咆哮
ヘルベルトが豚貴族と呼ばれなくなってから、しばらくの時間が経過した。
それならば今、彼は周りからどのように呼ばれているか。
正解は――どうも呼ばれていない、だ。
彼は今、リンドナー王立魔法学院で腫れ物のような扱いを受けている。
平民と決闘をした後には仲直りをしたらしい。
破棄寸前だったネルとの婚約関係も、どうやら解消されてはいないらしい。
なんでも父親からの廃嫡という話もなくなったようだ。
おまけに今ではイザベラ王女殿下とも交友を持っている。
おおむねこのような評価を受けているわけだが……本来ならウンルー公爵家次期当主として華々しい肩書きを持っているヘルベルトの周りには、未だ人は集まってこない。
これまでの悪行や素行の悪さによってついてきたレッテルは、そう簡単に払拭できるものではなかったのだ。
もちろん、どんどんと痩せていったり、真面目に授業を受けるようになっているヘルベルトに、興味を持つ者は多い。
けれど身分も高いし、下手に癇癪でも起こされたら怖いし……という感じで、皆はおっかなびっくりな様子で、ヘルベルトのことを遠巻きに見ているだけだった。
今まではヘルベルトの方もやらなければいけないことが沢山あったし、そもそも周囲の見る目というやつに心を配るだけの余裕もなかった。
けれど今回、ヘルベルトはまた一つ動き出すことにした。
リンドナー王立魔法学院の体育祭――通称『覇究祭』。
これをクラス一丸となって乗り越えるために。
『覇究祭』でクラス優勝を行いネルに己の勇姿を見せつけるため、ヘルベルトは勇気の一歩を踏み出した――。
ヘルベルトが所属しているクラスは、一年C組。
その顔ぶれを一言で言い表すのなら――地味、という表現が正しいだろう。
王女イザベラ、大貴族家の娘であるネル、各所からの覚えめでたいマーロンのような、才気に溢れた存在の多数在籍するA組と比べると、どうしてもその面子的な華やかさは一等劣る。
現在一年C組は『覇究祭』に向けての作戦会議の真っ最中だった。
『覇究祭』は他国からの賓客もやってくるような、由緒正しく伝統のある体育祭だ。
まず『覇究祭』では学年ごとにいくつかあるクラスを三分割し、赤・青・黄の三つの組に分ける。
そして五つの競技によって加点し、組ごとの点数で競い合うのだ。
その五つの内容とは――。
遠距離から魔法攻撃を的目掛けて放つ『魔法射撃』。
魔法そのものの威力を競い合う『柱割り』。
純粋なトラックタイムを競う『早駆け』。
軍事訓練さながらの三人一組での長距離障害物競走『三騎駆け』。
体力と魔力の総合力を示すためにクラス代表が戦闘を行う『一騎打ち』。
この五つの総合点で対抗戦が行われることとなる。
そして最後には組の学年ごとの点数や個人MVPの選出が行われ、優秀な成績を収めた者は表彰を受け、その体育祭の主人公としてしばらくの間チヤホヤされることとなる。
「ええっと、それじゃあまず最初に一番配点の高い一騎打ちのメンバーから……」
学園祭である『覇星祭』と並ぶ一大イベントである、年に一度の体育祭。
だというのにC組の面子の顔には覇気がなかった。
彼らの顔色が明るくないのは、採点方法に原因がある。
『覇究祭』において、当たり前だがより高い成績を残すことができるのは高学年の者達だ。
またこの体育祭には他国の人間にリンドナーの魔法学院の質の高さを証明するという側面もあるために、基本的に加点は
三年生>二年生>一年生
という形で優遇されている。
そのため一年生は、組の勝利に貢献することはできても、どうしても先輩達次第な部分が多く、劇的な活躍ができる可能性はそれほど高くない。
通常であれば、学年別での優勝を目指しに行こうという話になるのだが……今回の場合はイレギュラーがある。
――明らかにレベルの違う生徒達が多数揃った一年A組の存在だ。
マーロンを始めとした成績優等な者達で固められた形のA組が学年優勝をかっさらっていくのだろう。
これは何もC組だけの話ではなく、隣のB組を始めとした全一年生の共通認識だった。
そのため既にC組は作戦会議の段階で、どこか消化試合な感が漂っている。
だがそんな空気に、一石を投じる男がいた。
「俺だ――このヘルベルト・フォン・ウンルーが『一騎打ち』に出る。マーロンを倒して、俺が学年一位をかっさらってやるとも」
ヘルベルトは傲岸な態度を崩さない。
誰もが彼の突然の言葉に戸惑いを隠せぬ中、ヘルベルトは立ち上がり、歩き出す。
そして壇上へ上ると、自分を見上げる者達を睥睨してから――思い切り、教壇に拳を叩きつける!
「お前達、何を腑抜けた顔をしている。この大会で学年優勝するのは、A組じゃない。このヘルベルト・フォン・ウンルー率いる――一年C組だ!」
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