ティナ
ウンルー公爵家筆頭武官であるロデオ。
高給取りである彼の家は有事の際にすぐに向かうことができるよう、ウンルー公爵家の屋敷からほど近い場所にある。
壁や屋根の色も地味で、中にある家具も安物で済ませていたそのこじんまりとした家が、彼は嫌いではなかった。
元々冒険者としての暮らしの方が長いロデオからすれば、公爵領の方にある本邸の方は大きすぎてむしろ落ち着かないのだ。根が庶民なので、本邸では広すぎる自室を二つに区切って生活しているほどだった。
雨風をしのげる屋根があれば、後は大した問題ではないというのが彼の個人的な考えである。
ちなみに彼の妻は王都の質素すぎる家があまり好きではないらしく、定期的に公爵領へ戻ろうと誘ってくる。
基本的にロデオの都合はマキシムに合わせる形になるので、その願いが叶うことは滅多にない。
今ロデオは自室で立ち上がり、腕を組んでいた。
「ティナ、お前に話がある」
「はい、なんでしょう父上」
彼が見つめる先には、仕切りのカーテンを背にしている一人の女子の姿があった。
その背丈はロデオよりわずかに低く、瞳は剣呑。
腰に提げた剣が飾りでないことを示すように、その手にはいくつもの剣ダコができている。
ロデオと同じ髪の色をした彼女の名前はティナ。
未だに反抗期らしい反抗期を迎えることもないまますくすくと成長してくれた、ロデオの自慢の娘である。
ただ剣の師であり精神的なメンターでもあるロデオの言うことを基本的に聞く彼女であっても、一つだけ反抗することがあった。
「そろそろ若と……」
「嫌です」
「そう意地を張らず……」
「無理です」
「ティナだって本当は……」
「拒否します」
それはヘルベルトに関連すること――より具体的に言うなら、ロデオからのヘルベルトと仲直りするようにという言いつけである。
取り付く島もないとはこのこと。
基本的には従順なティナだが、ことヘルベルトに関しては異常なまでに頑固だ。
その原因はヘルベルトにあるとはいえ、ロデオとしてはほとほと困っていた。
ロデオはティナに、自分の跡を継いでほしいと思っている。
つまりは自分とマキシムの関係のように、彼女にはヘルベルトを支える武官として生きてほしいと思っているのだ。
けれどティナの方は、マキシムに忠誠を捧げることはしても、ヘルベルトに頭を下げることはできないと頑なだった。
そんなことをするくらいなら冒険者にでもなるか、余所の騎士団に行き、己の剣の腕一つで身を立てる。彼女はそう言って断固として譲らない。
それができてしまうだけの強さがあるのも問題だった。
ロデオが幼少期から叩き込んだ剣術のせいもあり、今の彼女は同年代では頭一つ抜けた強さを持っている。
下手に刺激をすれば、本当に出て行ってしまいかねない。
ロデオとしては頭を抱えるしかなかった。
今まではヘルベルトの話題を意図的に避けていたからこそ、なんとかなっていた。
しかし今後のことを考えれば、そういうわけにもいかない。
(若はまず間違いなく、数多の困難に直面することになる。時空魔法の使い手である賢者マリリンが各地にどれだけの伝説を残したか)
ヘルベルトが使えるのが時空魔法であることが知れるのはまだ先の話だろうが、今後彼には王国からの期待が重くのしかかることになる。
マーロンは共に競い合い、高め合う相手としては最適だろう。
だが今のヘルベルトには、背中を支え合う戦友はいても、戦場で常に側に居て支えてくれる存在がいない。
ヘルベルトが潰れてしまわないように、彼が道を違えてしまわないように。
以前の仲の良かった頃を知っているというのもあるだろうが……ティナにヘルベルトの側に居てほしいと、ロデオはそう心から願っていた。
親の欲目というのもあるだろうが、ティナには才能がある。
ヘルベルトと共に歩めるだけの剣の天賦の才を、彼女は持っている。
その剣才が最も活かせるのはきっと、彼の隣であるはずだ。
それに……。
「ティナは若の試合は見たか?」
「見ました、一応全試合」
「そうか、それなら俺の言葉が間違っていないという理由もある程度は理解できるはず。それができぬほど愚鈍に育てた覚えはない」
「……」
ティナの方も、まったくの無関心という訳ではないのだ。
ネルやローゼアがそうであったように、彼女もまたヘルベルトのことをどこか目で追っている節がある。
今後二人の関係が自分が望むものになるにせよ、そうでないにせよ。
一度しっかりと話す機会は持つべきだ。
ヘルベルトはマキシムから手渡された手紙を、ティナに渡す。
「これは……?」
「ウンルー公爵からの指令書だ。夏期休暇中、息子であるヘルベルトの護衛をせよ……とな」
「……」
「公爵直々の命令だ。騎士見習いのお前に、断る理由はあるまい?」
「……はい。謹んでお受け致します」
こうしてヘルベルトが長期休暇を過ごすメンバーが新たに一人追加されることとなる。
父であるロデオから騎士のなんたるかを教わった、騎士見習いのティナ。
彼女が自分の胸にあるもやもやを消化しきれぬうちに時は流れ。
そして一学期の終業式の日がやってくることとなる――。
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