボラトリー。

 一応食品事業に参入しようとしている会社なんだけど」


「知らない会社ですね。新しい会社ですか?」


「いや、会社自体は40年以上前に設立されてるよ。

 元々名前の通り化学系――医薬品とかバッテリー材料とかの合成手法を開発している会社でね。特許許諾と共同技術開発で稼ぐ、珍しいタイプの民間企業だよ。

 それがどういうわけか、食品事業へ参入してくるらしい」


「商売敵の排除ですか?」


 問いかけに次長はかぶりを振った。


「いいや。そっちはメインじゃない。

 とにかくこのCIL――というよりCILの社長、山辺やまのべ舜介しゅんすけが我々〈翼の守〉にとって厄介な存在でね」


 〈翼の守〉と言うのは次長が所属している秘密組織の名だ。

 一応小野寺も、建前上は組織の一員と言うことになっている。

 ただどういった活動をしているのか、小野寺は全く知らなかった。


「宗教団体の思想には興味ないですよ」


 素っ気なく言うと次長は朗らかに笑う。


「はっはっは!

 我々は宗教団体ではないよ。ただ世界の均衡を保とうとしているだけだ」


「そう言ったのも含めて興味がないです。

 CILの社長を殺したら良いですね? 民間企業の社長でしたら相場通りの金額で構いません。

 期限は何時までですか?」


「いやはや仕事熱心だね。それに毎度手際よく間違いがない。

 君のことは信頼しているよ」


 質問に答えられなかったことで小野寺は不機嫌になり、目を細めて脳天気に笑う次長を睨み付ける。


「そんな怖い顔をすることないだろう。

 猶予はあると思う。でも1ヶ月くらいを目処にやりきって欲しい」


 小野寺は壁に掛けられたカレンダーを見た。

 今日は9月上旬。となると、10月上旬までに殺せば良い。


「もちろん、直ぐに始末できるならそれに越したことはないけどね」


「直ぐに結果を求めるのでしたら、別の人をお雇いになるべきです。

 私は下準備に時間をかけますから」


 小野寺の言葉に対して、次長はやはり笑って返した。


「やり方は君に一任するよ。

 とにかくこの仕事、いつも通り頼むよ」


「承りました。

 準備金は明日までに用意して下さい。

 では失礼します」


 次長は小野寺の背中に何やら上機嫌に声を投げたが、小野寺はそれを一切気にすることなく退室した。


 CIL。

 民間企業の社長。山辺舜介。

 新しい仕事だ。


 さて、どうやって殺そうか。

 まずは下調べから始めよう。



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