終幕
突如としてやってきた魔人達による王城襲撃のその三日後。
休校期間が終わったことで今日からようやく再開になる魔法学院へ向かう前に、ヘルベルトは一人汗を流していた。
「ふっ……ふっ!」
彼は一人、ただひたすらに木刀を振っていた。
素振りというのは、どんな素人でもできるし、更に言えばいくらでも気を抜くことだってできる。
けれどどんな達人も、決して素振りをおろそかにすることはない。
ただ相手を倒すつもりで、剣を振るう。
その積み重ねによる重みが、実戦で振るう剣には宿るからだ。
「――ちぇええええいっっ!」
目の前にいるのは、バギラスの幻影だ。
アクセラレートによる加速がなくては倒すことができなかったであろう、今まであった中で一番の強敵。
ヘルベルトは彼に攻撃を繰り返すが、幻影は彼の攻撃を容易く躱してみせる。
己の至らなさに反省し都度改善点を見つけながら、ヘルベルトはケビンがやってくるまで、剣を振り続けるのだった。
「……歯がゆいな」
『アガレスク教団』の根拠地の襲撃と、それに誘発される形で行われた魔人達による空挺作戦による王城襲撃。
その爪痕は、王都の至る所に残っていた。
以前通った時は一つとして閉じていることがなかったが、今では街の店のうちのいくつかは開店していない
そして街を歩く人達もどこか活気がないように見えている。
――王城襲撃事態は、多大な犠牲者を出しながらもなんとか乗り越えることができた。
そして魔人達が隠れ蓑にしていた『アガレスク教団』は壊滅し、今後同じようなことが起こらぬように法律も一部が改正されるという。
けれど今回の一件、ヘルベルト個人としては負けだと思っている。
戦績としては、試合に勝って勝負に負けたといったところだろうか。
ヘルベルト達は無事バギラスを倒し、その後に未だに戦い続けていたネルやイザベラ達の援護へと向かい、魔人の掃討作戦に移った。
問題なく戦いを終えてから、確認のために宝物庫へと戻り……そして驚愕した。
――弱々しい光を発しながらもたしかに健在だったはずの封印が、既に破られていたからである。
そこには、勝ち誇った顔をしながら死んでいるあの赤毛の女の魔人の姿があった。
どうやら死後も動き続けることができる魔物というものがいるらしく、彼女はその特徴を引く魔人だったらしい。
その壮絶な死に様を見たヘルベルトは、彼らがかけていた覚悟が並大抵のものではないことを理解せざるを得なかった。
かつて、まだ今よりはるかに優れていたという魔法技術を持っていたという時代の古代文明によってなされた『邪神の欠片』の封印は破られてしまった。
なので現在、ヘルベルト・マーロン・グラハムの三名でとりあえずの応急処置をすることになった。
ヘルベルトが生み出した亜空間をグラハムが壊して繋げながら、より空間として孤立させ現実世界に影響を与えぬような空間へと弄り直し。
更にその中でマーロンに上級光魔法による結界を張ってもらい、その中に『邪神の欠片』を入れたのだ。
おかげで、『邪神の欠片』の封印が解けたことによる被害は最小限に抑えることができた。 けれどそれとは別に、またとある問題が浮上してきた。
それは『邪神の欠片』の封印が一度解かれてしまったことで、魔人達や未だ封印の眠りについているであろう魔王から、その場所がわかるようになってしまったのである。
ヘルベルト達のやり方でも、空間を切り取ることで『邪神の欠片』による影響を押さえ込むことはできたのだが、古代魔法のように『邪神の欠片』の存在そのものの隠蔽や遮断ができなかった。
更に言えば亜空間はあくまでもヘルベルトが生み出したものであり、そのためにヘルベルトと邪神のオーラが紐付いてしまっている。
グラハムが空間を壊して繋げ直したためヘルベルトと空間のつながりは非常に微々たるものではあるらしいのだが……それでもある程度感知能力の高い魔人であれば、ヘルベルトが『邪神の欠片』と繋がっているということが見ればわかってしまうらしい。
そのためヘルベルトは『邪神の欠片』の守り手として、自分を襲いかかる魔人を撃退しなければならない立場になってしまった。
パリスやズーグの言うところでは実際に目にでもしないとわからないという話だったから、とにかく何が何でも魔人から逃げ続けなければ……とはならないようだが、少なくとも今後、ヘルベルトは魔人と出会えば、命をかけた勝負に発展することが増えるだろうということだった。
それを考えると、今から億劫ですらある。
(けれど、悪いところばかりでもない。場合によっては魔人をこちら側に引き込むこともできるかもしれないしな)
ただこれは、見方を変えればヘルベルトが『邪神の欠片』というカードを手に入れたとも言える。そこを交渉の糸口にして、対話をすることもできるはずだ。
なんにせよ、『邪神の欠片』を持っていることで魔人と接触する機会は間違いなく増えるだろう。
もっとも本来であれば王家が守らなければ行けなかった『邪神の欠片』をヘルベルトが持たざるを得なくなったことで今後王家ともより深く関わらざるを得ないだろうし、今回の一件で活躍をしすぎたことで色々とやらなければいけないことも増えそうな予感がひしひしとして、今から気が滅入りそうになっているのだが……ケビンから声をかけられ、学院の敷地に入ったことを知り、気持ちを切り替える。
「いかんいかん、今日くらいはしっかりとしておかねばな」
今日はアリスが帝国へ帰る日だ。
短い期間ではあったが、色々と思い出も作ってきた。
まずは彼女をしっかりと送りだそう。
そう意識を切り替え、ヘルベルトは馬車から降り、学院へと入っていくのだった……。
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