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笑顔

あとがきに大切なお知らせがあります!

ぜひ最後までご覧になってください!


 ヘルベルト達がやってきたのは、帝国最南端の街であるグラントの街だ。

 現在は両者の関係性が友好的であることから、さして検問などで時間を取られることもなく、無事に中に入ることができる。


 さてそこで今日の宿を探そうかと動き出したところで、ずいぶんと見覚えのある人影が見え、思わず馬車を止める。


 そこにいたのは、本来であれば帝都ゴットバルトで落ち合う予定だったはずのヴァリスヘイム公爵の三女、アリス・ツゥ・ヴァリスヘイムであった。


「どうしてここにアリスがいるんだ……?」

「こちらは涼しいので、避暑のためにやってきていたのです。幸い夏休みで時間は空いておりましたから」


 アリスはそういってふふっと笑みを浮かべる。

 ヘルベルトの方にその言葉を額面通りに受け取るつもりは毛頭なかったが、とりあえずそう言われてしまっては言い返す言葉もない。


 どうやらアリスは以前と変わらず積極的で、そして自分のことを憎からず思っていてくれるらしい。


「どうでしょう、ヘルベルト様? 以前とはまたずいぶん印象が変わったと思いません?」

「ああ、すごく似合っているぞ」

「まあ、ありがとうございます」


 久しぶりに会ったアリスは、当然と言えば当然だが以前とは違い制服ではなかった。

 彼女が身に纏っているのは、黒を基調としたドレスだった。


 素材は絹に綿布などの混じった中品質程度のものだったが、それでも隠しきれぬ高貴さがにじみ出てしまっている。

 彼女を見て美しい、とは思うがヘルベルトの内心は少し複雑であった。


 ヘルベルトが何のしがらみもないただの貴族の三男辺りであれば遠慮なく褒め称えていたかもしれないが、何せ彼はウンルー家の嫡男で、両思いの許嫁もいる身だ。


 更にややこしいことに、彼女はヘルベルトの見合い相手でもある。

 一応複数の嫁を持つこと自体はままある事ではないのだが……どう扱うべきか、ヘルベルト自身正解を見つけられていなかったりする。


「ヘルベルト様、まずはぜひうちのお屋敷においでください。そのまま食事を取った後にレーゼン子爵の下までご案内しますので」

「あ、ああ、わかった……」


 帝国の上位貴族の子息であるアリスが案内してくれるというのなら、家格としてはなんら問題はない。


 だがこれはネルへの裏切りになってしまわないだろうか……そんな複雑な思いを抱えながら、ヘルベルトは助けを求めてちらっとマーロンの方を覗いた。

 彼はしたり顔でこくんと頷く。


「お邪魔虫は少し離れているよ。積もる話もあるだろうから、ゆっくりしてくれ」

(な、何も通じていない!?)


 たしかに考えてみると、マーロンはあまりコミュニケーション能力が高い男ではない。

 意思の疎通に失敗したヘルベルトががびーんとしている間に、マーロンはさっさと宿を取りに行ってしまった。


「何かあってはマズいので私は側におります、ヘルベルト様」

「ティナ……助かるよ」


 唯一空気の読めるティナが側にいてくれるおかげで、とりあえず体裁は整えられそうだ。


「むぅ……せっかく二人きりになれるチャンスでしたのに」


 そういって頬を膨らませるアリスを見て、ヘルベルトは苦笑する。

 以前のアリスと比べて、なんだか表現がずいぶんとストレートな気がする。

 前は猫を被っていたのか、それとも帝国にいてリラックスできているからなのか……どちらにしてもヘルベルトには、今の彼女の方が魅力的に見えた。



 アリスの誘いに頷き、そのまま食事を取ることにする。

 その場所はヴァリスヘイム家が持っている別荘のうちの一つで、どうやら避暑に使われているというのも事実ではあるらしい。


 料理はアリスが帝都から連れてきたというお抱えのコックが出してくれた。

 品数が少なめのコース料理で、じっくり話ができるようにか次の品が出てくる間に数分ほど間を置いてくれているらしい。


 ヘルベルトは最初の頃はかなり身構えていたが……どうやら取って食われるようなことにはならなそうで、途中からはゆったりして食事を楽しむことができた。


「ごちそうさま。やはり帝国の料理は洗練されているな」

「たしかに王国に居た頃は、帝国料理が恋しかった記憶があります。一応レシピを渡しておきますので、国に戻ったら料理人にお渡しなさってください」

「それは……恩に着る」


 武人にとって剣がそうであるように、料理人に取っては料理が飯の種だ。

 創意工夫の結果生み出されたレシピには高い価値があり、レシピを弟子にも公開しないという料理人も多いと聞く。

 何か対価を……と口にするヘルベルトを、アリスが手を前に出して制した。


「いいのです、私の気持ちですから」


「だがそれでは俺の気が済まん」


「それでは一つ、お願いをしてもいいでしょうか?」


 俺にできるものであれば、と答えるヘルベルトにアリスはにっこりと笑みを浮かべる。

 ひまわりのような笑みはネルとは違い、とても整っていた。


 笑っていてもなおアリスは美しかったが、やはりヘルベルトとしてはネルのあの不細工な笑顔が好きなのだ。これがあばたもえくぼ、というやつなのかもしれない。


「もしよければ、帝都まで一緒に行きませんか? なるべくすぐに帝都に迎えるよう、日取り等は調整致しますので」


「それは……もちろん構わないさ」


 ヘルベルトはすぐに帝都へ向かえ、面倒な社交の数を減らすことができる。

 そしてアリスはヘルベルトが帝都に向かうまでの時間を、共に過ごすことができる。

 なるほどたしかにどちらも損をせず利を得ることのできる、アリスらしい提案だった。


 こうしてヘルベルト達はアリスと共に、帝国を行くことになる。

 頼りになる案内人を引き入れたヘルベルト達は、そのまま帝都へと出発するのであった。

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