一難
「ふぅ、これでようやく一息つける」
「お疲れ様です、ヘルベルト様」
「うむ」
ヘルベルトは恭しい手つきで手渡されたカップを受け取り、口に運ぶ。
食後の眠気を飛ばすためには、今回出されたのは薄口のハーブティーだった。
ソーサーを左手に持ち、右手に金で縁取りのされた真っ白なカップを持ち。
アンティーク調の椅子の上で足を組み、優雅に香りを楽しむその様子は正に貴公子そのもの。
音を立てずにハーブティーを口に運び、ほうっと息を吐く様子は非常に様になっていた。
ヘルベルトは目を瞑り、大樹海での冒険について思いを馳せていた。
肉体改造と時空魔法の習得に一旦の目処がついたところで、ヘルベルトは一つの自分の懸念を払拭するために大樹海へ向かった。
その目的は、魔人パリスと交友関係を持つこと。
――より正確な言い方をするのなら、この世の中には悪い魔人だけではないという未来の自分の考えが本当に正しいのかどうかを、自分の目で確かめに行ったのだ。
(魔人は悪い者ばかりではない……こうして実際に目にしては、それを信じないわけにもいかないな)
ダイエットにも成功し、神童と言われていた頃の才気煥発さを取り戻したヘルベルトは、魔人パリスを軽々と倒すことができた。
無論殺してしまうことが目的ではないため、そのあとにはしっかりと対話を重ねさせてもらっている。
パリスとアイリーネを見て。
手を繋ぎ、信頼の視線を交わし合う二人を見て、ヘルベルトは未来の自分が教えたかったことを理解した。
彼らは――魔人のパリスと純粋な人族であるヘレネは、たしかに愛し合っていた。
人と魔人は、ヘルベルトが考えていたように憎み憎み合うだけの関係では、決してなかった。
魔人の中には、心を通わせることができる者もいる。
更には、種族の垣根を越えて愛し合うことだってできるのだ。
(俺も所詮は、凝り固まった愚物と同じか。こうして実際に見てみなければ、魔人と話をしようなどとそもそも思わなかっただろう。そういうところまで見透かされているのは癪だが、未来の俺がそれだけ優秀な傑物になると思い、我慢するしかない)
色々と話をし、パートナーであるアイリーネとも話をしてみた結果、ヘルベルトは魔人パリスを自らの部下として引き入れることを決めた。
魔人を屋敷に出入りさせているとなれば、ウンルー公爵の名に傷が付く。
マキシムと魔人の間の密通が疑われれば、家名に傷がつくどころの話ではない。
下手をすれば家の取り潰されてしまう可能性もある。
だがそのリスクを覚悟の上で、ヘルベルトはパリスを仲間にした。
人間側に立ってくれる魔人の存在は稀少だ。
魔人しか得られない情報を、彼をスパイにして手に入れる。
人とは根幹から違う、魔人の思考方法を教えてもらう。
そして今後魔人との交友関係が続くようになるのなら、ウンルー公爵家が両種族の間の架け橋として活躍することができる。
ザッとあげただけでもこれだけのメリットがある。
これらの材料を以て、ヘルベルトはマキシムを説得することに成功した。
王都ではもしものことがあった時に怖いので、彼らはウンルー公爵の持つ領地に住むことになった。
パリスはヘルベルトが初めて自らスカウトした、言わば彼の私兵だ。
ヘルベルトには勝てなくともBランク程度の実力はあるため、戦力としても十分に頼りになってくれることだろう。
有事の際には呼び寄せて、共に戦ってもらう心算だった。
魔人は魔物を飼い慣らすことのできる能力を持つため、パリスも恐らくは定住先にいるであろう騎乗のできる魔物――シーホースなどに乗って参戦することになるだろう。
魔人との対話という一つのターニングポイントを超えたヘルベルト。
けれど彼の顔色は、決して晴れやかではなかった。
その原因は、彼の机の上に乗っている、一枚の紙を見ればわかる。
そこにはこのように記されていた。
『第四十五回、魔法学院体育祭『覇究祭』開催のお知らせ』
「一難去ってまた一難、か……」
魔法学院の体育祭は、言わばクラス対抗戦。
ヘルベルトは今まで自分のことをバカにしてきた、そして最近では避けるようになっているクラスメイト達と共に、クラスを勝利に導かなくてはならないのである――。
更に言えばこれは、ネルに自分のカッコいいところを見せる千載一遇のチャンスだった。
好きな子に自分の勇姿を見せたくないと思う男など、この世には一人もいない。
廃嫡の運命を乗り越えたヘルベルト。
しかし彼の前途は、まだまだ多難だった――。
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