報告
襲撃があった当日、ヘルベルトは鍛錬をすることなく、一人思考に没頭することにした。
元から今日はとある理由から空きにしてあった。
付け加えるなら実戦で疲れてもいるしそれに……今回ばかりは考えなければならないこともある。
ヘルベルトは自室で手紙を見ながら、思考を巡らせていた。
校舎中を走り回り時空魔法をかなり使ったせいで疲れが残っているが、彼らがやってくるまでは起きていなければならない。
(今回の一件……どう考えるべきか)
今回の襲撃事件は、ヘルベルトが改めて手紙の内容について考える良い機会だった。
なにせ今回の一件は――そもそも手紙に記されていなかったからだ。
手紙に記されているイベントはいくつもあったが、その中には学院襲撃と比べて明らかに重要度の低いようなものも含まれていた。
辺境に飛ばされていたせいでスピネルの事情には疎かったらしい未来のヘルベルトだが、流石に学院が襲撃されたのなら、知ることはできたはずだ。
(となると今回の一件は――本来であれば起こらなかった事態ということになる)
本来の、というよりヘルベルトへ手紙を書いた未来の頃とは起こるべきイベントが変わりつつある……と考えるのが妥当だろう。
その原因として考えられるのは、本来の歴史を知って未来を変えた自身しか考えられない。
ヘルベルトが在校し続けたこと、また上層部に働きかけてマーロンを光魔法に開花させたこと。
そして『覇究祭』で二人の存在を公にしたこと。
これらが原因となり……本来であれば起こらないはずの学院の襲撃が発生した。
マーロンが新たな『光の救世主』となることを警戒したのか、ヘルベルトが魔王を封印した賢者と同じ力を使って魔王を滅ぼすと考えたのかはわからない。
けれど魔人は以前と比べて、より積極的に動くようになった……そう考えた方が自然なように思える。
(魔王の復活が前倒しになると非常にマズいな……)
魔王は現状、封印がなされている。
けれどあくまでも封印であることからもわかるように、倒すことができているわけではないのだ。
魔王の封印は――解けるのだ。
手紙の暦通りであれば、今から約十五年後に。
その魔王は恐ろしいことに、二十年後に王国第二の賢者として八面六臂の活躍をしたヘルベルトですら、ギリギリのところで再封印するだけで精一杯だったという。
過去に手紙を送ることができるほどの化け物になった未来のヘルベルトですら倒すことができないのだ。
もし今相対することになれば、何もすることができぬまま一方的にやられてしまうに違いない。
魔王の封印を解かれることだけは、なんとしても阻止しなければならない。
魔王の封印を解く鍵は二つある。
魔王の居場所と、『邪神の欠片』だ。
これの説明をするには、かつての神話についての話をしなければならない。
この世界を作った神は、かつては一人だった。
けれど寿命を迎え、聖神と邪神に別れたのだという。
七日七晩の戦いの後、聖神は見事邪神を打ち倒してみせた。
けれど邪神を殺しきることができなかった聖神は、邪神をいくつかの欠片にして各地へ散らばらせることで、その神性を押さえつけることに成功したのだという。
その『邪神の欠片』のうちのほとんどは神が住まうという天界にあるとされているが、そのうちのいくつかはこの地上にある。
『邪神の欠片』を魔人達が邪神を祀る祭壇に捧げてしまうと、邪神の神性のうちの一部が復活し、魔王の復活が早まることになる。
また魔王を封印している場所へたどり着かれてもマズい。
賢者マリリンの時空魔法による封印が簡単に破られるとは思えないが、なんらかの方法で封印を弱めるくらいのことならばされてもおかしくはないらしい。
(将来的には魔王を倒すことができるのが一番いい……そしてそのためのメンバーは、揃っている)
これはあくまで将来的な話ではあり、誰にも打ち明けたことはないのだが。
ヘルベルトは未来の自分ではできなかった魔王の討伐を、成し遂げるつもりでいる。
マリリンも未来のヘルベルトも、たった一人で魔王に立ち向かった。
けれど今のヘルベルトは、一人ではない。
未来の勇者であるマーロンがいる。
本来であればいないはずの『重界卿』グラハムもいる。
ティナがいる、パリスがいる、ズーグがいる。
皆で力を合わせれば、決して不可能ではないと考えているのだ。
ちなみにその根拠は、手紙のとある一説にある。
それをそのまま引用すると、
『これは万に一つ……いや、億が一つくらいのごくごく小さな確率だが。もし仮に俺とマーロンが共同戦線を張ることができていたのなら、もしかすると魔王を倒すことができた……かもしれない』
ということになる。
つまり魔王はとてつもなく強いだけで、絶対に倒すことができない存在ではないのだ。
現に未来のヘルベルトも、再封印には成功しているのだから。
(しかし……未来の俺は、どうしてこんなにマーロンのことが嫌いなんだろうか?)
マーロンは真面目すぎて少し潔癖なきらいがあるが、決して悪いやつではない。
どうして未来の自分がそこまでマーロンのことを悪し様に言うのかは、自身の理解の及ばないところだった。
話を戻そう。
とにかくヘルベルト達が力をつけるまでは、魔王の復活はなんとしても阻止しなければいけない。
ヘルベルトは魔王の封印された場所までは知っているが、『邪神の欠片』のある場所はわかっていない。未来のヘルベルトも、決して全てを知っているわけではないのだ。
故に現在、彼は根を使って『邪神の欠片』の捜索を進めてもらっていた。
なおこれはマキシムも既に王に上奏しているため、現在王国全体が国を挙げて捜索に取り組んでいる。
魔王の封印された場所は知っているわけだが……そこへ向かい警備を強化するというのも悪手だと考えている。
魔王の封印をなんとかできるような強力な魔人がやってきたとするのなら、たとえ王国のエリート騎士といえどまともに戦えはしないだろう。
それならば恐らく今より十年近くはあるはずの、見つかるまでのインターバル。
この時間を使って、魔王を倒せるほどにヘルベルト達が強くなった方が近道のような気がしているのだ。
「つまりは何もせず自らを鍛えるしかない、ということになるな」
結論を出すと、タイミングを合わせたようにコンコンというノックの音が鳴る。
許可をすると中に二人の魔人――パリスとズーグが入ってきた。
「ヘルベルト様、報告を」
「ああ」
以前と異なりしっかりとした敬語を使うようになったパリス。
その顔立ちは以前と比べると、少しだけ明るくなったように思える。
暗部である根にいるのに明るくなるというのはどうにもおかしなことに思えるが、つまりはそれだけ今までの環境が劣悪だったということだろう。
パリスが現在追っているのは、『アガレスク教団』の深い部分に根ざしていると考えられる魔人の存在だ。
彼には今も人間の居住地域でひっそりと暮らしている魔人のパイプを使いながら、情報を集めてもらっている。
「どうやら『アガレスク教団』のトップである魔人はバギラスという男で間違いないようです」
「ほう……ようやく正体がわかったのか」
バギラスというのは魔人の中では有名人らしい。
魔人は魔物の特徴の一部を持っている。
件のバギラスという魔人は翼とするどい鉤爪を持ち、自在に空を飛び回ることができるという。
「恐らくはドラゴンの特徴を持つ魔人と考えられるかと」
「ドラゴンか……厄介だな」
魔人としての強さは、その元になっている魔物の強さに比例することがほとんどだ(骨人族にもかかわらずあれだけの強さを持つズーグは、正しく例外中の例外と言える)。
それを考えると『空の覇者』とも呼ばれるドラゴンの魔人は、恐らく相当な強敵になることだろう。
「やはり自在に空を飛んだり、空からドラゴン固有の魔力攻撃――ブレスを吐いたりしてくるのか?」
「正しく。なので対空戦力がないと、まともに戦うことも難しいということです」
ドラゴンについては、ヘルベルトもよく知っている。
毎年、どこからともなく公爵領に現れては悪さをしていくドラゴンは、騎士団にとっては悩みの種なのだ。
ドラゴンの最も厄介なところは、やはり空を飛ぶことができるところだ。
空を飛んでいる状態で一方的に強力な魔力攻撃であるブレスを吐かれては、こちらとしてはたまったものではない。
以前とある上級貴族は、その凶悪なコンボを食らって騎士団をまるごと一つ溶かしたらしい。
その尻拭いのために奔走することになったと、マキシムが酒を飲みながら愚痴をこぼしていたのを聞いたことがある。
もし相手がドラゴンの魔人だとするのなら、ヘルベルト達も戦い方を考えなくてはならない。
ただ今回は界面魔法を使い距離を無視して攻撃を叩き込むことができるグラハムと、彼と共に魔法開発を行い同じく距離を無視した攻撃を放てるようになったヘルベルトがある。
相手の意表を突いて一撃を与えることならばできそうだ。
もっともドラゴンの一番厄介なところは、怪我を負えば空を飛んでどこかへ消えてしまうことである。
魔人バギラスに逃げられないよう、対策を取っておく必要があるのは間違いない。
「えっと、それでは次は僕の方から報告をさせていただきます」
パリスの報告が終わると、次は部屋の中に入りローブを脱いだズーグが前に出る。
スケルトンに似た骨だけの顔を覗かせながら彼が報告するのは、大樹海にいる各魔人の集落ごとの同行だ。
根に教育を受けしっかりと情報の取り扱い方を理解しているパリスは必要な情報だけを端的に伝えていたが、そんな彼とは違いズーグの報告は非常にとっちらかっていた。
あっちへ行ったりこっちへ行ったり……けれど聞いていて面白いような話ばかりなので、意外にも聞いていて退屈することがなく、楽しんで話を聞くことができる。
報告としてはどうなんだと思わなくもないが、これもまたズーグらしいと言えばらしいのだろう。
「それで僕が狼牙族の集落で鉄線デスマッチをして勝ったおかげで聞けた話なんですけど……」
武勇を尊ぶ狼の魔人、狼牙族。彼らが暮らす集落では強い者同士が一対一で尖った鋼糸の張り巡らされたリングの上で戦うのだという。
ズーグは純粋な力量で勝てないことを即座に悟り、皮膚がないおかげで痛覚が鈍いという利点を利用してジャーマンスープレックスを決め、無事勝利を収めたようだ。
「どうやら魔人達が集まって、王都スピネルへの襲撃計画を立てているそうです」
「いきなり穏やかじゃないな……」
誰と何をしているんだと突っ込みたくなるヘルベルトだったが、出てくる情報がしっかりと価値のあるものだったので何も言うことができない。
どうやら魔人達に声をかけて周り、人間達の襲撃を企てている謎の魔人がいるらしい。
人間に対して悪感情を持っている者の中には、実際にその魔人についていった者達もいるという。
ローブを被っていて詳しい相貌まではわからなかったが、話を聞いただけでもバギラスと別人だということはわかる。
(となると完全に別口か?)
だが同時多発的に、ここまで沢山の不安材料が王都で噴出することがあるだろうか?
学院の襲撃と、『アガレスク教団』の伸張、そして魔人達の徴集……ヘルベルトにはこの一連の出来事が、裏で一つにつながっているようにしか思えなかった。
(魔王が封印されているのは王都ではない。と、なると……魔人の中の誰かが、王都に『邪神の欠片』を見つけたと考えるのが妥当か?)
だとすれば根に集めてもらう情報を王都に関するものに絞ってもらった方がいいだろう。
怪しい者達の出入りのある場所と『邪神の欠片』に関する情報を重点的に洗ってもらえれば、ある程度目星をつけることはできるはずだ。
何せ魔人というのは、人間社会に溶け込むのがとても苦手だ。
人間に隔意を抱く魔人であるなら、ボロとはいかないまでもなんらかの手がかりを遺していてもおかしくない。
「なんにせよ……情報の集め先は絞るべきだな。パリスの方は根に連絡を頼む」
「はっ!」
「それからズーグの方は……そうだな、何か食べたいものでもあるか?」
「でしたら王都の肉料理をお願いします!」
ズーグはこんななりをしているが、実は結構肉が好きだ。
骨人族は物を食べても顎からそのまま地面に落ちてしまいそうなものだが、そこは魔人の不思議パワーとでも言うべき何かで、食べたものはそのまま身体で消化することができる。
ちなみに外から見ても食べたものは見えないため、スプラッターな状況を目にすることもない。
とりあえずヘルベルトは情報収集を命じ、コックに調理を命じてから一息つくのであった――。




