言葉
先ほどの激情は、既に戦いの中で冷徹さに取って代わられていた。
グラハムはただ、自分もやっていた空間感知の練習方法を教えたに過ぎない。
それを見たヘルベルトは見事にそれをものにし、それどころかグラハムの見よう見まねで空間を利用した攻撃の加速すらやってみせた。
末恐ろしいガキだ……そう思うのと同時、心のどこかでこう思う自分もいた。
――ヘルベルトはもしかすると、他の誰にもできなかったグラハムの技術や力を教える、後継者になれるのではないか……と。
(ひょっとしたらこいつになら……俺が身に付けたもの全てを、教えることができるかもしれねぇ。いやそれどころか……俺の界面魔法では理論上不可能だったアレ(・・)すら、もしかすると……って、いかんいかん)
グラハムは首を振りながら、自分の考えを否定する。
才能のある人材を見るとつい食指が動くのは傭兵出身の彼の性だったが、流石の彼もそこまで節操なしではない。
それに……。
(ヘルベルトみてぇないかにも貴族の権威を笠に着たような言動をするやつが大嫌いなんだよ、俺は)
ヘルベルトを見てグラハムの脳裏に蘇るのは、自分の妻と子供を殺した憎らしい貴族の男の姿だった。
戦の勲功で叙勲をし爵位をもらったグラハムのことを、成り上がり者と馬鹿にしてくる男だった。
ただ彼には対しては、以前のように復讐をすることはできなかった。
戦争から帰ってきた頃には、既に処刑が終わった後だったからだ。
後に残されたのは、最愛の妻と子の遺骸のみ。
何もすることができぬまま、ローズとアントニオを失ったあの寂寥感が蘇る。
自分一体なんのために戦っていたのか。
帝国に国土を蹂躙され、大切な人達が傷つかぬよう、必死になって戦っていただけだというのに……こんなのはあんまりではないか。
「俺は……違う。俺は……逃げない」
聞こえてきた声に意識を戻せば、ヘルベルトはふらつきながらも立ち上がっていた。
致命的な攻撃以外は回復していないからか、全身は傷だらけだ。
ボロ雑巾のようになっており、身体は小刻みに震えている。
どう見ても戦える状態には見えないが、その目は未だに死んでいなかった。
「なぜなら逃げずに切り開いた未来は――逃げ続けた先にある未来よりも明るいからだ。それに何より、たとえ結果がどうなったとしても……行動した自分が納得できる」
妙に実感のこもった言葉だった。
まるでヘルベルト自身が逃げ続けた後悔と、逃げなかった苦しさを味わったような口ぶりだ。
自分は逃げていたのだろうか。
何かを得てもすぐに手のひらからこぼれ落ちてしまうことに疲れ、俗世との関わりを断った。
関わらなければ、そもそも最初から持とうとしなければ、失うこともないからだ。
たしかに考えてみれば、それはグラハムにしてはずいぶんと消極的な考え方だった。
自分でも気付かないうちに、彼は過去と向き合うことを恐れていたのだ。
「……だから俺にも、戦えって?」
「違う――立ち止まっていてもいい。だから今は、走り続ける俺の背中を見つめていればいい」
「なんだよ、それは」
傲慢にして不遜……ヘルベルトの態度は、たしかに貴族そのものだ。
けれど彼は口調こそ尊大だが、その行動は彼の知っているどんな貴族とも違っていた。
みっともなかろうが、敵わないとわかっていようが、泥臭く足掻く。
歯を食いしばって耐え、何かを得るために走り続ける。
できなかったとしても構わない。
だから後ろを向くな、前を向け。
彼は自分でそれを有言実行してみせながら、選択はこちらに委ねている。
俺はやっているぞ、お前はどうするのだ……と。
ヘルベルトは覚束ない足取りで駆けてくる。
力が抜けたグラハムは、それをただ見つめていることしかできなかった。
ヘルベルトはグラハムの髪を掴む。
そしてグッと押し上げ、無理矢理視線を合わせた。
「――思い出せ、グラハム! あなたの最愛の妻の言葉を!」
その力強い瞳に、グラハムの酒毒で曇った記憶が揺り動かされる。
走馬灯のように駆けていく記憶。
彼の脳裏に浮かび上がるのは、出立の場面だった。
行ってくる……そう端的に告げる自分に、ローズはなんと言っていたか。
「……わかりました。でもこれだけは、忘れないで――」
ローズの笑顔。自分が愛したただ一人の女の笑顔。
本当は別れるのが嫌なはずなのに、それでも嫌な素振り一つ見せなかった、世界で一番の女。
彼女はいつも、別れ際なんと言っていたか。
「いつまでも……アントニオの自慢のお父さんでいてくださいね」
「…………」
意識が戻った時、目の前にはヘルベルトの姿があった。
けれど今のグラハムには、彼のことなどまったく視界に入らない。
「アントニオ……」
グラハムはヘルベルトを押しのけ、一人井戸へと向かう。
そして水桶に浮かぶ自分の顔を見て、力無く笑った。
「は、ははは……」
そこに映っているのは、くたびれ酒に溺れ、全てから逃げてきた哀れな男だった。
「こんな姿……アントニオには絶対見せられないな」
アントニオはいつも、グラハムのことを誉めてくれていた。
『父ちゃんカッコいい!』と目をキラキラとさせる彼の、どこか自分と似た笑顔を見れば、やる気なんかいくらでも湧いてきた。
グラハムはひとしきり笑ってから――持っていた水桶をひっくり返した。
頭からびしゃびしゃとかかる水。
閉じられていた目が開いた時、そこには――力強い光を宿した瞳があった。
自分でも単純だとは思うが、天国にいるローズとアントニオに、これ以上無様な姿を見せたくはなかった。
練習場に戻ると、ズーグがヘルベルトの応急処置をしていた。
(ズーグに戦い方を教えていたのは……俺が孤高になりきる前に孤独に耐えられなかった、俺の弱さ故なのかもしれないな)
大量の食料があるグラハムは、もっと人目につかないところで一生一人で生きていくこともできたはずだ。
けれど彼はこうして、少ないとは言え人も住んでいる骨人族の集落に暮らしている。
今思えば、ズーグの面倒を見てやっていたのには、アントニオと彼をどこか重ねている節もあったのかもしれない。
目が覚めた今だからこそ、グラハムは自分の弱さとしっかりと向き合える気がした。
「ヘルベルト」
「なんでしょうか?」
「王国に戻る。爵位は返上したし貴族になるつもりはないが……一兵卒としてやり直すことくらいできんだろ」
「もちろんです。今なら優秀な生徒もついてきますよ」
「――ハッ、悪くねぇな」
思い立ったら即行動、グラハムはすぐにでも集落を出そうと、歩き出し始めた。
それを止めたのは、後ろから声をかけてきたズーグだ。
「師匠……行っちゃうんですか?」
「……ああ。ダセぇことすんのは、もうヤメだ」
「そう、ですか……」
振り向くと、そこには項垂れた様子のズーグがいた。
見た目は完全に骨だが、彼は思っていることがそのまま動きに出るため非常にわかりやすい。
グラハムはふむ……と少し考えてから、そのままズーグの頭をガシガシと撫でる。
そして顔を上げる弟子に、こう告げた。
「お前も来るか?」
「え……い、いいんですか?」
「ああ、構わんさ。お前は俺の弟子第一号だ。それに……ヘルベルト、お前ならなんとかできるだろ?」
「無茶言いますね……やれないことはないだろうと思いますが……」
「それならやれ、師匠命令だ」
「弟子使いの荒いことで」
こうしてグラハムはズーグと共に骨人族の集落を抜け、王国へと向かうことになった。
当然ながらズーグを匿うためにはヘルベルトがマキシムに頼み込むしかない。
二つも新たな爆弾を抱えることになったため、ヘルベルトから自信満々の報告を受けたマキシムは、また息子がとんでもないことをしでかしたと頭を悩ませるのであった……。
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