王城へ
『アガレスク教団』に関する罪状を整え本部へと突撃するのは王国騎士団が行うことに決まったらしい。
そして各公爵家には、その後詰めをするための役目が伝えられたという。
今回ロデオ率いる公爵騎士団は、こちらの後詰めに対応することになった。
「本当なら若と一緒に動きたかったですが……それはまたの機会に」
「ロデオが今後も現役なら、卒業後は共闘する機会も多いだろう。そんなに気にしなくても、すぐに機会は巡ってくるさ」
「ふふ、楽しみにしております」
そして教団逮捕の日取りと同時に伝わってきたのは、根が発見してきた『邪神の欠片』の居場所だ。
ヘルベルトとしては、『アガレスク教団』の本部襲撃の情報よりもこちらの方がよほど大切なものだと考えている。
なにせ学院騒ぎから教団が起こしてきたという数々の事件まで……それら全ての原因は、恐らく魔人達がこの『邪神の欠片』を探すためにしてきたものとしか考えられないからだ。
故に優先順位としてはこちらの方が高いだろう。
本部襲撃が何を引き起こすかは、ヘルベルトには予測はつかない。
けれどマキシムはこう言っていた。
「恐らくだが……『アガレスク教団』を潰すタイミングで、王都で何かが起こることになるだろう。魔人が侵入するかもしれないし、王都で何かテロのようなものが起こるかもしれない。何が起こるかを完璧に予測することはできないが……碌でもないことが起こるということだけは私にもわかる」
『アガレスク教団』は既に王都のかなり深い部分にまで入り込んでいる。
故にそれを潰すという話は、襲撃を画策している段階で広がることだろう。
そうなればまず間違いなく彼ら――魔人や邪神を信仰する者達は行動を起こすはずだ。
今回の襲撃には、いつかわからなくなる騒乱のタイミングをこちら側で誘導するという側面があるのだという。
危険は大きいが、警戒態勢が取られていないタイミングで動かれるよりこちらの方が被害が少なくなるだろうという判断らしい。
たしかにその判断は正しいように思える。
そのためにある程度の上級貴族家には既に最大限の警戒をするように促しており、既に設備点検を理由に前後と合わせて学院も休みになることが決定している。
(しかし『活動拠点』と人員を潰された場合にどう動くのか……一度王国に敵だと認定された以上、再度同じようなことをするのは難しいはずだ。たしかに父上の言う通り、何かは起こるのだろうな……)
だが『邪神の欠片』のところまでたどり着くことができるかと言われると、非常に疑問の残るところではある。
何せ『邪神の欠片』がある場所は――王宮の地下なのだから。
厳戒態勢に入っており警備の厳重な王城へ入り、中にいる並み居る兵士達を倒して地下にたどり着くことができるかというと、非常に微妙なところだと思う。
何せ王宮勤めをしている近衛兵達の実力はそこまでではないが、外には王国最強と名高い第一騎士団が控えているのだ。
だが相手も強力な竜の魔人……油断は禁物である。
けれど王城の地下の警備をヘルベルト達が代わることができるはずもない。
そこでマキシムとも相談した上で、ヘルベルトが取った行動とは――。
「それではよろしく頼む」
「うむ、こうして誰かをうちに呼ぶのはずいぶんと久しぶりなので、なかなか緊張するな……」
イザベラの家に遊びに行くという名目で、王城に滞在させてもらうというものだった。
そのためヘルベルトは今までしたこともない王城へと向かうことになるのであった――。
「これが王城か……陳腐な言い方になっちゃうけど、ものすごく立派な建物だ」
「当たり前だ、リンドナーで一番偉い国王陛下が住まうところだぞ。王国内で一番立派であってしかるべきだろう」
「た、たしかにそうだな……どうしよう、大きすぎて流石にちょっと緊張してきた……」
マーロンが見上げながら、ぶるっと身体を小さく震わせる。
たしかにその気持ちもわからないではない。
ヘルベルトも幼少期の頃に一度王と謁見したあの時の経験がなければ、この偉容に圧倒されていただろうと思うからだ。
王城は見上げるほどに高くそびえ立っている、白亜の城だ。
周囲はぐるりと石壁に囲まれており、跳ね橋を使わなければ中に入れない仕組みになっている。
兵士の号令で鎖が下ろされ、じゃらじゃらという音と共に端が下ろされる。
通っていく脇を固めるのは、王国近衛兵達だ。
幸いヘルベルト達に隔意を持っている者はいないようで、あくまでも職務に忠実に真面目な顔を作っている。
――当然ながら、ヘルベルトは一人でやってきているわけではない。
彼が連れてくることができる最大戦力として、将来的な配下ということでマーロン、そして護衛という名目でグラハムを連れてきている。当然ながら二人には、事情も説明済みだ。
「王城……久しぶりに来たな。もう二度と来ることはねぇとばかり思ってたが……」
感慨深げな顔をしながら王城を見つめているグラハムを見て、ヘルベルトは叙爵された時のことを思い出しているのだろうと少しだけ複雑な気分になった。
なるべく彼の古傷をえぐり出すようなことはしたくなかったのだが、今回は事情が事情だ。 無理を押して来てもらっている。
そんなヘルベルトの微妙そうな表情に気付いたグラハムは、ガシガシと彼の頭を乱暴に撫でた。
「気にすんな。俺の中じゃあもうケリはついてるからよ」
そう言うと彼はヘルベルトの後ろに下がり、護衛の役目に戻った。
ちなみにしっかりと身なりも整えてきているために、家に居てマキシム秘蔵の酒をこっそり飲んでばかりしている時のだらしない様子は、微塵も見られない。
「大きいわね……こんなに近くから見るの、初めてかも」
「私は帝城にお邪魔したこともありますので少しだけ慣れてはいますけど……帝城とはまた違った良さがありますね」
そしてヘルベルトと並んで歩くのは、アリスとネルだった。
本当なら連れて来たくはなかったのが……これもまた、貴族の事情というやつだ。
ヘルベルトは最初、泊まり込みで王城で魔人の襲来を待ち構えるつもりだった。
けれどこれはよくよく考えると非常にマズい。
というかそもそも公爵家の跡取りであるヘルベルトが王宮に泊まりでもしたら、間違いなく責任問題になってしまう。ヘルベルトイザベラを傷物にしたなどという風評被害が、両者について兼ねないのだ。
故に余計な邪推をされぬよう、ヘルベルトはこれから、毎日王宮に長時間滞在をさせてもらうという形式を取らせてもらうことにした。
そしてあくまで学友同士の付き合いという体を守るためには、女生徒も混ぜなければならなかったのだ。
ネルとアリスが同行者としてやってきているのはそのためである。
ちなみにヘルベルトは王女であるイザベラにはやむなしということで事情を説明しているが、ネルとアリスの二人には何も話していない。
話したらまず間違いなく、彼女達が巻き込まれることになると思っているからだ。
できればさっさと事情を話して、以後は安全な場所で待機してもらいたいところなのだが……ネルが一度こうと決めたら曲げない頑固者であることを、ヘルベルトは知っている。
恐らく彼女も、更に言えばアリスもは現場に向かおうとするだろう。
実際に模擬戦をしているところは見ていたから、彼女達は十分に戦力になることは理解できている。
けれどそれでも……ヘルベルトとしてはネルを、そしてアリスを危険にさらしたくはないのだ。
少しだけ複雑な思いを抱えながら、ヘルベルトはイザベラが待っているであろう彼女の居室へと向かうのであった――。




