仮装パーティー
「はーい、それではこれより『仮装パーティー』を始めたいと思いまーす!」
マリーカのアイデア、それは――『仮装パーティー(しゃっふる!)』であった。
ルールは非常にシンプルで、仮装をすればいいだけだ。
では何をシャッフルするのかというと、格好である。
男は女装を、女は男装をして立食式の仮装パーティーを楽しむ。
決められているのはただそれだけである。単純であるが故に奥が深くて、ついでに業も深い。
ヘルベルトとネル、マーロン達はギリギリまでなんとかして開催を中止させようとしたのだが、残念なことに彼らの願いは叶わなかった。
リガットとイザベラが形にし、役員達が必死になってあちこちを走り回りなんとか三日ほどでパーティーまでこぎ着けることができた。あるいは、できてしまったというべきかもしれない……。
ここは体育館に併設されている男子更衣室。
本来であれば服を着替えるだけのはずのこの部屋は、今日だけ大きく様変わりしていた。
大量に設置されている鏡に、鏡がよりよく見えるように設置されている大量の照明。
化粧用品を置くための台も鏡ごとに設置されており、どこからどう見てもパウダールームにしか見えない仕上がりになっている。
そんな場所で一人、慟哭する男がいた。
「なんで俺がこんなことに……」
そう口にしながら壁に手をついているのは、王都にいる軟派な男であれば思わず声をかけてしまいそうになるほど美しい女装をしたマーロンである。
当然ながら服やカツラだけではなく、メイクまでしっかりとされており、元の線が細いことも相まって黙っていればまったく女性と区別がつかない。
ちなみに頭には右から左に突き抜ける形で矢が突き立っており、女性陣の気合いを感じさせる装いになっている。
今回の『仮装パーティー(しゃっふる!)』にはいくつかの賞があり、それを取ったクラスには会長からの素敵なプレゼントが渡されるということもあり、クラスにいる女子達が皆バチバチに気合いを入れてやってくれたのだ。
される方としては、たまったものではないようだが。
マーロンは地毛と同じ赤色のカツラを被せられ、その髪型はツインテール。
かなり高額と思われるまったく不自然に見えないカツラを着けているため、頭部に継ぎ目もまったく見えない。
身に付けているのはフリフリのドレスで、不自然にならぬよう少しだけ足が出る程度のセミロングのスカートを身につけている。
「似合ってるぞ、マーロン」
「……全然嬉しくない。なんだか足もスースーするし……女の子はよくこんなのを平気で履けるよな、尊敬するよ」
ぶすっとしながら受け答えをするマーロン。
彼が顔をしかめている間に、遠くから男子の悲鳴が聞こえてきた。
恐らくどこかでまた一人、このパーティーの犠牲者が出たのだろう。
マーロンは全てを諦めたのか、首を振ってから顔を上げる。
フリフリと揺れるツインテールが顔に当たって、非常にうっとうしそうだった。
「ていうか……ヘルベルトはどうして平気なのさ?」
「俺か? まあやってみたら……案外楽しかったからだな!」
当然ながらマーロンと向かい合っているヘルベルトの方もしっかりと女装をしている。
銀の長い髪を胸の側に垂らしながら、ゴシック調のドレスを着ている。
スカートの丈はマーロンより短く、足の筋肉が見えぬように長い黒の靴下を二重に履いてごまかしている。
おしろいもしっかりと塗っており、引かれている紅は採れたてのフルーツのようにみずみずしかった。
そして額から顎にかけて、縫い目のような模様を描き込んでいて、さながら気分はアンデッドである。
ヘルベルトはくるりと一回転してから、パチリとウィンク。
どうだ似合っているだろうといつものように自信満々な顔つきをする。
けれど女装のおかげでそこまで威圧的な印象も受けず、ただ女子が背伸びをして大人の女性のように振る舞っているようにしか見えない。
「……」
ちなみにマーロンの方は、黙ることしかできない。
ヘルベルト本人が言っている通り、実際かなり似合っているからである。
「ぷっ……おいゴレラー、なんだその格好は?」
「へ、変ですかね?」
「変なんてもんじゃないぞ、あまりに女装が似合ってなさ過ぎる」
今回はクラスの別なく皆で楽しむパーティーなので、ヘルベルトの取り巻き三人衆も彼と行動を共にしている。
リャンルは元々童顔なので問題なかったのだが、アリラエとゴレラーは致命的なほどに素材がかみ合っていなかった。
特に老け顔のゴレラーはなかなかにすさまじく、化粧を重ねたせいでよりおっさんに見えるという怪奇現象が発生していた。
女子が化粧で頑張った形跡が見える分、より悲惨に仕上がっているのが哀愁を誘う。
「とりあえず食事でも食べに行こう! 料理を沢山食べて元を取らないと、やってられない」
「そうだな、たしかに腹が減ったし、俺達も会場へ向かうか」
更衣室を抜けて裏口を歩いていく。
そこにある階段を下ってから脇にある出入り口を抜ければ、そこが体育館に作られたパーティーの会場だ。
女子達は男子達の女装を手伝ってから、自分達の男装をするために女子更衣室に向かってしまった。
なのでヘルベルト達は彼女達がどんな格好をしているのかまったく想像がつかない。
似合っている男装を見てみたいという期待が半分、ゴレラーのように男装が壊滅的に似合っていない女子がいるのではないかという恐れが半分。
ドキドキしながら扉を開くと、そこにあったのは――。
「ほぉ……」
思わず感嘆のため息をこぼすヘルベルト。
彼の視界の先には、体育館とは思えないほどしっかりとあつらえられたパーティー会場がある。とてもではないが、二日間で急いで作った即席のものには見えない。
まず床にはしっかりとカーペットが敷き詰められており、出入り口を始めとした雰囲気を壊しかねない部分にはしっかりと壁紙を張られているため、ほとんど違和感を感じない造りになっている。
天井の照明にも少しアレンジが加わっており、よくみると光を反射するように追加でいくつかの水晶が取り付けられていた。
即席のシャンデリアに照らされるフロアでは、既にやってきている学院生達が思い思いにパーティーを楽しんでいる。
男装をしている女性は、きっちりと長い髪をカツラの中に収めているようで、不自然さもまったくない。
派手な化粧ではなくナチュラルメイクに抑えて、しっかりと男性らしさも保っている。
仮装の程度は自由に選べるが、基本的に軽く着替えている者が多いようだ。
基本的に着ているのは男子生徒の制服だが、特に服装の指定もないため、燕尾服を始めとするスーツに身を包んでいる者も多かった。
中には両家公認のお付き合いをしている男女がそれぞれ制服を交換し合って着用しているような光景も見受けられる。
「……(むしゃむしゃ)」
他のクラスメイトや知り合いに挨拶するようなこともなく、マーロンはさっさと左右の端にある料理の置かれているゾーンへと向かっていく。
そして皿に料理を大量に取り、勢いよく食べ始めた。
ヘルベルトも挨拶をそこそこに、軽く何品かを取り、食中に飲むためのジュースをウェイトレス(こちらも当然女装した男性だ)から受け取る。
「美味い……こんなに美味しい食事を食べたのは、初めてかもしれない」
そう言って手を止めることなく食事を頬張っているマーロンの目は、キラキラと輝いている。
口の端にソースをつけながら皿とフォークを必死になって持っている姿は、食いしん坊の婦女子に見えないこともない。
仕方ないやつだとヘルベルトがポケットからハンカチを取り出して拭いてやる。
するとなぜか、周囲から歓声が上がった。
「尊い……」
「推しと推しのコラボ……」
「tsへの扉が開いてしまいますわ……」
何を言っているのかは半分以上理解ができなかったが、とりあえず楽しんでもらえているのなら、発起人のヘルベルトとしてはそれだけでありがたい。
ヘルベルトは肉料理をつまみ、食べ慣れた味に驚いてから、一人こくりと頷く。
一目見て気に入ったのでとりあえず取ってみたのだが、どうやらウンルー家お抱えの料理人の作ったもののようだ。
用意されている食事は、ヘルベルトやマリーカを始めとする上級貴族達がお抱えの料理人達に急いで作らせたものだ。
ローストビーフやロールキャベツから、餡をかけた堅焼きそばといったものまで、国や地域に囚われない大量の料理が並んでいる。
流石に全員が腕のある料理人だからか味だけではなく彩りも良いため、マーロンが夢中になって取って食べ進んでしまうのもわからないではない。
実際問題男子達の中には色気より食い気なのか、他の学院生達と話すよりも料理が大皿で提供されているブースから動こうとせずにバクバクと料理を頬張っている者が多い。
ただ生徒会役員のヘルベルトとしてはただ料理に舌鼓を打つわけにもいかないので、生徒会用のスペースへと向かう。
するとそこには男装をした女性陣が既に陣取っており、いつもより半音低い声で談笑を行っていた。
「あ、ヘルベルトちゃん!」
「ヘルベルトちゃん……」
人生で初めてとなるちゃん付けをされてげんなりしているヘルベルトのところにやってきたのは、男装をしているマリーカだった。
彼女はウェイターのような燕尾服を着用し、カツラにワックスか何かをつけて髪型をオールバックにしていた。
普段とは違いしっかりと眉を描いているためキリリとした印象があり、なかなかに様になっている。
強いて言うのなら押さえつけても強く主張をしている胸部とあまり高くない身長のせいで、男装の麗人という印象が覆らないところが惜しいポイントということになるだろうか。
「似合ってますね、会長」
「でしょー? でもさらしをぎちぎちに巻いてるから結構キツくてねー……」
「ぎちぎちっ!?」
マリーカの隣には女装をしているリガットがいたが……彼の女装はなんというか、非常にお粗末だった。
塗られている口紅は唇をはみ出しているし、アイシャドーやアイラインを塗りすぎているせいで目がぎょろりという印象を与えてしまっている。
やってもらったか聞くと、自分でやったと言っている。
ただ自分的には出来に納得はしているらしいので、深く突っ込まないようにしておこうとヘルベルトは適当に流しておくことにした。




