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始まり

 『覇究祭』とは本来、これからのリンドナー王国の未来を担うことになる少年少女達の成長を確認するためのものだった。


 それは保護者が行う授業参観のようなものでもあり、他国の人間にリンドナーの将来性を見せつけるためのデモンストレーションの場でもあり、同時に様々な人達が会話をし触れ合う交流の場でもあった。


 けれど今年の『覇究祭』の影響は、これまでのものとは一線を画していた。


 リンドナー王立魔法学院に、二人の系統外魔法の使い手がいるという事実。

 これが皆に、何よりも強烈なインパクトを与えたのだ。


 一人は『光の救世主』の後を継ぐことになるであろう、光魔法の使い手であるマーロン。

 そしてもう一人は、そのマーロンを下して見せた謎の魔法の使い手であるヘルベルト。


 最終種目である『一騎打ち』の結果は、そこへやってきていた父兄達を仰天させ、王国の明るい未来を想像させた。


 そして『覇究祭』の影響が及ぶのは、現地で見学していた者達だけではない。

 その影響は更に拡散し、各地へと波及していくことになる。


「うちの『覇星祭』よりも盛り上がった体育祭があるだと!? 納得いかんぞ! む、何、系統外魔法の使い手だと……? ――面白いッ! 生徒会長の俺が直々に調べてやろうじゃないか!」


 それは例えば、同じ王国内にある魔法学院の生徒であったり。


「陛下、お耳に入れたい話が」

「疾く申せ」

「はっ――王国に系統外魔法の使い手が現れたという情報が」

「何だと……? 詳細を」

「――はっ!」


 ――またそれは、リンドナー王国のと国境を接している帝国の皇帝の耳にまで届いていた。

 けれどそれらがヘルベルトに直接的に影響を及ぼすのは、まだまだ先の話。

 今の彼にとって最も大切なのはやはり……。




「ふぅ……」

「お疲れ様、あなた」


 マキシムは椅子に腰を下ろすと、自分の眉間の皺をもみほぐす。

 その様子は仕事疲れをしているお父さんそのもの。ほつれ一つないはずの彼の一張羅が、妙にくたびれて見えている。


 彼の目の前にスッとワインを差し出すのは、妻であるヨハンナだ。

 マキシムの方も何も言わず、差し出された杯に口をつけた。

 すぐに酔ってしまう彼に配慮した、甘口ワインのお湯割りだ。


 そこら辺は流石の夫婦、阿吽の呼吸が合っている。

 ゴッゴッと音を鳴らして一息に飲み干してしまったマキシムは、少し赤くなった頬で己が妻の方を向く。


「大変だったよ、まったく」

「でも良い疲れか悪い疲れかで言えば、後者でしょう? 顔から喜びが隠しきれてないもの」

「まあ……そうだな。我が子のことを誉められて嫌な気分になる親はいないさ」


 マキシムが疲れているのは、『覇究祭』が始まってからというもの、ヘルベルトに関する質問や問い合わせがひっきりなしに続いていたからだ。


 マキシムはヘルベルトが持つそれが時空魔法であることは濁しつつ、けれど系統外魔法であることだけは匂わし続けながら上手いこと追求の手をかわし続けていた。

 まあ、あの『一騎打ち』の決勝戦の前ではどれほどの意味があるのかは微妙なところではあるのだが……。


「しかしすごかったなぁ……」

「すごかったとしか言えないわよね……私なんか、何をやってるのかすら全然わからなかったわ」

「二人が決め技を隠しながら戦い続けた序盤戦。切り札を切って相手を倒しに行く中盤戦、そして高度な魔法の応酬の末に最終的には両者の大技を使って勝負を決めた終盤戦……どこを切り取っても魔法学院の歴史に残るレベルの戦いだったと思うよ、あれは」


 最低限の自己鍛錬は怠ってはいないが、少し現役から離れている今の自分がやっとして、果たしてどこまで敵うものか。

 もしヘルベルトから稽古の申し出が来ても断ろうと考えるくらいに、あの決勝戦は学生の域を逸脱した戦いだった。


「そういえばローゼアの方も、ヘルベルトと話をしたそうよ」

「そうか……どうだった?」


 息子同士の問題なのだから、下手に首を突っ込まない方がいいだろう。

 一瞬そんな考えが頭を過ったが、ことが家族全体に関わる問題のために、流石に詳しく聞かざるを得なかった。


「私もあんまり詳しく聞いたわけじゃないの。でもローゼアが……今度ヘルベルトとご飯を食べる時は、自分も一緒にって」

「そうか……そうか……」


 関係が完全に修復ができたのかはわからないが。

 とりあえず前進したのは間違いないらしい。


 こういうことは急いでもいいことはない。

 自分達は優しく見守るべきだろう。


 だがなんにせよ、ローゼアとヘルベルトの仲が良くなるのなら万々歳だ。

 うんと一つ頷いたマキシムは立ち上がり、そのまま自室へと戻ることにした。


 色々とほっぽって出掛けてしまった分、今日は睡眠を削ることになるだろう。

 気合いを入れるために頬を軽く叩いたマキシムの目に、机の上に置かれた一枚の手紙が移った。

 彼はそれを見て、はぁと大きなため息を吐く。


「……あいつもあいつで、忙しい奴だ。少しは静かにしておくこともできないのか」


 その手紙の差出人はヘルベルト。

 そしてその内容とは……夏期休暇期間中の外出許可である。


 リンドナー王立魔法学院の夏休みが始まる。

 そしてそれはヘルベルトにとっての……新たな冒険の始まりでもあった。

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