激突
ヘルベルト達が骨人族の集落にやって来てから、早いもので二週間ほどの時間が経過していた。
帰りのことを考えると、そろそろここを出なければいけない頃だ。
だがヘルベルトは正直なところ、まったくと言っていいほど満足していなかった。
グラハムにはまだまだ教わりたいことが沢山あったのだ。
空間把握能力に磨きがかかったとはいえ、ここにやってきてからしたことといえば基礎練習とグラハムとの実践のみ。
彼が持っている様々なノウハウや、空間を扱う系統外魔法の使い手同士だからこそ話し合える色々なこと。今後のことを考えれば、知らなければいけないことは両手で数え切れないほどある。
それだけではない。このままではそう遠くないうちに、グラハムは帝国の追っ手に殺されてしまうことになる。
そもそもの話ヘルベルトが修行に来たのは、グラハムが死ぬ未来を変えるため。
王国にいる貴重な戦力であり、未来のヘルベルトを除いて彼に魔法のアドバイスができる唯一人の人物を、むざむざと死なせてしまうつもりはない。
『グラハムは頑固オヤジだ。王国がその所在を突き止め必死になって説得をした時も、梃子として動こうとはしなかった。だからグラハムを動かすためには、それ相応の何かがいる』
ヘルベルトは貸し与えられた部屋の中で、一人手紙を眺めていた。
未来の自分が己に託してくれた手紙。
時空魔法で送られてきた、見慣れた筆跡で記された予言書。
『だからこれがあれば、グラハムを動かすことはできるだろう』
今の自分の行動の指針となっているこの手紙には、グラハムを動かすために必要なことも、そこには記されていた。
そこにあったのはグラハムの生い立ちだ。どのような生まれで、どう育ち、なぜこんな辺鄙なところで隠棲を決め込んでいるのか。
彼にとってのキーが一体どこにあるのかといった情報だ。
王国に絶望し、諦めの境地に達してしまったグラハムを動かそうとするのなら、ショック療法が必要だ。
その主張には納得できる。
たしかにこの手紙に書かれていることを実行すれば、良くも悪くもグラハムの心を揺さぶることはできるだろう。
そこで虚を突いて一撃を入れれば、たしかに試合でグラハムに勝つことはできるかもしれない。
たとえば勝負をする前に取り決めをしておいて、勝利者特権で無理矢理彼を連れてくる……可能か不可能かで言えば、可能なはずだ。
(だが果たしてそれでいいのだろうか?)
手紙には情報があるばかりで、その使い方までは指定されていない。
マーロンの時をなぞるのなら、未来の情報アドバンテージを持つ自分が相手を揺さぶり、奇襲で勝ってしまうのが一番手っ取り早いだろう。
だが今回の場合、それが正解であるようには思えなかった。
ここにやってきたヘルベルトは、手紙に記されたことが全てではないということを、今までにも増して感じるようになっていた。
未来の自分は、全てを見通せる完璧超人ではない。
彼の情報には、穴があった。
ヘルベルトは未来の自分が見落としているあるものに気付いていたのだ。
そしてそれはきっと、グラハムが今後失うことになってしまうものであり。
彼が帝国の追っ手に殺されてしまった理由の一つでもあるのではないかと、ヘルベルトは推測していた。
であればなおのこと、ヘルベルトは考えなければならない。
一体どうするのが、皆にとって幸せであるのかを。
ヘルベルトは一昼夜悩み抜いて、答えを出す。
そしてグラハムを、早朝に練習場へと呼び出すのだった――。
「何だヘルベルト、俺は忙しいんだが……」
やってきたグラハムは、赤ら顔だった。
少し距離を取っているにもかかわらず、ヘルベルトの方にまで酒の匂いが漂ってくる。
寝酒をしていたのだろう。もしかすると夜通し飲んでいたのかもしれない。
「そろそろ自分達は、王国に戻ります」
「おーおーそうか、それじゃあな。もう一生会うこともねぇだろうけど、達者で暮らせよ」
グラハムの姿は、隠者そのものだった。
だらしない格好にぼうぼうに伸びた髭。
未来からの情報がなければ、彼を『重界卿』だとは誰も思わないだろう。
興味なさげにひらひらと手を振る様子からもわかるが、ヘルベルト達と別れることをなんとも思っていないのだろう。
ヘルベルトからすれば少なくとも濃密な時間を過ごしたつもりだったのだが、グラハムにとってはそうではないらしい。
だがヘルベルトには、ここで別れるつもりなど毛頭ない。
「グラハムさん――いや、『重界卿』グラハム。俺と共に来てほしい」
「あぁ? やなこった。ガキのお守りはもうこりごりなんだよ」
嫌そうな顔をしながら、べーっと舌を出すグラハム。
彼は基本的に、いつもふざけている。
鍛練は怠けない程度に必要最低限、暇さえあれば酒を飲み、ぐうたらと寝て過ごしてばかりいる。
本人がその生活に満足しているのなら、ヘルベルトは危険が身に迫っていることだけを告げ、出て行ってもいいと思っていた。時折こちらに来て教えを請うのもありかもしれない……という風に。
けれど、グラハムの濁った目や、やけ酒をしている様子からもわかる。
――彼はきっと、心の底から全てを諦めきれたわけではない。
であれば、そんなグラハムを叩き起こしてやらなければいけない。
幸いにもそのための材料は揃っている。
「グラハム。お前は間違っている!」
「俺様の、何が間違っているって?」
「負けて無様に逃げて逃げて逃げ続ける……その生き様、全てが間違っていると言っている!」
「――っ! おめぇに俺の……何がわかる!」
沸点を超えるのは一瞬だった。
グラハムが拳を握り、空間と空間を繋げる。
拳と剣が激突するが、勝つのは拳だ。
振り下ろした剣は薄皮一枚割くこともなく、ヘルベルトは後方へ吹っ飛んだ。
リターンを使って身体の傷を元の状態へ戻していく。
やはり実力差は圧倒的で、一つ壁を乗り越えたくらいではまだまだ追いつける気がしない。
「わからないさ! 俺には何もわからない!」
だがそれでも、ヘルベルトは剣を構える。
そして彼は前へと進んでいった。
意識を研ぎ澄ませ集中するため彼は敢えて――目をつぶった。
「あなたにはそれだけの強さがある! 誰も寄せ付けない、圧倒的なまでの強さが! だというのになぜあなたは――そこで立ち尽くしたまま一歩も動かない!」
二つの滲出魔力を互いに干渉させることで、己の周囲に固定させる。
全方位からの攻撃に備えるための用意を整えてから、弾丸のように飛び出していく。
集中を終え、目を開ける。
そこにはわずかに狼狽した様子のグラハムの姿があった。
剣と拳がぶつかり合う。
そして今度は、ヘルベルトとグラハム両方が反動で後ろに飛び、そのまま両者が押し出される形になった。
「――っ!?」
「俺だって……ただ見ていたわけじゃない」




