違和感
グラハムが暮らしているのは、大樹海の中にあるとある集落だ。
そこは住んでいるのは、いわゆる亜人と呼ばれる者達だ。
そして、更に言うのなら。
そこで暮らしている者達は、亜人からも見下され、蔑まれることの多い種族だった。
骨人族……偏見と差別からあらゆる住処から居場所をなくした彼らは、誰から知られることもなくひっそりと暮らしている。
いずれやってくるであろう滅びを受け入れたか弱き種族。
彼らの下で暮らす『重界卿』グラハムは果たして何を思い、どう生きているのか。
それを確かめるため、ヘルベルト達は奥地へと向かう。
「ここから先が、骨人族の集落だ」
「これは……」
「ひどい……」
マーロンとティナの見つめる先、そこに広がっているのは集落の入り口を示す立て看板だ。 そこに記されているのは、言葉に出すのも憚られるような罵詈雑言の嵐。
見ているだけで気分が悪くなってくる文字列だ。
漂うアンモニア臭に眉を顰めながら、ハンカチを顔に当てる。
異臭の下を探してみれば、投げ入れられたように見える魔物の死骸や糞尿が原因だった。
マーロンとティナは憐憫の表情を浮かべたかと思うと、強い怒りから目を見開く。
正義感の強い二人からすれば、到底受け入れられるものではないようだ。
だがヘルベルトは、あくまでも冷静さを保ったままだった。
もちろん見ていて気分のいいものではないが、人種や階級ごとの差別というのはどこにでもあるものだ。
人も亜人も、根底にあるものはそれほど変わらないということなのだろう。
怒りを覚えながらも、ヘルベルトはパリスの説明を待つ。
「亜人達の中にも階級というか、種族間の格差みたいなものがあるんですよ。基本的に強く、見た目が人に近しい種族ほど上になる。たとえば白い耳と尻尾を持つ白狐族なんかは使える魔法も強く見た目も人間に近いから、亜人の中でも一目置かれる存在だったりするという感じで」
「つまりここから先の集落で暮らしている骨人族はその真逆――弱くて、見た目が人からかけ離れているということか?」
「その通り」
ヘルベルトの質問に、パリスは真面目な顔で首肯する。
看板に目を移すが、前に見たことがあるからか、マーロン達と比べると幾分か冷静な様子だ。
けれどその瞳には、悲しみが宿っているように見える。
「パリスはどのあたりなんだ?」
「魔人はピラミッドの例外ですよ。魔物の特徴を持っているので、亜人達からも人からも目の敵にされています。そういう意味では、骨人族と似ているかもしれませんね」
「なるほどな……」
弱く、他の亜人達からも目の敵にされている。
ヘルベルトはその事実に、少し違和感を覚えた。
この世界は弱肉強食であり、弱いことは罪だ。
弱いというだけで全ての尊厳が踏みにじられても文句はいえない。
だがだとしたら彼らは、なぜ今もなお生きることができているのだろうか。
グラハムに助けられて、なんとか生きているのだろうか。
(まあ、何にせよ進めばわかることだな。……ん、あれは……?)
進もうとするヘルベルトは、妙なものに気付いた。
それは蝿の集った魔物の死骸だ。
恐らくゴブリンの腐乱死体であろう緑色の死体は、よく見ると地面についておらず、宙に浮いていたのだ。
気になったものは調べずにはいられない。
ヘルベルトは謎を確かめるべく、小走りに駆け出した。
「うっ」
ぐちゃり、と靴の裏が何かを潰す嫌な感触に渋い顔をしながらも、ゴブリンの死骸の下へ辿り着く。
その宙に浮かぶ死体の秘密を探るべく、手を伸ばそうとしたその時――。
「なんだ、人間か……まあとりあえず、死ねや」
ヘルベルトへ拳が飛んできた。
驚くべきことに、拳だけが宙に浮かび上がり、ヘルベルトへと向かってきている。
応戦しようとしたヘルベルトが聞いたのは、ベキベキッと何かが折れ、割れるような音だ。
次の瞬間、ヘルベルトはわけもわからないうちに地面を転がり、血の塊を吐き出すのだった……。




