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 決闘を終えたヘルベルトは、ケビンを引き連れて家に帰る。


 そして私室に戻り一人になり、そっと机の引き出しを開く。


 そこには二枚の紙がある。


 一枚目は未来の自分から託された手紙。

 そして二枚目は、そのために今自分がしなければならないことをまとめたリストだ。


(さて……これでまず、致命的な事態に陥ることは防げた)


 ヘルベルトは『決闘に勝つ!』という項目に○をつける。

 彼は一番最初に乗り越えなければならない壁を越えたのだ。


 しかし、未だ向き合わなければならない問題は数多くある。


 リストには、自分が考えた優先順位の高いものを上から並べている。


 決闘の勝利を終えて次にやらなければならないことは――父親との対話だ。


 ヘルベルトの父――ウンルー公爵ことマキシム・フォン・ウンルー=ザーベンティア。


 領民にとっては良き領主と崇められていることも多い、王国の重鎮の一人だ。

 公爵という高い身分でありながら、彼は妾を取ったことがない。


 生粋の愛妻家であり、周囲を納得させるために妻のヨハンナと四人の子を為したマキシムの名は、王国へと知れ渡っている。


 愛妻家と、子供の育て方を間違えた父としての悪名……どちらも同じくらいに有名だ。


(父上には今すぐ会いにいった方がいいんだろうが……正直、気が重い)


 彼にいったいどのように接すればいいのか、ヘルベルトはなかなか答えを出せないでいる。


 その答えの参考になるのは、未来の自分から与えられた手紙である。


 もう何度目を通したかわからないそれを、ヘルベルトは再度食い入るように見つめた。


『父上、マキシム・フォン・ウンルー=ザーベンティアは廃嫡してからもずっと、俺のことを愛してくれていた。彼は民を愛するのと同じくらい……いや、その何十倍もの愛をお前に注いできた。お前はそれを、理解しているはずだ』


 ヘルベルトが動けずにいる理由は、手紙を手にした当時とは違う。

 彼は手紙の内容が信じ切れぬから、行動に移せていないのではない。

 むしろ実際は、その逆だ。


 彼はその手紙の内容が真実だと理解している。

 わかってしまっているからこそ、動くことができずにいるのだ。


(今さら父上に――どんな顔をして会いにいけというのか)











 ヘルベルトのここ最近の父との記憶に、まともなものはほとんどない。


 最後に顔を合わせたのが何時だったかすらあやふやなほど、二人の距離は遠くなってしまっていた。


 向かいから父がやってきた時、ヘルベルトはいつも下を向いたまま、父が通り過ぎるのをただ待っていた。


 父とまともに向き合うことすらしていなかったのだ。

 すれ違うときに父がどんな顔をしているのかも、ヘルベルトは知らなかった。



 武官のロデオと同様、父であるマキシムとの距離が遠く離れるようになったのは、十歳の頃からだった。


 だがマキシムはロデオとは違い、そこからゆっくりと、何年も何年も時間をかけて、ヘルベルトとの距離が離れていった。


 あっさりと見切ったロデオと、父であるマキシムとの違いとはいったい何か。


 それはやはり……マキシムがあまりにもヘルベルトのことを信じ続けていたことにあるだろう。


 剣術の練習をやめても、剣を取らぬ理由だったはずの魔法の練習すらサボるようになっても、マキシムはヘルベルトのことを見離さなかった。


 あるいは、見離してくれなかったというべきかもしれない。


 ヘルベルトはそのせいでつけあがり、何をしてもいいのだと勘違いし、非道の限りを尽くしてしまった。


 けどそれでも最初の頃は、マキシムはヘルベルトのことを叱っていた。

 だがある日を境に、彼が己の息子のことを叱りつけることはなくなった。


 当時のヘルベルトはそれを、全てを許されたのだと思っていた。

 しかし実際はそうではない。


 ただ、改心してくれると信じてくれていた父が、ヘルベルトを見限ったという……それだけの話だった。




(父上が俺に抱いている感情がとてつもなく悪いのは、間違いない)


 見限られてからのヘルベルトは、父がどんな考えで、どんなことをしているのかをほとんど知らない。


 なのでヘルベルトは、今までの思い出や本来起こっていたはずの出来事から、これを類推しなければならなかった。



 以前はしてくれていた領主教育は、ヘルベルトがサボるようになってからずっと滞ったまま。


 最近では明らかに、長男のヘルベルトではなく次男のローゼアに気をかけている。


 つまり父は既に、ローゼアに跡目を継がせる気満々ということだ。


 少し前までのヘルベルトは、その事実からも目を背けていた。

 しかし今ならば理解ができる。


 父は自分を……何かの機会を見つけて、廃嫡しようとしていたことに。


 そうとも知らず、本来の自分は……マーロンにブチ切れ決闘を挑み、無様に負けた。


 そしてその機を逃さずヘルベルトは廃嫡され……そしてネルとの婚約も破棄され、弟であるローゼアが新たな嫡子として認められることになる。


 そこから考えれば、父が自分へ抱いている感情が最悪に近いものであることは、容易に想像がつく。


 今でも愛していると言われても、それはきっと愛憎の念のようなものに違いない。


 さて、ではそれが今回の一件でどのように変わったか。


 まず第一に、決闘で勝ったことでヘルベルトを見直したかどうか。

 これは間違いなく否である。


 今までヘルベルトが培ってきたマイナスが、あまりにも大きすぎる。


 たった一度決闘に勝ったくらいで印象がひっくり返るほど、父であるマキシムの査定は甘くはない。


 そもそもの話をすれば、決闘自体ヘルベルトが吹っかけたものだ。

 そして彼はそれに、ただ勝利しただけ。


 決闘騒ぎを起こした時点で、勝とうが負けようがマイナス評価になっているのである。


 であれば、現状はどうなっているか。

 これは簡単で――ヘルベルトが改心する前と、何一つ変わってはいない。


 マキシムは相変わらず、ヘルベルトのことを廃嫡しようとしている。

 今回は勝ってヘルベルトが最低限の面子を保てたので、それを見送っただけ。


 どこかでヘルベルトが失点を重ねれば、父は嬉々として彼のことを本来の歴史通りに、僻地へと飛ばすことになるだろう。


 その流れを変えるためには、父が自分に抱く印象を変える必要がある。


 そのために必要なものは……やはり話を聞いてもらう機会だろう。

 自分が改心したということを伝えなければ、事態は何も変わらない。


 ただしマキシムが、そう簡単にヘルベルトと話をしてくれるとは思っていない。


 親子での会話をまったくと言っていいほどにしなくなった今では、何の理由もなしに父が会話の機会を作ってくれるとは思っていなかった。


 今のヘルベルトが父と会話をするためには、何か理由付けが必要だ。


 時空魔法が使えることを出しにしてもいいが……いきなりそんなことを言ったとしても、頭がおかしくなったとしか思われないはずだ。


 むしろ適当なでまかせを言ったとして、廃嫡になってしまう可能性も考えられる。


 となると、今の彼に残されている父へ繋がるルートは、一つしか存在していなかった。


「……ロデオに話を通してもらうか」


 ヘルベルトびいきが過ぎるケビンが話をしても、父はまともに取り合ってはくれないだろう。


 となれば、以前一度自分を見限ったロデオを経由させた方が話が上手くまとまってくれるはずだ。


 ただそのためには、ロデオをその気にさせる必要がある。

 だがこれは、そうなるための条件がわかっている分、父と話をするよりも簡単だ。


 ロデオに気に入られるために必要なものがなんなのかは、よく理解している。


 それは――とにかく自分の身体を、いじめ抜き、ギリギリまで鍛錬を続けること。


 脳みそにまで筋肉が詰まっている、いわゆる脳筋のロデオは、自分を極限まで高めることのできる人間を何よりも信頼する。


(元々、戦闘訓練なんかも含めて、全部同時進行でやるつもりだったんだ。まずはロデオの信頼を勝ち取ることも兼ねて、このたるんだ肉体を鍛え直しながら時空魔法の訓練を。そしてロデオから認められるくらいに自分を鍛え直すことができたら、その時は父上に掛け合ってもらうことにしよう)


 自分の中で優先順位を決めてから、ヘルベルトは立ち上がった。


 時間はまだ残されている。

 けれどそれは決して多くはない。


 今自分にできることをしようと、ヘルベルトは裏庭へと向かった――。


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