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ローゼア


「一緒に外に出掛けるぞ」

「兄さん……おはようございます」


 まったく外に出るつもりがなかったからか、ローゼアが着ていたのはだるっと生地が伸びているTシャツだった。

 髪もボサボサで、寝ぼけ眼。後頭部をボリボリと掻いている様子はいかにも品がない。

 シャツには達筆な筆記体で『真面目なやつが馬鹿を見る』という格言めいたものが記されていた。


 ここ最近、ローゼアは何事にもやる気が出ない様子だった。

 もちろん、その原因はヘルベルトにある。


 ヘルベルトの代わりにと、急遽詰め込まれた領主教育。

 その内容をしっかりと頭に叩き込み、これで跡取りとしてやっていけそうだとなった矢先のヘルベルトの改心と両親の変心。


 真面目一辺倒だったローゼアの緊張の糸がほどけてしまったようだった。

 悪いのは全て、ローゼアを振り回してしまった自分だ。


「あと十分待つ。顔を洗って、しゃんとしてこい」

「はい……」


 ローゼアはヘルベルトの言葉に従い、とぼとぼと歩き出す。

 その後ろ姿を見て、なんとかしてやらねば……と思うヘルベルトであった。


 十五分後、そこにはきちんとした身なりをしたいつも通りのローゼアの姿があった。

 彼と一緒に出掛けたのは、郊外にあるそこそこ大きな山だ。

 勾配もそこまできつくないため、ハイキングにはもってこいの場所だった。


 ヘルベルトは久しぶりに兄弟水入らずで、ゆっくりとした時間を過ごすことにしたのだった。





 ローゼアの趣味は読書だ。中でもとりわけ、図鑑などを眺めることを好んでいる。

 なのでローゼアはどんな分野であっても、ある程度の知識を持っているのだ。

 そしてそれは、山の中であっても遺憾なく発揮されていた。


 ヘルベルトが歩きながら、一匹の蝶を指差した。


「あれはなんだかわかるか?」

「モンハナチョウですね。真っ白な羽根の内側に、花のような紋がついています」


 ひらひらと飛ぶ蝶を下から覗き込んでみると、たしかに内側に派手な模様がついていた。


「普通、模様は外側につくものじゃないのか?」

「モンハナチョウの生息地帯では、上よりも下に天敵が多いんです。なので下の生き物達に威嚇ができるよう、内側に模様がついているらしいですよ。ほら、その証拠にモンハナチョウは羽根を縦ではなく横に広げる習性があります」

「なるほど……」

「モンハナチョウを蛾だと主張する昆虫学者も一定数います。ちなみに僕はどっちでもいいと思っている派です」

「蛾より蝶と思われた方が、本人的には都合が良さそうだけどな」

「蛾と蝶では、扱いが全然違いますからね……」


 虫に好かれる性質でもあるのか、気付けばローゼアの手の上にモンハナチョウが乗っていた。

 鱗粉で手がかぶれたりしないようにか、手には白い手袋が着けられている。


 白い手袋を見て、決闘騒ぎを思い出したヘルベルトは思わずウッと喉を鳴らした。

 けれどそんな様子にも気付かず、ローゼアは蝶を興味深げに眺めている。


 ローゼアは目をキラキラとさせて、嬉しそうに笑っていた。

 弟の楽しそうな様子を見て、ヘルベルトは一人頷く。






『一緒にピクニックに行ってはいかがでしょうか?』


 デートの際、ネルはそんな提案をしてきた。


 ピクニックに二人で……というのは少し子供っぽい気がして嫌だったが、ネルはそれが一番いいと頑として譲らなかった。


 なので渋々折れたのだが……どうやらネルの言うことの方が、正しかったようだ。


 ちなみに行く場所だけではなく、その他にもいくつかの指示が出されている。

 今回の山登りは、ネル全面監修の下で行われているのだ。




「それでですね、あそこで鳴いているハツカゼミは他のセミとは違い、なんと二十日間もの間鳴き続けていて……」


 トークに熱が入っているようで、ローゼアの説明は止まらなかった。

 ヘルベルトは好きになると凝り性な弟に苦笑しながらも、「そうか」と相槌を打って話に耳を傾けながら、山を登っていくのだった。




 このミタラ山は、さほど標高は高くない。

 少しお腹が空いたなと感じるとすぐ、山頂が見えてきた。


「はあっ、はあっ……」

「ちょうどいい、休憩がてら昼飯にしよう」


 説明をしながら歩き続けていたため、大分疲れた様子のローゼアと一緒に、大きな木の影で休むことにした。


 今回は二人でやってきているため、使用人はいない。

 ヘルベルトは慣れない手つきで、シートを敷いていく。


 だがなぜかシワが寄って、上手くピンと張ることができない。

 そんなヘルベルトの様子を見かねたローゼアは、シートをヘルベルトから奪い取ると、綺麗に敷いてみせた。


「器用だな……」

「兄さんが不器用なんです!」


 少しだけ距離が近くなった二人は、近くに腰掛け、持ってきたリュックを開く。

 そこには入っているのは――ヨハンナに頼み込んで作ってもらった、母親特製の手作り弁当だった。


 その懐かしいラインナップに、二人は顔を見合わせる。

 そして育ち盛りらしく、ガツガツと食べ始めるのだった――。

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