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ティナという少女 1


 ティナとヘルベルトは、物心がついたころから定期的に遊ぶような間柄だった。

 マキシムとロデオの親ぐるみの付き合いがあったので、年齢は一つ違っていたが、会う機会は多かったのである。

 お互いとも両親が忙しく、面倒を見てもらえないことも多かった。

 二人はそんな時に一緒に遊ぶようになっていったのだ。



「はあ……つまんないな」


 ティナは同年代の女子の中で、抜群に運動神経が良かった。その運動能力は間違いなく父の遺伝だろう。


 おまけに彼女は将来騎士になれるよう、ロデオから早いうちに騎士として必要な技能を仕込まれていた。

 当然ながら剣術の心得もあり、同年代の男子とちゃんばらをしても負け知らずだった。


 けれどティナはそんな自分の力を振るうことのできる場所と機会が、ほとんどなかった。

 何故なら彼女は女の子だったからだ。


 リンドナー王国は開明的な部分も多いが、女子は家に入って献身的に旦那を支えろという風潮は根深かった。

 そのためロデオに鍛えられ生傷が絶えず、暇さえあれば剣を振っていたティナは、周囲の女の子達からはかなり白い目で見られていた。


 それならばと男の子達の輪の中に入ると、彼らの中でティナは孤立した。

 同い年の女の子にボコボコにやられるということが、彼らのプライドが痛く傷つけてしまったからだ。

 そのせいでティナは、居場所をなくしていた。


 ――だがロデオに育てられた彼女からすると、そのこと自体は問題がなかった。

 彼女にとってはむしろ、同年代で競い合えるような存在がまったくいないことの方がよほど大きな問題だった。


「早くお父様が許可を出してくれればいいのに」


 彼女はまだ幼いため、公爵領の騎士団の訓練に混ざることを許されていなかった。


 幼年期に身体を鍛えすぎると、成長を阻害する。

 長年の経験則でそれを知っていたロデオは、ティナに騎士団で行うような筋力トレーニングはさせず、あくまでも剣技と精神を磨かせることに重きを置いていた。


 けれど結果としてティナがやることになるのは、ずっと同じ型を身体に覚え込ませる反復練習と、騎士道のなんたるかという精神論の教授ばかり。

 それは幼い子供にとっては、あまりにも退屈なものだった。


「つまんないな……」


 つまらない、がティナの口癖だった。

 彼女がその口癖を止めるきっかけになったのは、一つ年下の少年――ヘルベルトとの出会いだった。


「ほう……お前がロデオの娘か。なかなかいい面構えをしている」


 初対面の人間に対して、なんて失礼な口を利くやつだろう。

 あって早々尊大な態度を取られてムカついたティナは、ヘルベルトからの模擬戦の申し出を即座に受け入れた。

 ボコボコにして、その自信満々の仮面を剥ぎ取り、吠え面をかかせてやろう。

 そう思い立ち、久しく出していなかった本気を出すことにしたティナ。


 試合の結果は――驚くべきことに、引き分けだった。

 結果だけを見ればティナの勝利だったが、二人には一歳分の年齢の開きがある。

 その年齢差を加味すれば、自分の負けだ。

 ティナは冷静にそう分析した。


「……あなた、何者?」

「俺はヘルベルト・フォン・ウンルー」

「――これは失礼致しましたッ!」


 ウンルー家の人間、つまりは自分の父であるロデオが遣えている家の人間だ。

 既に目上の人間への礼儀をロデオから叩き込まれていたティナは、頭を下げようとする。

 そんな彼女にヘルベルトはひらひらと手のひらを振る。


「堅苦しい態度は取らなくていい。今後のことを考えれば邪魔だ」

「――わかった、これでいい?」

「ああ、それで構わん。同年代で俺より剣技に秀でた人間は、初めて見た」


 こうしてティナは、ヘルベルトと出会った。


 驚いたことに、ヘルベルトはティナと同じくロデオの薫陶を受けた人間だった。

 ティナの方が教わり始めたのは早いので、兄弟子ということになる。


 ロデオという共通の話題があること。

 そしてお互いが、周囲の人間との稽古では物足りなくなるほどに剣の才能を持ち、競い合い相手に飢えていたこと。

 二人が良き競争相手として仲を深めていくのに、そう時間はかからなかった。



 それはティナが学院に入るより、二年ほど前の話だった。


「ヘルベルト様」

「なんだ、ティナ」

「騎士の誓いをさせていただきたく」


 歳を重ねていくうち、ティナは父の教えのなんたるかをしっかりと理解するようになっていた。故にヘルベルトへの態度は、既に改めている。


 騎士の誓いとは、己の忠誠を捧げる相手へと剣を捧げて行う儀式だ。

 ティナはヘルベルトに自分の剣を預かって欲しい――つまりはヘルベルトを自分の主としたいと申し出た。


「――ああ、構わんぞ」

「ありがたき幸せ」

「昔のように、もっと砕けた話し方でも構わん」

「それは遠慮させていただきたく」

「……そうか」


 そうしてティナは己の剣を、ヘルベルトへ捧げた。

 固い口調を変えることのないその頑固さにヘルベルトが閉口した時の顔を、ティナは今でも覚えている。



 ティナが入学するよりも少し前から、ヘルベルトは荒れ出した。

 そしてティナはロデオ同様、ヘルベルトという人間に見切りをつけた。

 全ての人間がヘルベルトという人間に期待をしなくなった。


 ティナはあれだけの才能を持ちながらそれを持ち腐れにしてしまうヘルベルトのことを、心底嫌いになった。


 学院に入学してからも、剣才の冴えは衰えるどころか増すばかり。

 同年代どころか騎士団を見渡しても、ティナと戦える人間はいなくなっていた。


 もう一度ヘルベルトと戦うことができたのなら――。


(ぎったんぎったんにしてやるのに)


 そう考えたことは、一度や二度でもない。

 だがそんな機会がやってくるはずがない。剣の道を捨てたヘルベルトが、剣を手に取るわけがないからだ。

 けれど……。








「よし、かかってこい」


「……」


 時の流れを戻し、ロデオの邸宅にて。

 何の因果か……数年間の時を超え、ティナはヘルベルトと向かい合っていた。


 その手には剣、視線の先にいるのは――ヘルベルト。


 ティナは剣に握る手に力を込める。

 そして……。


「――参りますっ!」


 ティナは駆け出す。

 そして両者の剣が――交差した。

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