グラハムという男 3
「俺に……護衛の指名依頼?」
「ああ、シュトラッセ伯爵家のローズお嬢様がお前に護衛を頼みたいらしい」
Aランク冒険者として活動しているグラハムだが、彼が指名依頼を受けることはほとんどない。
そもそも指名依頼とは、所定のランクさえあれば受けられる通常の依頼と違い、その人個人に発注される依頼のことを指す。
強さだけはあるが基本的に人の言うことを聞かず、依頼主と問題を起こすことも珍しくないグラハムには、指名依頼などほとんど来たことがない。
彼は強力な魔物を倒し、その報酬と素材の売却価格で金を稼ぐ。その素材を売ってギルドも儲ける。
グラハムもギルドも、その方が双方のためにいいという結論になっていたはずだ。
「一体どういう風の吹き回しだ?」
「ローズ様がお前の武勇伝に興味を示したらしい」
「……けっ、そういうことかよ」
蝶よ花よと愛でられてきたお嬢様というのは、基本的に箱入り娘で外の世界を知らない。
自分達とはかけ離れた世界で暮らすグラハムに、護衛ついでに話を聞かせてもらいたいということなのだろう。
見世物になるのはまっぴらごめんだ。
今回もいつもと同様、一も二もなく断ろうとしたグラハムだったが、ギルドマスターのドノバンに止められる。
「お前もそろそろ、貴族と関わりを持っておいた方がいい。これは良い機会なんじゃないか?」
「冗談だろ? 女のお守りなんざ性に合わん」
「まあ待て、そう結論を急ぐな」
ギルドマスターが言うことには、ここ最近隣国である帝国の動きがどうにもきな臭いという。
もしもの時、王国と帝国が戦争になった時のことを考えて、お前も貴族とのパイプを作っておけ、というのが彼の主張だった。
「冒険者の扱いなんてのは、どこも似たようなもんだ。戦場における重要度も低いし、いざという時は使い捨ての駒にされる。お前は強いし魔法もあるから扱いは大分マシだろうが、それでも貴族と仲良くしておいて損はないぞ。戦場を預かる貴族によっては、強いからって理由で殿に立たせることも多い。死にたくなければ、一度経験くらいはしておけ」
有事の際、Cランク以上の冒険者は強制依頼という形で強引に徴兵をされる。
だが一口に徴兵といっても、持ち場によってその危険度は大きく違う。
そういった人員配置を行うのは、当然ながら全体を統括する上級貴族の人間だ。
そもそも広大な土地を治める上級貴族に対して、礼を失した扱いはできない。
グラハムは自分が下手に話せば間違いなく問題を起こすことを理解しているので、面倒な貴族とのやり取りは全て断っていた。
(けどドノバンが言うってことはマジで戦争が始まるのか……ツいてねぇぜ)
やる気はないし話を聞いても欠片ほども湧いてもこなかったが、もし戦争が本格的に起こるのならたしかに貴族との関係を築いておかなければまずい。
普段は一切を拒否しているグラハムにここまで食い下がってくるということは、まず間違いなくギルドはなんらかの情報を掴んでいるはずだ。
何かが起こる可能性は高いとなれば、流石のグラハムも何もしないわけにはいかない。
喉から飛び出してこようという断りの文句を何度も飲み込み、なんとか
「わかった……やりゃあいいんだろうやりゃあ」
と言うのが今のグラハムにできる精一杯だった。
今夜はやけ酒だ。したくもない依頼で稼ぐ金なのだから、一日でぱあっと使ってしまうのがいいかもしれない
グラハムは依頼を受注してもらう半金をギルマスからひったくり、半ば自棄になりながら繁華街へと繰り出すのだった――。
グラハムは依頼先の伯爵家の屋敷へ向かう。
いくら依頼に乗り気ではないとはいえ、彼とてAランクの冒険者。
プロとしてやる以上、手を抜くつもりは微塵もない。
二日酔いをしっかりと抜いて護衛の用意を整えてから、万全の状態で待ち合わせ場所である伯爵の邸宅へと向かっていく。
「あら、ごきげんよう」
「ご……ごきげんよう?」
そこで待っていたのは、いかにも箱庭の中の鳥といった感じの令嬢だった。
金髪はさらさらと風に流れ、その碧眼はこぼれ落ちてしまいそうなほどに大きい。
体つきは華奢で、腕は少し力を入れただけで折れてしまいそうなほど細かった。
彼女がローズ・フォン・シュトラッセ。
伯爵が溺愛していると噂の、シュトラッセ家の次女である。
見た目は整っているが、そもそもグラハムは貴族というのを毛嫌いしているため、ストライクゾーンにも入らない。
なので彼は特に気も遣わずに、
「ちゃんと飯とか食べてるのでございますか?」
などと特に意識もせずに聞いていた。
ローズはそのあんまりな敬語を聞いて目を見開いたあと、肩をプルプルと震わせる。
そしてこらえきれない笑みを浮かべながら、
「は、はい……な、何不自由なく三食摂っていますよ……」
とだけ呟き、俯いてしまうのだった。
これがグラハムとローズの出会いであった。




